第54話ワシは弱い
ツンが俺の前に仁王立ちし、首をゴキリと鳴らす。
吹き飛ばされ、壁にぶつかり床に座り込んでいる南蛮御前と俺の間に立つ背中が頼もしい。
「カハッ」
南蛮御前が血を吐いて顔を上げる。
「次、私に手を出したら、そこにいる、女を殺すわ」
チラリと夏目を見ると、夏目が白目をむいて痙攣している。
首の周りに水でできたヒモが巻き付いている。
さっきの青く光った目が攻撃だったらしい。
「姫」
俺がそう言うと、夏目の後ろに現れた姫が真っ赤な孔雀の扇子でサッと水のヒモに触れるとパシャッと飛び散る。
ついでに希来里さんの首に巻き付いてる水のヒモ消してくれる姫、やさしい。
「姫、そのまま夏目を守って」
俺がそう言うと、コクリと頷く姫。
「それじゃ、ツン、おねがい」
俺と夏目は希来里さんを挟むようにソファーに座ったが、このソファーじゃ意識があるのは俺だけだ。
瓜実氏は自分の周りに六角形の防御フィールドを数枚出しているし、あっちは意識がありそうだ、攻撃範囲外だったのだろう。
七三と不倫は知らん、どうでもいい。
もうツンが出てきたし、俺はツンにお願いしたからこれで終わりだ。
ソファーに背中を預け、目を閉じる。
俺、グロとか、ゴアとか、ダメなんだよね。
ダンジョン内の敵は割り切れるが、人がね、グチャグチャになるの見たくないんだよ。
十も数えれば終わるかなと、目を閉じ十からカウントダウンしようとしていたら、横から俺でもわかる濃厚な殺気が爆発して、ソファーがその殺気を放つ巨体に耐えられずバキ゚ッと真ん中から折れて、後ろに転がっていしまう。
思わず目を開き殺気に中心を見ると、そこには洋服が全部はじけ飛び、薄い縞模様と、防御のためにたっぷりとした脂肪と皮の鎧を纏っているのに、それでもわかる巨大に隆起した筋肉、野生と暴力と憤怒を三百五十センチを超える巨体の中にねじ込んだ怒れるタイマン最強のライガーの獣人が立ち上がっていた。
「なんだ、終わってるじゃない」
希来里さんが見ている視線の先を追うと、ツンが南蛮御前に馬乗りになって拳を振り下ろすたびに南蛮御前の足がビクン! ビクン! と大きく痙攣して跳ねている。
希来里さんが差し出す腕を掴んで立ち上がりツンに近づくと、ツンが立ちあがり、大きな窓にかかっていた浅黄色のカーテンを破り希来里さんに投げる。
希来里さんはそれを受け取ると、
「ありがと」
と、言い、体にまくと人間に戻った。
転がってる南蛮御前を見下ろすと、う~ん、ぐっちゃぐちゃの頭部が再生していっているから生きてるんだろう。もうここまできたらどっちでもいいが。
ツンがもう一枚カーテンを引き千切り自分の拳についている血液をふき取り、俺の前に膝を突き、俺をやさしく抱きしめ、やさしく頭を撫でる。
「瓜実さん、これからどうしましょう?」
俺がツンに抱きしめられながらきくと、
「どうって、そうだな、どうしよう?」
と、日本最高戦力が秒殺された現実から逃避しそうになる思考をなんとかトドメて考えようとしているが空回っている。
「埋めちまうか」
俺がそう言うと、穴掘り大好きハナが呼んだ!?的な感じで伽藍堂から顔だけを出し俺を見る。
「あんた、その生き埋め思考やめな!」
希来里さんに怒鳴られたので生き埋めはナシの方向で決まり、ハナが寂しそうに伽藍堂に帰っていった。
「とりあえず、血が止まったらベッドに転がしときなさいよ、あーその前にあたしが風呂に入れるわ」
希来里さんがそう言う。
風呂とか必要かと南蛮御前を見るとしっかり失禁してた。
◇◇◇◇
七三たちと不倫はカーテン一枚の希来里さんに、
「何見てんのよ変態!!」
と、別荘から蹴り出されて、俺は失神した夏目の呼吸と心拍を確認して大丈夫そうなので膝の上で抱きしめ意識が戻るのを待つ。
瓜実氏は関係各所に電話三昧。色々大変そうだ。
希来里さんがある程度出血が止まった南蛮御前をひょいと持ち上げ、
「パパ、この部屋清掃業者入れて、すぐに」
と、言い残しお風呂場に向かう。
清掃業者が速攻で来て、邪魔にならないよう俺は夏目を抱いたまま別荘の庭に出る。熱海の別荘のようにヘリが下りられるほど広くはないが、東屋があって草木が生え、好きな感じの庭だ。
東屋の中の椅子に座ると、サキュがお茶を出し、ドラがキッチンからモンブランを持ってきてくれる。
俺は両手がふさがっているので、お茶をサキュ、モンブランをドラに食べさせてもらう。
足元にタロとジロが寝そべり、庭の趣味の良さと気候の丁度良さと夏目の体温ですごく精神がリラックスしてくる。
リラックスしてくると、自分がかなり緊張していたことが分かる。
「ワシも食べるのじゃ」
夏目が目を覚ます。
俺の膝の上に座る夏目に、俺がモンブランを切り分け口に運ぶ。
夏目の顔が見えないので食べさせづらい。
だが無理して夏目の顔を見ない。
夏目だって顔を見られたくない時だってある。
例えば、一瞬で南蛮御前に失神させられ、敗北し、悔し涙をこぼしている時とか。
「ワシは弱い」
「のびしろだね」
「そうじゃ、ワシはまだ強くなる」
「そうだね、夏目はまだ強くなる」
「ウム!」
夏目はくるっと体の向きを変え俺の首に抱き着き、大きな声を上げ泣いた。
俺はただただ夏目の頭を撫で、体を抱きしめた。
心から思う。
夏目が無事でよかった。
◇◇◇◇
泣き病んだ夏目としばらく抱き合っていたら、夏目のお腹がグーと鳴ったので、別荘の中に入ると清掃業者が帰っていくところだった。
そしてなぜか昨日も来ていた板さんが入ってきた。
瓜実氏は気の動転が激しかったらしくお寿司屋さんも呼んでしまったらしい。
夏目がニコニコしながら板さんがお寿司の用意をしているのを横で見ている。
瓜実氏はまだまだ電話三昧だ。
希来里さんはお風呂から出て真っ赤なロングシャツ一枚でチーズを塊のまま頬張り、ワインをボトルのままラッパで飲む。
「あの体、カロリー消費が激しいのよ」
と、言い訳しながら高そうなチーズをキロ単位で平らげていく。
板さんの準備ができたようで俺と夏目と希来里さんがアイランドキッチンでお寿司をいただく。瓜実氏はまだ電話で忙しい。
「テメーが俺に逆らえるタマかよ!!」
「ああん!! 頭からバリバリ喰っちまうぞ!!」
「おめーが利益利益言うからこんなことになったんじゃねーか!! 殺すぞ!!」
「横浜で顔隠さず歩けると思うなよこの三下が!!」
など、絶対に交渉に向いてない言語体系で話す瓜実氏の電話は難航しているらしく、そりゃあの喋り方じゃ難航するだろうけど、全く終着点が見えないようだ。
俺たちは関係なしにお寿司をいただく。
板さんは夏目にウニトロイクラを順番に提供し、俺はツンが握るツンセレクションのコースをいただき、希来里さんはなぜかウメが太巻きを作り、それを恵方巻のようにングング丸呑みするように喰らっている。
青魚がおいしい。イカ、大好物です。貝も臭くなくて最高。そろそろトロとかが食
べたいです。
ドラとサキュが秋刀魚の焼き物を出し、希来里さんがそれを頭からバリバリ食らう。茶碗蒸しがおいしいです。ドラとサキュは和食も作るのがうまい。
ツンセレクションコースが一通り終わり、俺が一息ついてあがりをいただいていると、キッチンに希来里さんのぶかぶかな真っ赤なスウェットを着た南蛮御前が入ってきて、俺の横に座った。
「お寿司、お好みなんで板さんに注文してください」
俺がそう言うと、
「それじゃ何かお造りを」
と、びっくりすること言い出す。
「お寿司を食べないだと……」
「いや、最後には食べるわよ、でも最初からお米を食べたら、すぐお腹いっぱいになっちゃうじゃない?」
希来里さんと夏目が信じられないものを見る目で南蛮御前を見ている。
「お酒、何か辛いのを頂戴」
「へい!」
なぜか板さんも嬉しそうだ。
そりゃそうか、このスペースに味が分かる人間は今までいなかった。初めて寿司の食べ方を知っている人間が現れたのだ、そりゃ嬉しくもなろう。
冷えた日本酒を飲みながら、綺麗に箸を使い貝のぬたを食べる南蛮御前、箸先がほとんど濡れていない。
逆を見ると夏目はお寿司は全て手掴みだし、希来里さんは秋刀魚もチーズも手掴みだ。二人とも袖の端で口を拭く。
これが星一つと星二つの差、なのか……。
これはかなり高い壁があるなと実感する。
「今までごめんなさい、強引過ぎて、あなたの気持ちを考えてなかったわ」
そう南蛮御前が言って頭を下げる。
なんとなく誠意ある感じだったので、
「それじゃ、手打ちで」
と、言った。
「ありがとう」
南蛮御前はそう言った。
そうなのだ、最初からアポを取って、それなりの段階を踏んで、間に入る人間の信用を得て、場所をセッティングしてくれれば俺だってここまでゴネなかった。
俺がデザートの巨砲のシャーベットを食べていたら、南蛮御前が、
「松山で今、最下層で門が出て、その中の敵が倒せないの」
と言い出した。
「その討伐をお手伝いしてほしかったの、最初からそう言えばよかったわね」
と、言った。
門の中の怪物。
それってウメが横浜ダンジョン地下八階層で、超々遠距離から殺したから姿がどん
なんだか分らなかった奴では?
え、まだ生きてるのがいるの?
けっこう興味あるんですけど。
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