第53話アメリカンブレックファースト

 

 葉山の砂浜、松山のドンである南蛮御前は朗らかに笑った。




「鬼龍院君、今松山に帰したから、許してあげてね、彼も別に悪気があったわけじゃないのよ」


 そう言いながら笑みを見せる。


 ノーカラーのシャネルのスーツに身を包んだ三十代中盤ほどのの見た目、ガラスのように光る黒いヒールで、よくこの砂浜で立っていられるなって思う。


 いつまでも立っているのは疲れるので、俺は一度腰をあげたハナの蛇の下半身にもう一度腰を掛ける。


「それで?」


 俺がそう言うと、


「いや、まずは謝罪からかなと思って」


 と、言った。


「俺、今休暇中なんですよね、分かります? オフなんです。その休暇先に押しかけてきて謝罪って、ウザいって分かってます?」


 俺がそう言うと、南蛮御前は眉毛を大げさにハの字にして、困ったように笑う。


「それは申し訳ないと思ってるのよ、でもあなたも星持ちでしょう? 星持ちには星持ちの責任があるの、それもわかるでしょう?」


 いや、俺自分が星持ちだって認めてないんで。


「力ある者は、その力に見合った責任があるの、わかるでしょう?」


 それってあなたの感想ですよね。俺宗派が違うんで。


 俺はハナの下半身に座りながら腕を組み、口に握った左手を当て、目線だけ見上げるように南蛮御前を見る。


 南蛮御前は右手を腰に手を当て、左手で顎先を掴み、斜め右上を見つめながら次に紡ぐ言葉を考えている。


 ハナは俺を四本の腕で抱きしめ、全く南蛮御前の存在を気にしていない。


「お金とかで、解決できるかしら?」


「いや、金は自分で稼げるんで」


「貸一つとか?」


「ん? バカにしてるんですか?」


「難しいわね、あなた」


 南蛮御前がそう言って、困ったように笑う。


 そうだろうか? 俺は係わるなって言ってるだけなんだが。


「私ね、あなたにお願いがあるの」


 俺にはないので、お帰り願えますか?


 ハナがいるから別にイライラしないが、そろそろ帰って寝たくはある。明日だって砂浜を散歩して、浜辺の近くに立っている美術館にも行きたいのだ。そうだ今日の朝食べたパン屋にもまた行きたい。


 もう帰ろう、明日一日眠かったら楽しくないしね。


 俺が立ちあがるとハナは最後に頭を一撫でしスッと伽藍堂に消えていった。


 その代わりにセンが出てきて俺と手をつなぎ、暗い浜辺で転ばないように先導してくれる。


 南蛮御前は俺の帰路を止めない。止められない。


 俺とセンの周りには数百体の骸骨が浮かび上がり、青白く光り、さながら百鬼夜行だ。


 きっと俺は次何か俺の行動をこの女が止めたり邪魔したら排除してしまうだろう。その気持ちをセンとこの青白く光る百鬼夜行は分かっているし、そのとおりにしてくれる。


 この女はそのことが分かっているから、口を開かないし、動けない。


 俺はそれを分かっているから、歩みを止めないし、振り向かない。


 センに手を引かれ、青白く光る骸骨たちの光に照らされた道を歩き別荘まで帰って、酒臭い具で具でに酔っぱらって寝ている夏目を抱いて眠った。







◇◇◇◇







 朝目が覚めると腕の中にまだ夏目が眠っていて、それなら二度寝しようと夏目の髪に鼻先をうずめると、


「お腹がすいたのじゃ」


 と、夏目が声を上げる。


「昨日お昼を食べて、その後食べた記憶がないのじゃ」


 そうだね、昨日はお昼からお寿司でお酒を飲んで、寝ちゃったから夕飯は食べてないよね。


「一食分損したのじゃ!」


 いや、お昼にお寿司三食分ぐらいは食べてたから損はしてないと思うのだが、夏目は夕飯を逃したことがいたく悔しいらしく、


「なんておこしてくれなかったのじゃ!!」


 と、俺のお腹をガジガジ噛みつき怒りを表す。


 それじゃ朝から二食分食べようと、俺と夏目はまず昨日行ったパン屋さんに行きバケットを買い食べながらアメリカンスタイルのブレックファーストが食べられるレストランに向かう。


 夏目とカウンターに並んで座り、ワンプレートの朝食を食べる。


 オムレツにカリカリのベーコンが三枚、サラダにはチーズがすられてかかっている。


 それに焼いた食パンにミネストローネ、オレンジジュースかリンゴジュースが選べて最後はホットコーヒー。結構なボリュームがある。


 夏目はそれにステーキとパンケーキが三枚が追加でのっているさすがアメリカンなプレートを頼んで二人でもりもり食べる。


 食べ終わると夏目が、


「一食目がすんだから二食目じゃ!」


 と、最初に食べたバケットを完全に無視した提案をしたので店を出てJRの駅まで歩き夏目のマイフェイバリット、マクドナルドで朝マックをいただく。


 もう俺はホットコーヒーだけだけど。お腹いっぱいだから。


 夏目はここでもブレックファーストプレートをもりもり食べる。


 夏目が大満足の笑みをこぼしたのでマックを出て海岸線を歩く。


 夏目は自分のお腹をさすり、


「今日はお昼が入らなそうなのじゃ……」


 と、寂しそうにつぶやくが、あれだけ食べれば当たり前のことなのでしょうがない。そればっかりは俺もどうにもできない。




 散歩をしながら別荘に帰ると、家の前にゴツいベントレーが三台止まっていた。




 別荘に入ると、不機嫌そうにソファーで足を組んでいる希来里さんと、車椅子の上で難しい顔をした瓜実氏と、対面に座っている紺色のノーカラースーツを着た南蛮御前がいた。


 それ以外にダークグレーのスーツを着た四十代くらいの七三分けが三人、白の麻のサマージャケットを着て素足で革靴をはいた不倫は文化とか言いそうなチャラい三十代の男が立っている。


「昨日以来ね」


 南蛮御前が軽く手を上げる。


 死ぬほど無視したいが、ここには希来里さんと瓜実氏もいるから身勝手な行動はできない。二人の不利益になることはしたくない。


 俺と夏目は希来里さんを挟むようにソファーに座る。


「こちらは関東騎士団の代表者さんと、ウィッチャーズの方々ね、穴熊の人は連絡がつかなかったの、ごめんなさいね、それで、今日は落とし前をどこにしようかって話しをしに来たのよ」


 落とし前?


「ほら、松山の鬼龍院君が横浜で ゛誰か゛ に襲われたでしょう? 怪我をして、晒されて、尊厳を踏みにじられたでしょう? だから、その落とし前。

 私も一応松山を任されているから、その辺、しっかりしないとと思ってね」


 希来里さんの眉間の皺がより深くなる。


「横浜ダンジョンで代表的チームの代表さんを集めたのだけど、さて、どうしてくれるのかしら? それとも戦争する? 私はそれでそれでもいいのだけど?」


 口元に手を当て、笑みをこぼす南蛮御前。


 ここでは最上位は南蛮御前なので、誰も声を上げない。


 あの希来里さんですら我慢して口をはさんでいないのだから、俺が口を出すことでもない。


 そんな沈黙の中、序列や年功序列を全く気にしない夏目が口を開く。


「あの下郎に、お腹のてんちゅう、間違えたこと謝っておいてほしいのじゃ」


 七三と不倫は文化が夏目に向かい驚きの目線を向ける。


「あら、お嬢さんは?」


 南蛮御前も鬼龍院さんを倒したのは夏目だと知らないらしい。鬼龍院さんまだ意識取り戻したないのかな?


「ワシか? ワシは夏目じゃ、星一つの探索者夏目、おぼえておくのじゃ」


 夏目がそう言い切ると、七三と不倫は驚きで声を漏らしてしまう。


 希来里さんは自分の弟子が誇らしい師匠面でニヤニヤ。

 

 別に夏目は希来里さんに師事してるわけじゃないと思うし、どちらかと言えばツンのほうが夏目の師匠感がある。


「あなた、星一つなの? 星見の儀は誰が?」


「あたしよ」


 南蛮御前の質問に希来里さんが答える。


「夏目は星持ち、で、横浜にはあたしと夏目がいるけど、それでも戦争する? あたしね、タイマンで負ける気がしないのよね、これはイキってるわけじゃなくて、想像できないの、たとえ星二つが相手でもね」


 強烈な野生と純粋な強者の風格。星の数とか関係なくタイマンなら誰にも負けないと格上の前で言い放つ傲慢と不遜と暴力と勝利で出来上がっている百九十センチを超える体をソファーの背もたれから外し、体を前のめりにし、獲物を見る感情が全くない目で南蛮御前を睨みつける希来里さん。


「あなた、私に喧嘩を売っているの?」


 南蛮御前が、純粋に驚いている。


 日本に一人しかいない星二つ、最高戦力である自分に喧嘩を売る人間の存在が信じられないのだろう。


「おばさん、ワシがまず相手してやるのじゃ」


 夏目がそう言った。


「夏目、おばさんはダメ、あんただっていつかおばさんになるの、その時言われていやなことは言っちゃだめよ」


「うう、ごめんなさいなのじゃ」


「偉いわね」


 夏目の頭をやさしく撫でる希来里さん。


 体をぷるぷるさせて怒りをため込んでる南蛮御前。


「あんたらね……」


 顔を上げた南蛮御前の目が真っ青に光っていた。


 俺が光を見た瞬間。


 伽藍堂の入り口が開いて、骸骨の足が南蛮御前の腹に食い込み蹴り上げ吹き飛ばす。


 ズルリと陽炎のように歪んだ空間からツンが出てくる。


 南蛮御前は何か攻撃をしようとしたようだ。


 先に手を出した。



 ならもういい我慢は必要ない。



 ツン、おねがい。

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