第58話鍋焼きうどん


 レストランの中、夏目がTボーンを咥えながら立っている。



 松山ダンジョン指折りのチーム赤兎馬のトップ武田という男が、俺と夏目の下につくのは嫌だと言い出した。


 別にそれならそれで、どうぞどうぞって感じなのだが、夏目がなぜかタイマンを言い出し、武田が受けて今に至る。


 レストランは貸し切り、客は俺と夏目と御前と、烏骨鶏の真田さん、白沢の青鼻クラウン、そして真っ赤なスーツを着た黒髪のオールバック、ノーフレームの眼鏡と咥え煙草の武田だけだ。


 武田は病的なほど痩せている。切れ長の目と張り出した頬骨が爬虫類を思わせる風貌だ。


「嬢ちゃん、すまないが、怪我じゃ終わらんよ」


 武田がそう言いながら煙草を咥えた口の端を吊り上げ、見下すように笑う。


「そうか、楽しみじゃ」


 夏目もTボーンを咥えた口の端を吊り上げ笑った。


 夏目はスウェットのポケットに両手を突っ込んだまま歩き出し、店の中心、少しテーブルがひらけた場所に立ち止まる。


 武田と夏目の間にはテーブルも人もいない。ここが決闘場なのだろう。


「黒魚」


 武田そう言うと、体の周りに六十センチほどの真っ黒い魚が二匹泳ぎ出す。


 魚が空中を泳いだ後は、真っ黒な帯が、空間を汚していく。


 優雅に泳ぐ黒い魚、夏目と武田の間の空間がドンドン黒く塗りつぶされていく。


「死ね」


 武田が夏目に向かい言葉を投げかけた瞬間、黒い空間の中から真っ黒な魚、細長いダツのような魚が数十匹、ロケットのように飛び出す。


 ロケットのように飛び出した魚が夏目に到達する寸前、夏目は高速横ローリング、数十の魚をよける。


「チッ」


 舌打ちをした武田は、不規則に横ローリングする夏目に向け黒い魚を放ち続けるが、全くそのスピードについていけず、翻弄されている。


 不規則に横移動しながら少しづつ武田に近づいてくる回転体。


 ローリングを続ける夏目の体からはプラズマの放電が上がり、バチバチと音を立て出す。


「ならこれはどうだ!!」


 武田が黒い魚が泳いでできた黒い空間に手を突っ込み、巨大な三又の槍を取り出す。


「落雷!!」


 三又の槍からすさまじい放電が放たれ、夏目の回転体とぶつかる。


 フラッシュバンを投げ込まれたかのような発光が部屋を包み、俺は目を閉じ、閉じた瞼の上を手のひらで覆い守る。



 それでも目を開けると視界が白んだような靄がかかるくらいの発光。


 白んだ視界で夏目を探すと、武田の背後に回り込み、背中に抱き着き、首筋にTボーンを押し当てていた。


「さすが星持ちじゃねえか」


 武田は冷や汗をかきながら、それでもにやりと笑った。


「まだ続けるのじゃ?」


 夏目がそう問うと、


「当り前だ」


 と、夏目を振りほどき、前方に逃げる。


 夏目はそれを追わない。


 夏目と武田の位置が最初と反対になる。


 そして二人はまたにらみ合う。


「星持ちは単独で最強、だが俺はたち探索者は違う。

 探索者はチームを組み、複数で敵を倒す。

 だから俺の、いや、俺たちの力には星はつかない」


 武田はそう言うと、赤いスーツの上着を脱ぎ捨てる。


「俺のチーム赤兎馬は下部組織を含め八百人の人間が所属している」


 武田は真っ赤なシャツの袖のボタンを外す。


「俺のスキル「統率」は配下八百人のステータスを一割アップさせる」


 武田は真っ赤なネクタイを外し、床に投げる。


「その代わりに、俺が任意に配下のステータスの五割を緊急徴収することができる」


 武田のガリガリだった体が膨れ上がる。


 シャツが千切れ、眼鏡がはじけ飛ぶ。


 体の中に無理やりダンプのタイヤをねじ込んだようなパンプアップした肉体。


「探索者八百人分の五割、赤兎馬全戦力の半分が今この拳に乗るぜ!!」


 ボウリング玉のように膨れ上がった拳を夏目に見せつけるように突き出す武田。


 その拳を見ても、両手をポケットに突っこんだままの夏目。


「組織力が必要な力だからな! 星とは無縁だが! 星を超える!」


 大きく振りかぶる武田のテレフォンパンチ、しかしその拳には赤兎馬構成員八百人のステータス五割が乗る。


「死ねや星持ち!!」


 真っ直ぐ打ち出されるただの右ストレート。


 だがその拳には、星持ちを撃ち砕く力が乗っていた。








 はずだった。







「力の制御が甘いのじゃ」


 夏目はくるりと前ローリング一閃、パンチを避けると下から武田の肘をダガーナイフで切りつける。


 刃渡り五センチのダンジョン鉱物でもないただのダガーナイフ。


 ドラム缶のように膨れ上がった武田の右腕にとって、わずかな切り傷。


 その一閃が、武田の伸びきった右腕の力の均衡を崩壊させる。


 わずかに傷つけられた肘を中心に極限までパンプアップした右腕が爆発した。


「うがあああ!!」


 弾け飛んだ右腕を押さえうずくまる武田。


 返り血一つ浴びず、両手をスウェットのポケットに突っこんだまま、武田を見下ろす夏目。


「瓜ねえは四千九十六倍になった顎の力でも、舌を噛んだりせんのじゃ。お前は力におぼれ過ぎじゃ」


 冷たくそう言い放つ夏目。


 武田に御前が近づき、手のひらから水を出し傷口を包むと武田の腕が再生していく。


「まだ続けるのじゃ?」


 Tボーンを首筋に突き付けたときと同じセリフを夏目が言い、


「勘弁してください」


 と、武田が言ったのでここでタイマンは終わりだろう。


 俺はボーイさんを呼び新しいTボーンステーキとワインを注文する。


 夏目はまだ食べるだろうからね。







◇◇◇◇







 夏目はあれからステーキを二枚食べ、ティラミスも食べて大満足の夕食を終えた。


 まだ俺たちの武器は届いておらず、明日届かなければ、こっちで揃えようかと思うと御前に言うと、御前も松山で出せる最高級品を出してくれるらしい。


 夏目の強さを目の当たりにした真田さんと青鼻クラウンは終始緊張していたし、武田は、


「赤兎馬は夏目の姐さんに命預けます」


 と、絶対服従の姿勢を見せる。


 ワインと甘い物をちゃんぽんし上機嫌になった夏目はがぶがぶワインを飲み干し電池が切れたようにスンと動かなくなったので夕食会は解散となり俺は夏目を背負ってホテルの部屋に帰りグデグデになった夏目をベットに寝かせる。


 うん、眠くはないな。


 だってまだ午後九時過ぎだし。


 俺は姫を呼び、ちょっと散歩でもどうかときくと、嬉しかったらしくコクコクと何回も頷くので散歩に出かける。


 シロジロを夏目の護衛に残し、姫を抱っこしホテルを出る。


 まだ九時過ぎ、ダンジョン都市の中は人が蠢いている。


 このホテルは御前の居室があり、要はこの町の中心なのでその前の道はメインストリートと言えるだろう。


 飲食店が立ち並び、屋台も出ている。


 姫を抱いて歩く俺をギョッとした目で見るやからもいるが、多くの人は無視して気にしていない。


 お腹はすいていない。


 でも、せっかく外に出たのだから屋台でものぞこうかと歩いていると、白いスーツを着た男たちが道を塞ぐ。


 なんだよ、まだちょっかいかけるわけ?


 テンションが下がる。


 せっかく姫との夜の散歩だったのに。


 白スーツの男が、


「いい屋台、ご案内できます」


 と、小声で言う。


 え? もしかして道案内申し出てくれたの?


「はい、やっぱり地元民の案内が一番いいかと思いまして」


 と、ささ、こちらへ、と、一軒の屋台に案内してくれる。


 お~うどん。


 いいじゃないですか。


 屋台の暖簾をくぐり椅子に座ると、メニューに鍋焼きうどんがある。


「松山はと言えば鍋焼きうどんだよ」


 屋台のカウンターの向こう側から、女性の声がする。


 顔を上げると青鼻のクラウンが白衣を着て立っている。


「じゃ、それで」

 俺は抱いていた姫を隣の席に座らせ、鍋焼きうどんを頼む。

 あとジャスミンティー。

 

 アルマイトの鍋に陶器の蓋という面白い組み合わせの器で出てくる鍋焼きうどんはじゃこ天、ちくわ、かまぼこと練り物が幅を利かせ刻んだネギと甘辛く味ついた牛肉と半熟の卵が乗っていておいしそうだ。


 一口食べると、思ったより甘くて、これはこの牛肉が甘いんだなとと思う。


 おいしい。ダンジョン内の少し肌寒い気候にも合っていて、するする食べれてしまう。


「それでその……」


 鍋焼きうどんを夢中で食べている俺に青鼻のクラウンがモジモジ喋りかけてくる。


「あの、その、ウチとは手打ちでいいかな~」


 あ~、別にそれで。


「ありがとう! ありがとう!」


 青鼻のクラウンが喜びの三回転半をカウンターの中で決めたときに俺は重要な事実に気がつき背中に冷や汗が噴き出す。


 いや、手打ちには、条件がある。


「え?」


 もう三回転半しようかとしていた青鼻クラウンが止まって真剣な表情になる。


 ここのお会計、なしにしてほしい。


 そう、俺は素寒貧のままなことを、


 うどんを食べ終わると同時に思い出したのだった。





 俺と青鼻のクラウンは、和解した。



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