第55話松山ダンジョン



 夏目は生まれて初めて飛行機に乗る。




 松山羽田間の航空券を手に飛行機に乗車する俺と夏目。


「機内食が楽しみなのじゃ!」


 いや、二時間もかからないフライトで機内食は出ないと思うが。


 夏目と席に着き、夏目が、


「窓際じゃ! 外が見たいのじゃ!」


 と、言うので席を代わってやり離陸を待つ。


「ワシは夏目じゃ! 今日はよろしく頼むのじゃ!」


 と、ⅭAさんに元気よくご挨拶をする夏目に、ⅭAさんはにっこり微笑みながら子ども用のおもちゃをくれた。


 完全に子どもと間違えられたようだ。


 夏目の首回りゴリゴリに彫り物が入っているんだけど、その辺はフル無視らしい。


 夏目が紙でできた飛行機を組み立てている間に離陸し、夏目は意気揚々と、


「おねえさん、ビールじゃ!」


 と、ⅭAさんにお酒を注文するが、にっこり笑うⅭAさんにオレンジジュースを出され意気消沈。そもそも二時間未満のフライトでエコノミーは酒なんか出ないんじゃないだろうか?


 ふて寝する夏目にひざ掛けをもらいかけてやると、俺も席を倒し眠りにつく。


 眠っているうちに飛行機は進み、着陸するとの放送で目を覚ました俺は夏目をおこし着陸に備える。


 飛行機が着陸すると、夏目が、


「飛行機、楽しくないのじゃ」


 と、ヘニョヘニョだった。


 どれだけ空の旅を期待していたんだ夏目は。しょうがない、今度は国際線で海外旅行にでも行こう。それならお酒も出るだろうし、機内食も出る。


 空港のロビーで待っていると、待ち合わせの相手が来る。


 手に『金デビ御一行様』と書かれたプラカードを気だるげにかかげる四十代後半くらいの黄ばみ、くすんだ白髪の男。


 ダークスーツに黒いシャツは胸元まで開いていて、黒い革靴に黒いグラサン、黒い皮の手袋をしている。


 俺と夏目が黒ずくめの男に近づき、


「横浜から来た金デビです」


 と、声をかけると、


「ああ、あなたたちが」


 とプラカードを下ろし、俺と夏目の荷物が入ったガラガラをもって車まで案内してくれる。


 車を運転してくれている黒ずくめは真田さんと言い、松山ダンジョン内では大きな烏骨鶏というチームのリーダーらしい。


「御前に頼まれましたし、顔合わせも込みでお迎えに上がりました」


 と、低く響くいい声をさせながらハンドルを握り、挨拶してくれる。


「ワシは夏目じゃ!」


 夏目が挨拶をし、俺も挨拶をする。


 今日の宿の話をしたら、もう取ってあるとのこと、それより先に、南蛮御前の元に行って欲しいと言う。


 松山市街地に入ると、そのまま中心街に車は進み、一軒の巨大な木造建築物の前に止まる。


「ここが、松山ダンジョン入り口になります」


 と、真田さんが説明してくれた。


「御前は中に?」


「はい、御前は基本、いつでもダンジョンの中にいます」


 すごい仕事熱心な人だと思ったら、それは違うようだ。


 松山ダンジョンは一階部が広大で、そこに探索者のための街が出来上がっているらしい。


 ダンジョン内都市だ。


 確かに横浜のようにダンジョン区画を作っても、荒くれ者の探索者が一般人と触れ合ってトラブルになることは防ぎきれない。


 ならば、もう街自体を別けるという考え方は正しいようにも思える。


 真田さんもダンジョン内都市に家があり、今日空港に迎えに来てくれたのは、久方ぶりのダンジョン外への外出だったらしい。


「中は快適です。私たち探索者には」


 と真田さんが言うし、観光地としては楽しみだが、俺はずっと天井がある場所で生活するのは耐えられえないだろう。


 夏目はきょろきょろ、俺と夏目の二人は真田さんに案内され、ダンジョン入り口の建物の中に入り、受付で探索者ライセンスを見せ、ダンジョン内に入る。


 更衣室はなく、そのまま横浜と同じ白い観音開きのバカデカい門の前にきて、くぐる。


 門の向こう側はドーム型の天井は横浜ダンジョンと同じだが、ここのほうが三、四倍は広く、そして高い。


 その空間内に雑居ビルが立ち並び、人々が、人々と言っても探索者なので屈強なのだが、そんな人々が普通に生活をしていた。


 普通に生活とは、武装をしていないのだ。


 俺はダンジョンの中で武装していない探索者を始めて見たので、いや見たことあるなダンジョンウォーカーをパンイチにした時と穴熊を裸にひん剥いたとき見たが、自分の意思で武装を解除している探索者を始めて見てすごく不思議に感じた。


「まずは御前の元に行きましょう」


 真田さんがそう言うと、トゥクトゥクのような後部座席が座席になっている自転車のタクシーを止め、三人で乗り込む。


「このドーム内では様々な職業があり、戦闘に向いていない者やスキル数が著しく低い者も安全な仕事にありつけるよう、御前が心を砕いています」


 へー、それなら俺と夏目も松山のほうが横浜より近くに生まれてたら、ここで働いていたのかな? いやそんなことはない、そもそも夏目は松山の特別職能訓練施設と言うスキル数十以下の者が通う学校に入学を拒否され横浜くんだりまで出てきていたのだ。きっとここでも良い話ばかりではなく、泣く人もいるのだろう。


 俺が黙って、夏目はきょろきょろ松山ダンジョン内の街並みを見ていると、ひときわ高いビルの前でタクシーが止まり、俺たちは下ろされる。


 十数階建てのビルのエントランスはコーヒースタンドもあり、さながらホテルのロビーだ。


「ここの最上階が、御前の居室になります」


 真田さんがそう言うと、俺たちはエレベーターで最上階まで上がる。


 エレベーターが開くとすぐ応接室のような造りになっており、高そうなソファーに南蛮御前が座り、片手をあげ挨拶をしてくれる。


「よく来てくれてわ、ささ、座って」


 俺と夏目が南蛮御前の対面にあるソファーに座ると、真田さんは南蛮御前の座るソファーの後ろに立つ。


「宿はこのビルの部屋を使って、下層階はホテルになってるから。食事は外にレストランも十数件あるし、デリバリーもあるわ、ホテルのルームサービスもあるの、全部私に付けてくれていいから」


「いえ、金デビが経費は払うから大丈夫です」


 と、俺は言い瓜実氏から受け取ってきたクレジットカードを見せる。


 そうすると南蛮御前の眉毛が下がり、


「ごめんなさいね、ダンジョン内はクレカ、使えないのよ」


 と、言った。


 瓜実氏、この遠征に一口噛みたいから、ウチからの派遣ってことにしてくれや! 経費は全部俺が持つわ! カードいくらでも使えや! 青天井だわ!と投げてよこしたクレカが全く使えないんですけど? 


「すいません、お世話になります」


 と、クレカをしまい、御前に頭を下げる。


 夏目も本能で餌をくれる人を判断したのだろう、深々御前に頭を下げている。


「いいのよ、こちらから頼んできてもらってるの、当たり前のことよ」


 と、朗らかに、上品に笑った。


 御前に案内されるまま、俺たちはビルの中にある中華料理屋でコースをいただき、夏目は飛行機での恨みを晴らすように紹興酒をパカパカ飲み始め、ウメはエビの皮を剝き、ツンは北京ダックの皮を剃刀で剥いだように薄く切り分けた。


 ツンが動くたびにビクッと南蛮御前の体が恐怖で硬直するのだが、それはそれ、許してほしい。


 夏目が紹興酒に入れるザラメのおかわりをしだしたので、そろそろダンジョンアタックの話をしたい。


 夏目が酔っ払って寝ちゃう前に。


「装備はいつ届きますか?」


 俺がそうきくと、南蛮御前が困った顔をする。


「防具はすぐに、でも銃器と武器は手続きが戸惑ってて」


「そうですか、あまり遅いようなら、こちらで揃えることってできますか?」


「それは無論、でも一流は自分の武器にこだわりがあるでしょう?」


 いや俺は別にないが、そもそも、骸骨たちの武器は骸骨たちが勝手に伽藍堂の中にしまっているらしく、俺のあずかり知るところじゃないし、俺は武器をダンジョン内で使用したことがない。


 俺は歩くだけ、ダンジョンウォーカーだから。


 夏目にきくと、


「なければスコップがあればいいのじゃ」


 と、こちらも弘法筆を選ばずなので、あまりに手続きが長引くようならこちらで揃えよう。


「ごめんなさいね」


 と御前が謝るが、別に御前のせいじゃないし、謝られることじゃない。


「それじゃ三日こなかったら、こっちで揃えます」


 と、伝える。


 それまでダンジョン内都市の観光でもしよう。


「何かあれば、私でもいいし、この真田にでもきいてちょうだい」


 と、南蛮御前が言い、食事をせずに南蛮御前の椅子の後ろに立っている真田さんが頭を下げる。


 最後に燕の巣のデザートをいただいていると夏目が舟をこぎ出したので食事会は解散となり、


 俺と夏目は真田さんに案内され、



 ホテルの一室に入り、



 夏目を抱きしめてベッドに入り寝た。

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