第57話ハウスエッジ

 


 夏目が呆然自失になっていて痛々しい。



 ビップ席の奥、豪華な部屋のソファーに通された俺と夏目。


 俺の横に座っている夏目が空を見ている、口も半開きだ。


 別に一千二百万くらい払える。手持ちにないだけだ。だが庶民派の俺と、和歌山の山奥で二十歳まで自然と共に過ごしてきた良い言い方で野生児、悪い言い方ならどちゃクソ田舎者の夏目にとっては大金である。騙し取られて良い金額ではない。


「タカシ、やっちゃったのじゃ……」


 なんとか口にした言葉が後悔でよかったよ夏目、もうギャンブルに手を出すのはやめような、少なくとも一点賭けは止めよう。


「大丈夫、今度はゆっくり賭けよう。そのほうが楽しいよきっと」


 甘い言葉が出てしまう。だって夏目泣きそうなんだもん。


 別に金を使って賭け事をして夏目が楽しいならそれでいいのだ。だが今の夏目は楽しそうじゃないから問題なだけだ。


 俺がどう夏目を慰めようか考えていると、ドアが開き、一人の女性、女性? 女性だと思われる人間が入ってくる。


 なぜ一瞬で性別が分からなかったかというと、その格好だ。


 真っ白なタイツ、ぶかぶかの光沢ある白いシャツは袖口と襟元に何重もレースで飾られ、頭には先が二股に分かれたギェスター帽をかぶっている。


 顔は真っ白に塗られ、目の下に水色で涙を表す模様が描かれている。真っ青な丸鼻をちょこんと鼻先に付け、完璧なクラウンの格好をしている。


 なんとなく体の丸みや、男性にしては低い身長で女性だと分かる程度。


 その真っ白な青鼻のクラウンが優雅にお辞儀をする。


「ようこそ我がチーム白沢の庭へ」


 お辞儀から顔を上げる青鼻のクラウン。


 にっこり笑い俺と夏目の前の床に胡坐をかいて座る。


「それで、一千二百万円、わたくしのほうで処理しておきましたよ」


 そう青鼻のクラウンがにっこり笑顔を見せながら言うので、


「そうですか、それじゃそれで」


 と、俺が言うと、


「あれ? あまり感謝されていない?」


 と、青鼻のクラウンは、おかしいな~と首をかしげる。


「別に、渡されたチップはこちらから欲しがったわけじゃないし、そちらからのサービスでしょう?」


 青鼻のクラウンはとても驚いた顔を作る。演技だ。


「そんな~、わたくしどもはボランティアではないのですよ~」 


「そちらがサービスでないと言うなら、」


 俺は脚を組み、ソファーの背もたれに体重をかける。

 

 俺の後ろに伽藍堂からツンとウメが出てくる。


「ウチの夏目が、無理やりそちらの店員にチップを押し付けれ、その後取り立てに会いショックを受けています、その落とし前、どう取られます?」


 そう、俺はけっこう怒っている。


 だって夏目が悲しんでいるから。


 青鼻のクラウンは自分が逆に落とし前をつけるなんて考えていなかったのだろう、さっきの演技ではなく、本当に驚いた顔をしている。


「ウチが松山ダンジョン指折りのチーム白沢だと、知っています?」


 知らんよそんなこと、自分の価値感押し付けるなよ、俺はここ松山ダンジョンに来て二日目だぞ。


「赤兎馬、白沢、同時に喧嘩を売って、大丈夫だと? もしかして御前の威光にすがろうと考えていますか? ここ松山ダンジョンは御前を中心に動いておりますが、御前の目も届かない影もあるのですよ?」


 そう青鼻のクラウンが言って、トンと床を叩く。


 青鼻のクラウンを中心に一メートルほどの半径で草木が生え出す。


 草木が成長し、青鼻のクラウンの首くらいまで伸びたところで止まる。


「この草木が、あなたの体に種を植え、死ぬまで養分を吸い出すことだってできます。どうですか? 怖いでしょう?」


 いや全然。


 ここで夏目が口を開く。


「タカシ、もしかしてワシは騙されたのじゃ?」


 う~ん、そこは難しい判断だ。ルーレットに負けたのは真実だろう。八百はなかっただろう。


 だがその後、チップを渡してきたところは騙されたと言っていいのか? 


 う~ん、夏目は確認もせず受け取って、そのまま賭けちゃってるし。こちらの不注意が 多大にあるからな~。





 う~ん、ツンどう思う?





 俺がツンに向かい顔を向けると、ツンはコクリと頷き、いきなり加速。青鼻のクラウンの顔面に膝蹴りをぶち込んだ。


 あ~、まあいいか。


 夏目も騙されたってことでいいや。


 ツン、膝蹴りしちゃったし。


 なだれ込んでくる白いスーツの、きっと白沢の構成員だろう、その白スーツたちをツンが全員に膝蹴りをぶち込んでいく。


 膝蹴り、気に入ったのだろうか?


 けっこうな数の構成員を全員膝蹴りで失神させ、最後のほうは構成員だかどうだか分からないディーラーとかボーイも次々膝蹴りで失神させていくツン。





 俺と夏目は客が逃げ出したカジノスペースに移動し、ルーレット台の前に立つ。





「夏目、ルーレットは数を当てるとチップが36倍になる、だが考えて? この0と00があるため、実際ポケットは38個ある。


 つまりこのゲームは一回の賭けで2/38、5,3パーセントのハウスエッジがかかる。


 5,3%のハウスエッジはけっこう高い。


 つまり、元々ルーレットてのは儲かることが少ない賭け事なんだよ。


 だからゆっくり、賭けなきゃダメだ。


 多く賭けなきゃダメだ。


 このゲームはリスクヘッジを最大限取りながらダメージコントロールすることで楽しむゲームだからね、夏目も、考えながら楽しむといいよ」


 俺がそう言い夏目の顔を見ると、夏目の口から魂が出ていた。


 少し難しかったか。


 これ以上魂が出ないように夏目を抱きしめたら、夏目がすごい勢いで抱きしめ返してきた。


「ワシ、もう、チンチロしかしないのじゃ」




 いやチンチロもやめてね、あれも排除率が高いゲームだから。







 

◇◇◇◇








 俺と夏目は今、御前とテーブルを囲みアンティパストに俺はトリッパ、夏目はラビオリを食べる。


 御前はワインを、夏目もワイン。


 本日のメインはTボーンステーキ。分厚い骨付きステーキをボーイさんが切り分けてくれて、それを各々皿に取り食べる。


 うん、おいしい。


 夏目もガツガツ肉を食らっている。


「たまには家庭的なイタリアンもいいわね」


 と、にっこり笑う御前の後ろに並ぶ黒、赤、白の三人。


 烏骨鶏の真田さんと赤兎馬の武田さん、それに白沢の青鼻のクラウンだ。


 クラウンだけツンに膝蹴りされた左の頬がぷっくりと腫れている。


「タカシさん、今日はダンジョンアタックの手足として使ってもらう者を紹介しようかと思って」


 そう御前が言うので、もう知っていますと答える。


「え? そうなの?」


 はい、真田さんがくれたお財布はどこかに旅立ち、それから自腹でした。武田さん所の巨漢は俺と夏目を拉致しようとしましたし、青鼻の人は夏目をルーレットで鴨ろうとしました。いい場所ですね松山ダンジョン、カードも使えないし、持ってきた現金もなくなり素寒貧です。


 横浜の潮風がなぜか恋しいです。


 俺がそこまで言うと御前は目頭を指で押さえ、眉間にしわを寄せる。 


「そう、ご迷惑をかけたようね……」


 そもそもなんで、俺と夏目が色々手を出されたんですか?


 黒スーツの真田さんが手を上げ、それは私から、と話し出す。


「今回の最前線アタックのサポートは烏骨鶏がサポートするはずだったのですが、その後の利権等が問題だったのでしょう。

 そこに一枚かみたいチームが金デビ御一行様に接触したと」


 う~ん、接触の仕方が強引なんだよ。


 松山じゃこの強引なスタイルが主流なのだろうか?


「つまりは、烏骨鶏は職務怠慢で、赤兎馬と白沢はタカシさんたちに喧嘩を売ったと……、ごめんなさいね、こちらの統率が取れていないで」


 夏目を見ると、ガジガジTボーンをかじっているので、今日の一千二百万負けのショックからは立ち直っているようだ。


 夏目が元気ならもうどうでもいい。


 手打ちで。


 俺がそう言うと、深々御前が頭を下げる。


「お肉がもっと欲しいのじゃ」


 夏目も気にしていないようですし、頭を上げてください。


 御前が次のステーキを注文すると、赤兎馬の武田さんが俺を睨んでいることに気がつく。


 うん? 納得いかない?


「御前、私はこいつらの力を見てないんで、下につくのはちょっと」


 ん? こいつアロハ見たよね? それでもこの言葉、かなり自分に自信があるんだろう。


 ならやってみる? アロハと。


 俺はお進めしないけど。


「ワシは星持ちじゃよ?」


 夏目がそう言うと、武田は鼻で笑う。


「自分、星とか気にしてないんで」


 うんこの態度、横浜の傲慢と不遜でできたメスライオンさんに似てる。きっとタイマンに自信があるんだろう。


「ならタイマンじゃな」


 夏目がそういつと立ち上がる。


 武田がにやりと笑う。


 御前がため息をつき、頭痛を押さえるようにコメカミに人差し指を当てる。



 俺も頭が痛いよ。



 探索者はなんでこう、タイマン好きなんだろうか?


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