第56話12



 松山ダンジョン都市はけっこう広い。


 

 アスファルトで整備された道を歩くと端から端まで二時間はかかる。


 ここに松山ダンジョンで活動する探索者七千人弱が暮らしている。全員ではないだろうが、話にきくとほとんどがここで暮らしているらしい。


 ここではダンジョン内らしく治外法権であり、良い言い方をすれば自治されている。誰に? それは御前を中心にした有力チームの連合体にだ。


 御前に紹介された黄ばんだ白髪の枯れたイケオジ真田さんは烏骨鶏というチームのトップでこの有力チーム連合体の中でも顔役の一人らしい。


 俺と夏目が朝おきて朝食にホテルを出ると真田さんが待っていて、


「街を案内しますよ」


 と、まず中華粥の店に案内してくれた。


 真田さんが歩くと黒いスーツを着た男たちが頭を下げる。


 この黒いスーツの男たちは烏骨鶏所属のメンバーか、その下部組織のメンバーらしい。結構数がいる。


 中華粥の店は半屋台のような店で、野外にテーブルと椅子が並んでいた。


 俺はモツのお粥、夏目はエビと貝のお粥に油条を食べる。


 真田さんはコーヒーだけ。


「この町にマクドナルドはあるのじゃ?」


 夏目がマイフェイバリットの存在を確認すると、


「すいません、ありませんね」


 と、あっさり否定されがっくりしている。


 食べたくなったらダンジョンから出でて食べに行こう。きっと外にはマックぐらいあるだろう。そうだ、外なら瓜実氏が自信満々で出してきたクレカが使える。暇なときに松山の町を観光するのもいい。


「マクドナルドはありませんが、似たようなバーガーショップならありますよ」


 と、真田さんにバーガーショップに連れて行ってもらう。


 なるほどバーガーショップ。マックのようなファストフードというよりアメリカの映画に出てくるダイナーの雰囲気だ。


 夏目は本格的なチーズバーガーをテイクアウトでいくつか包んでもらい、歩きながら一つ取り出し食べ始める。


 どう?


「おいしいのじゃが、これじゃない感がすごいのじゃ!」


 チープ感が足りないか。まあ本格派のバーガーショップだったし。


「どうしますか? ホテルに戻られますか?」


 そう真田さんがきいてくる。


 いつまでも俺たちの案内に時間を取れるほど暇ではないが、御前が呼んだ客だ丁重に扱わなければならない、ホテルに籠っていてくれるのが一番楽なんだろう。


 俺達には関係ないことだけど。


「大丈夫ですよ、俺たち二人で観光しますから」


「いやしかし……」


 真田さんが言葉を濁す。


 監視してたいのかな?


「ここは治外法権ですし、御前のお客様に、万が一危害が加わると問題です」


 それは大丈夫、なにせ俺には骸骨たちがいるし、夏目は日本に俺を抜いて七人しかいない星持ちだ。


 気分を害することはあるかもしれないが、危険な目に合うことはないだろう。


 そう言うとサングラスをずらし、目を見開き夏目のことを見る真田さん。


「星持ちだったのですか……」


「ウム、一つだけじゃがな!」


 だから護衛は要らない、欲しいのは護衛より財布だ。


 真田さんは携帯を出しどこかに電話する。


 すぐにモヒカンで十代だと思われる若い男が走ってくる。


「オヤジ、遅れてすいません」


 真田さんに頭を下げるモヒカン。


 真田さんは自分の財布を出しそれをモヒカンに渡す。


「お二人の財布をやれ、足りなくなったら連絡しろ」


 と、モヒカンを財布として残しいなくなった。


「ウス、自分は吉田と言います」


 モヒカンは吉田君というらしい、話をきくと今年探索者の学校を出たばかりのルーキーらしい。俺とタメだな。


「武器屋が見たいのじゃ」


 と、夏目が言うので、吉田君に武器屋に案内してもらう。


 夏目は刃渡り五センチほどのダガーナイフを買う。


 いつも夏目が持ち歩いている護身用のナイフの代わりだろう。


 特殊なダンジョン鉱物でできているわけでもない普通のナイフだ。一万数千円で買えた。


 目的の物も買えたのでブラブラ武器屋店内を見ていると赤いスーツを着ている男が二人店に入ってきた。


 吉田君を見ると、にやりと笑う赤スーツの片割れ、金髪のほう。


「よう吉田、ちょっと客人借りるで」


 と、言った。








◇◇◇◇








 瓜実氏の自社ビルよりは小さいがけっこう立派なビルに赤いスーツの男二人に連れられてやってきた。


 吉田君は金髪の赤スーツが学校の先輩だったらしく、口では、ヤバいですよヤバいですよと言いながら強く出られず、大丈夫や大丈夫やと言う先輩金髪の口車に乗りここまで俺たちが連行されるのを許してしまっている。これはあとで大目玉だろうが俺と夏目には関係ないことなので口出しはしない。


 俺と夏目は別段予定もないので、来てくれと言われればついていくことはやぶさかではない。


 夏目もナイフを買うと言う当初の目的は完遂しているわけだし。


 ビルの中に入るとロビーのソファーで待つように言われ、俺と夏目と吉田君三人は並んで座る。


 夏目はスウェットのポケットに手を入れ護身用に買ったダガーナイフを弄ぶ。


 十五分ほど待たされ、もう飽きてきたから帰ろうかと考えていると赤いスーツを着た身長百九十センチを超え体重は百六十キロはありそうな巨漢が歩いてくる。


「よう! 俺は赤兎馬の篠田だ! 今日からお前らの面倒は俺が見る、黒は帰れ」


 と、言いながら俺と夏目と吉田君の対面のソファーにドカッと座る。


「篠田さん! 問題になりますよ!」


 吉田君が抗議の声を上げる。

「ああん? お前ら黒は赤兎馬に喧嘩売るんだな!? お前が抗争の引き金引くんだな!? ガキんちょ!!」


 篠田に怒鳴られ、脅され吉田君は黙り込んでしまう。


「吉田、悪いようにせんから、とりあえずこっち来い」


 赤スーツの金髪先輩に肩を組まれ、どこかに連行されていく吉田君。


「邪魔者はいなくなったな! とりあえずお前らこのビルに部屋やるからそこから出るな! 分かったな!!」


 と、かなり上から喋る篠田、なんかつまらなそうなので帰ろうと夏目にアイコンタクトすると、夏目もいつこの男から唾が飛んでくるか分からない距離での会話が嫌だったらしくすぐに立ち上がり、二人でビルの出口に向かう。


「どこ行く気だガキ! 殺すぞ!!」


 俺の肩を後ろから掴もうとする篠田の手首を伽藍堂から出てきた黒い鎧に包まれた巨大な手が握りこむ。


 篠田を掴んだ黒い鎧の手の持ち主が陽炎のように歪む空間からズルリと体全体を出していく。


 さびたボロボロの黒い金版鎧、うねる美しい金髪と七色の花咲く花冠。


 身長三百センチを超える俺の姫騎士アロハがビルのロビーに体全体を出す。


 篠田の手首を掴んだ手を高く上げ、中吊りにする。


「んだこいつは! 放せこの野郎!!」

 篠田がバタバタ暴れるが、アロハは全く無視し、俺に顔を向け、大丈夫?的な心配の視線を伽藍堂の骸骨の目から送ってくれる。


 大丈夫だよアロハ、ありがとうね、特にいきなり手首を握り潰したりしない配慮が嬉しい。俺グロとかゴアとか苦手だから。


 と、俺がアロハの感謝の笑みを浮かべた瞬間アロハが俺に抱き着こうと手に持っている邪魔な篠田を投げ捨てた。


 投げ捨てたというか、ビュンと投げた。


 百六十キロは越えているだろう篠田の巨体が、地面と水平にロビーの中を十メートル以上高速で飛行し、良い石でできてそうな壁に激突した。


 なんというか、熟れたトマトを壁に投げつけた感じだ。


 俺は壁にぶつかる寸前に目を閉じられたので映像は見ていないが、べちゃ、という何とも言いようがない効果音をきいてしまった。


 俺は目を閉じながらアロハに抱きしめられ、やさしくやさしく頭を撫でられる。


「夏目、死んでる?」


「いや生きてそうじゃ、かろうじて?」


「それじゃ帰ろうか」


「じゃな」


 夏目が目を開けたくない俺の手をやさしく引いてくれてビルを出る。


「もう大丈夫じゃ」


 夏目がそう言うので目を開けると赤いスーツを着た男たちが十数人俺と夏目を囲んでいた。


 俺の後ろに立つアロハ。手には突撃槍を持っていないし、アオジロに乗っているわけでもないが、個体としての格が違うことが赤スーツたちにも分かるようで手を出すような蛮行も、口を出すような愚行もしない。


 さて帰ろうかと足を出そうとすると、後ろから、つまりはビルの出口から声をかけられる。


「ウチの若いのが、ご迷惑かけたようで」


 俺が振りむくとアロハの後ろに赤いスーツを着たガリガリの男が立っていた。


 黒髪をオールバックに硬め、ノンフレームの眼鏡をかけた三十くらいの男。


「自分が赤兎馬代表武田と言います」


 武田さんは胸のポケットからマルボロを出し火をつける。


「今回は篠田の勝手な行動が、客人には大変ご迷惑をおかけしました。篠田への制裁はウチでやりますんで、どうぞ、お引き取り下さい」


 すごいなこの人、全部の責任を部下に擦り付け、トカゲ尻尾で済まそうとしてる。まあ、別に俺と夏目はさほど被害があったわけじゃない、十五分くらいロビーで待たされて暇だったぐらいだ。


 お引き取り下さいって言ってるから帰ろう。


 俺と夏目がビルの敷地から出て、トゥクトゥクににた自転車タクシーに乗りこむ。


「この辺で観光できるとこあります?」


 俺がそう運転手さんにきくと、


「お客さん、ここダンジョンの中ですよ?」


 と、呆れられてしまったが、カジノとかどうですか? と言われ、俺は飲む打つ買うをまったくやらないのでカジノはいいかなと思っていると夏目が食いつきカジノに行くことになる。

 ダンジョン都市の端、怪しく光るネオンが浮かぶ一角でタクシーを下りる。そう言えば財布の吉田君をおいてきてしまったため自腹を切る。


 トホホ、けっこういい値段だったよ。


 カジノの門をくぐると並ぶスロットマシーン。


 中央にルーレット台が並び、その奥にブラックジャックとポーカーの台が並ぶ。


 あっちはバカラか、その奥はビップだろう、カーテンがかかり、ボディーガードが二人立っている。


 とりあえずバーカンでジャスミンティーと夏目はハイボールを頼む。


 ここも自腹、けっこういいお値段だよ。


 夏目が目を輝かせルーレット台を見ている。


 ここまで来てオアズケはないだろう。

 

 俺は財布に中身を確認する。


 なにかの時のために持ってきた現金六十万、そこから二十万を出し、夏目に渡す。夏目は目を輝かせ二十万をチップに変えるため走り出す。


 夏目はルーレットをするらしい。


 転がるボールを睨みつけ、12にチップを置く。全部。


 普通にハズれ、しょんぼりしながら俺の元に帰って来る。


 ウルウルさせた目で俺を見上げる夏目。そりゃいきなり全額賭けたらそりゃ一瞬で飛ぶよ。でもあまりに泣きそうなのでもう二十万渡す。


 二十万残れば滞在期間中くらいはもつだろう。食い物と宿泊費は御前持ちなのだ。少し切り詰めれば大丈夫なはず。


 夏目は渡した二十万をチップに変え、ルーレット台の前に立つ。


 真剣な目で転がるボールを見つめ、同じ12に全部のチップを賭ける。


 夏目なんでだよ!! 一度失敗したんだから学習しろよ! と思ったがそう言えば夏目は小卒、学習能力とかは皆無だ。


 普通にハズれ、肩を落とした夏目が俺の元に戻ってきて、ウルウルした上目使いで俺を見上げることチワワのごとしだが、ここは心を鬼にし、金を渡さないでいるとツーと頬を涙がこぼれる。


 泣くなよ!! 分かったよ!! 俺は財布の中に残る二十万を夏目に渡すと、夏目は涙を拭きながら二十万をチップに変えに走る。


 またルーレット。


 また12。


 また負ける。


 なんでじゃ!的な絶望顔をしている夏目だがそりゃそうだろう。


 ちょっとはリスク分散とか、そもそも長く楽しもうと掛け金を小出しにするとかしろよ、なんで毎回オールインなんだよ。


 なんて慰めようか考えながら夏目に向かい歩き出すと、夏目にボーイが近づき、チップを渡す。


 それも大量に。


 夏目はニパッと笑い、それを全て12に賭ける。


 ヤバいと思い夏目に駆け寄ると、ローレットが止まり、普通にハズれてる。


 絶望顔の夏目。


「夏目、いくら借りたの?」


「え? ワシは金を借りたのじゃ?」


 夏目にチップを渡したボーイがいい笑顔で、





「はい、一千二百万ほどお貸ししました」




 と、サラッと言いやがった。

 

 

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