第52話葉山の別荘


 葉山の別荘に来たら、車椅子で両手両足ギプスでガチガチな瓜実氏が鼻にカニューレをつけながら笑顔で出迎えてくれた。


 車椅子を希来里さんが押している。



 

 ダンジョンに引きこもりをやめ、鬼龍院さんをダンジョンの門の前に晒しものにしてダンジョンを出た俺と夏目はすぐに次のダンジョンアタックをする気にならずちょっと休暇を取ることにした。


 まずは渋谷に行きいつものタトゥースタジオで夏目が右の脛にドラゴンの生首を彫り、右上腕に割れた星の刺青を彫る。そして首の後ろに彫ってある白い星三つ右端の星を黒く彫り埋める。


 俺は右上腕の内側になぜかアダムスキー型UFOのタトゥーを彫られ、右手の甲に一匹のかわいらしい妖精の骸骨が彫られた。


 もう俺の体の落書きは脈略がなさ過ぎて骸骨たちのおもちゃになっている。


 夏目も生首コレクションを増やしご満悦で、ついでに耳に極太のチタンでできた黒いリングピアスを左右二つづつ入れていた。


 二人でおそろいのシルバーフェザーのヘッドを買い革ひもでネックレスにした。



 落書きもしたし、夏も終わりを告げたがまだ寒くはない、いい季節なので最近手に入れた葉山の別荘に行こうと夏目と赤い電車に乗った。


 逗子葉山駅から歩いて二十分、少し山を登った場所にあるコンクリート打ちっぱなしの外壁がいい雰囲気の別荘の敷地に入り、玄関のかぎを開けようとしたら中からドアが開き、


「おう来たか来たか」


 と、車椅子に乗ったボロボロの瓜実氏が迎えてくれたのである。


 いや、夏目と二人きりの旅行がここで台無しなわけだが、瓜実氏一人なら文句も百は言えるが、その後ろに控えるタイマン最強のメスライオン希来里さんがいるので恐ろしくて嫌味の一つも言えず、しぶしぶ受け入れるしかなかった。


 瓜実氏は今までほっておいた体中のガタをこの機会に一気に直すことにしたらしく、超回復で歪に回復していしまった体の場所を手術で再形成しゆっくり回復させているらしい。


「ひでえ姿だが、健康だから気にするな!」


 と、言い、がははははと高笑いをする瓜実氏。


「夏目にやられた肺は最高にヤバかったみたい、死ぬ寸前? みたいな」


 と、希来里さんも自分の親の致命傷を笑う。


 夏目も笑っているので、この戦闘民族たちの思考についていけない俺は端っこで姫とセンを出しかわいい成分を吸収する。


「金太、ここはお寿司を呼べるのじゃ?」


 夏目は瓜実氏=お寿司なので、もうお寿司の口になっていることだろう。


「寿司もいいが、今日はちょっと趣向を変えてあるでよ」


 そう言って、どこかに電話する瓜実氏。


 希来里さんが車椅子を押し、四人で別荘を出る。


 浜辺まで下りていく道を歩くと、空の青さと高さを感じる。海は深く青く、風が磯の匂いを運んでくる。


 海水浴の季節が過ぎた浜辺はそれでも散歩をする人や、旅行客でにぎわっていた。


 夏目はご自慢のエイプのスニーカーを脱いで裸足になる。


 俺もスリッポンを脱いで裸足になる。


「砂が気持ちいいのじゃ」


「そうだね」


 夏目が砂浜で走り出すと楽しくなり追いかける。


 夏目に追いつき後ろから抱き上げると、けらけら楽しそうに笑う夏目を抱きしめる。


 磯の匂いと、夏目の匂いがしてなぜか胸がギュッとつまるような気持がして、あわてて強く夏目を抱きしめる。


 体が軽い夏目をくるりとお姫様抱っこに体勢を変えると、夏目は俺の首に両腕を絡め頬を頬につける。


 俺はたち止まり、秋の海と、秋の空と、夏目の体温を感じながら顔を上げると実父が乗っている車椅子をオーバースローでこっちに投げようとしている憤怒と嫉妬でできているメスライオンがいた。


 サッと俺が夏目を下ろすと、希来里さんもしぶしぶ高々持ち上げていた車椅子を下ろす。


 車椅子に乗っていた瓜実氏涙目である。


 不機嫌で殺気をまき散らしだした希来里さんと、涙目の瓜実氏と、全然気にしていない夏目と、尻尾がついてたら完全に股に挟んでいる膝が恐怖でガックガクに笑っている俺は、浜辺に面したレストランに入る。


 無論貸し切り。


 レストランは鉄板焼きで、海の幸を次々焼いてくれる。


 ホタテにエビ、カニ、場所優勝したお相撲さんが持っているのでしか見たことがな

いくらい大きな鯛を塩窯で焼いた姿焼きを切り分けてもらいいただいたがしっとりとした白身は最高だった。


 夏目と希来里さんはそこから追加で分厚いステーキを二枚づつ焼いてもらい、最後はガーリックライスを山盛り食って満足そうだ。


 希来里さんはワインボトルをラッパで飲み、夏目はビールをかっぽかっぽ大量に飲んでいたので最後はぐでんぐでんに酔って、最後は二人とも寝ていた。


 瓜実氏が、


「車椅子、わりいが帰りはお前さんが押してくれねえか?」


 と、切実なお願いをしてきたので、俺が希来里さんを背負い、夏目を瓜実氏の膝の

上に転がし、車椅子を押し別荘に帰る道を進む。


 暗くなった道はそれでも磯の匂いを運んでくる風が気持ちいい。


「嬢ちゃんも今や星持ちか」


 瓜実氏が膝の上で猫のように丸まる熱目を見て目を細める。


「俺なんか一気に追い抜かれて、もう背中すりゃ見えねえや」


 そう言って笑った。


 瓜実氏と夏目の一騎打ちは、夏目の対ドラゴンや対星一つの鬼龍院さんより危ないと思った。


 経験と底堅さ、俺は瓜実氏との戦いが一番見ていて怖かった。


 この人は強い、俺は再確認させられた。


「俺はよ、まだ上にいくぜ、まだ若いモンには負けられないからよ」


 そう言って、がははははと笑う瓜実氏はきっと本当に強くなるのだろう。


 俺は五十五歳になってもまだ自分の限界を超えていこうとするこの探索者に、素直に尊敬の念を感じた。


 その時、




「うっさいのよ!!」




 と、俺の背中からライガーに変化した右腕がぬっと出て瓜実氏の頭を後ろから思いっきり叩き、瓜実氏が白目をむき泡を吹いた。


 サッと自分が背負っている人間爆弾を見ると目を閉じ涎を垂らし眠っている。


 爆弾を背負い、車椅子を夏目と瓜実氏が落ちないようにバランスを取りながら押して別荘まで帰るのは至難の業で、別荘にたどり着いたころには俺は全身汗だくだった。








◇◇◇◇







 朝おきて夏目と二人散歩に出る。


 パン屋が焼き立てパンを売っていて、二人で一本のバケットを買い半分こする。


 焼きたてのバケットは何もつけなくても香ばしく最高においしかった。


 朝から浜辺に下り、タロとジロを出す。シロジロは防犯と父親のために家にいてもらっている。


 夏目が流木を拾ってきてくれたから、取って来いをする。


 タロとジロは興奮してびったんびったん尻尾を地面に叩きつけ砂が舞い散る。


 数回の取って来いで砂浜が空爆されたみたいに荒れてしまったので終わりにし、夏目と二人カフェに入りコーヒーを飲む。


 昼は瓜実氏が板さんを呼んでくれて夏目待望のお寿司である。


 昼から酒を飲む夏目と希来里さんは夕方には酔いつぶれベッドに運ぶ。


 夜には瓜実氏の主治医が来て定期診断をし、何本か注射を打ち帰っていった。


 俺も瓜実氏もしっかり昼にお寿司を食ったので晩御飯は食べないことにし、瓜実氏は高酸素ポットに入り眠りについた。


 俺はなんとなく眠れなかったので、一人散歩に出る。


 浜辺まで下りて、誰もいない砂浜で、ハナの蛇の下半身に座り、夜の真っ暗な海を見ていた。


 ハナは俺を抱きしめ、頭を撫で、冷たい骸骨の頬で頬すりをする。


 俺はくすぐったがりながらハナの愛情を受け入れる。


 海は黒く、波は静かで、心が落ち着いていく。


 さて、帰ろうかと腰を上げると、いきなり海が割れた。


 俺に向かい、海が縦に割れ、道ができる。


 そこをシャネルのグレーのスーツを着た女性が歩いてくる。


 浜辺まで歩きつくと、海は静かに元に戻った。


「こんばんわ」


 スーツの女が言う。


「こんばんわ」


 俺も答える。


「私、エイダ・ピンチョンというのよろしくね」


 そう女は言った。


 確かに黒髪だが顔が濃い、外国人だろう。


「あのね、私あなたに会いたかったのよ、だから来ちゃった」


 そう言ってエイダさんはニパって感じで笑った。


「御前とか、南蛮とか呼ばれてるのは私、初めまして星三つさん」




 俺はため息が出る。



 まだ休暇二日目の夜だぜ。



 もうちょっと休ませてくれよ南蛮御前さん。




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