第49話復路
銀太郎さんが困った顔をしながら笑う。
「派手にやりましたね、父さんは当分ダンジョンはお預けです」
銀太郎さんが地下八階層に補給物資を届けに来た。
夏目がドラゴンとタイマンをした次の日の朝、おきたら寝袋の中には夏目はおらず、朝ご飯の用意だろうと金デビ最前線基地のテントから外に出るとツンとウメと夏目が三人で魚を焼き、コンロに火を入れ御御御付を作っていたところを手伝う銀太郎さんと再会した。
銀太郎さんの話では瓜実氏の体はけっこうひどい状態だったらしいが、命に別状はなく、ただかなりあっちこっちガタが来ているので地上で少しオーバーホールの必要があるとのこと。
つまりは休暇が必要だってことらしい。
葉山の別荘で休暇は過ごさないで欲しい、ダンジョンから出たら行こうと思ってるからバッティングしたくない。
そうだダンジョンを出たらお寿司も食べたい。
「金太のお寿司は格別じゃ!」
夏目もお寿司を欲している。
「金太がずっと地上にいるなら、毎日お寿司食べ放題じゃ!」
夏目は毎日瓜実氏にお寿司をたかる気でいる。
まあいいか、瓜実氏唯一のチャームポイントはお寿司だし、瓜実氏も自分のチャームポイントを存分に発揮できてうれしかろう。
俺と夏目の会話をきいて、銀太郎さんはまた困った笑顔を見せる。
「父さんがいないと、前線基地の統率が緩みますし、外部との軋轢も表面化するんですよ。探索者はどこまで行っても気負い商売ですから、目端がきいて実力があるトップがいないと、舐められるんです」
あ~、でも希来里さんがいるから大丈夫じゃないですか? あの人に逆らいたい人この世にいないと思うんですけど。
「姉さんは暴力装置としては超有能なんですけど、その、ピーキーすぎて……」
そうつぶやく銀太郎さん。
地下四階層でダンジョン鉱石の採掘をしていた銀太郎さんが地下八階に呼び出されたのは最前線地下八階層の仕切りを任された岡さんのサポートとしてらしい。
銀太郎さんは瓜実氏の息子だし、実力もあるし、岡さんにはない、なんというか、カリスマ感がある。
岡さんの足りない部分をサポートし、瓜実氏の休暇中金デビが大きな問題なく乗り切るのが銀太郎さんのミッションらしい。
今、地下四階層のダンジョン鉱脈を仕切っているのは栗鼠崎さんらしい。あの人トップとかマジで無理な人だと思うけど? 自分のダンジョンウォーカーだって潰してるし。
俺が心配そうな顔をしていると、
「銀二と豊川さんがサポートしてるから大丈夫です。あの二人は優秀ですから」
ならそのどっちかに仕切らせればいいと思うのだが、キツネ耳の豊川さんは前に出ることを嫌うし、銀二は俺とのことがあり金デビ内でも好かれていないらしくトップに据えてプロジェクトを任せることはできないらしい。
そこでイキリだけで生きているが気風も良く裏表なく誰にでも分け隔てなくイキる木の実を頬に詰めるだけしか能がない栗鼠崎さんが、その特性ゆえに悪く言う人がおらず神輿としては最適らしい。
「栗鼠崎さんはトップとして優秀ですよ、部下のいうこと全部鵜呑みですから。あんなに考えない人そうはいません、最高のマリオネットです」
まあ地下四階層がうまくいっているならそれで結構である。
そんな感じで銀太郎さんと情報交換をしていたら朝ごはんも出来上がり、そのタイミングで希来里さんがおきてきてドカッと中心に座り左手を出す。
その左手にサッと戦闘糧食Ⅰ型しいたけご飯の缶詰をのせる夏目。
今日の朝ご飯はメザシの焼き物とお麩とわかめの御御御付、それにシイタケご飯の缶詰だ。
夏目が沢庵の缶詰を開けてみんなに別けてくれる。
それじゃいただきます。
食事を始めると希来里さんが沢庵をガリガリ自慢の咬力で嚙み砕きながら、
「あたし、今日上に帰るわ」
と、言い出した。
「え~ダンジョン内にいてくださいよ、姉さんはウチの最高戦力じゃないですか」
困った顔になる銀太郎さん。
「もう誰も喧嘩売ってこないわよ、タカシが穴熊潰したし」
ビックリした顔の銀太郎さんが大きく目を開きこっちを見る。
いや、最終的に再起不能にまで精神を追い込んだのは希来里さんの追い打ちだと思うんだけど。
「いや、穴熊以外にも、騎士団やウィッチャーズもいるじゃないですか、ウチが新しい魔石採掘場を発見した今、最前線に父さんも姉さんもいないとか、やっぱり心配です」
たしか穴熊が金デビに文句言いに来たのも、新しく発見した白い門の中のドームで魔石が掘れる場所を、金デビが独占してほかの探索者を追い返したからだと瓜実氏にきいていた。
銀太郎さんが素直に地上に帰してくれなそうなので、希来里さんの眉間にしわが寄る。
「地上には帰るわ、これは決定事項、夏目のお祝いもしなくちゃなんないし、パパの具合も見たいのグダグダ言ってるとぶっ飛ばすわよ」
言い方はジャイアンだが、夏目の星一つになったお祝いと瓜実氏の怪我の具合を見たいという理由が希来里さんのやさしさを感じる。
「いやでも~」
それでも止めようと言葉を発し出した銀太郎さんの脳天を箸を持っている右手でゴン!と希来里さんが殴った。
泡拭いて失神してるな銀太郎さん。白目だし。
「うっさいのよ」
銀太郎さんが失神している横でもりもり朝ご飯を食べる希来里さん。
夏目も気にせずもりもり食べている。
俺は目の前でおきた暴虐に足が竦んで、箸が進まない。
失神している銀太郎さんの頭で膨らんでいくタンコブを見つめながら、絶対あの距離で希来里さんに口答えするのはやめようと心の中で決めていると、
「タカシ、夏目、あんたらも上に帰るから、用意しときなさい」
と、希来里さんが言う。
もう、五センチほど膨らんでいるタンコブを凝視している俺に、希来里さんに逆らう胆力があるはずもなく、
「ひゃい」
と、震えながら答える以外、術はなかった。
希来里さんの逆らえない命令により俺のダンジョン引きこもり生活は終わりを告げた。
◇◇◇◇
先頭は斥候はジロとシロジロ、最前線に夏目を片手抱きしたツンとハナとアオジロに乗ったアロハが並ぶ。その後ろを希来里さんと姫とドラとサキュとセンにスクエアに守られた俺が並んで歩き、最後尾をコンパウンドボウを握ったウメが進む。
銀太郎さんが失神しているうちに帰ろうと言い出した希来里さんの言葉に逆らえる人間はいないので、俺と夏目は朝ご飯を食べ終わった後急いで帰る用意をして金デビ最前線組を仕切ってる岡さんに挨拶をし、金デビ地下八階層最前線基地を後にする。
「タカシを狙ってる松山の連中はこんな下層まで下りてこないから、ここでは気にしなくていいのよ」
希来里さんがきょろきょろしながら歩く俺を笑う。
ツンとハナとアオジロとアロハがゴリゴリドラゴンをミンチにしながら地下八階層を一時間ほど進み、階段を上がり地下七階層に入る。
地下七階層は大蛇が出る。
大蛇をゴリゴリ殺しながら三時間ほど歩くと地下六階層に上がる階段に出る。
途中で数組のパーティーと出会ったが、希来里さんが睨みを効かすと誰も声をかけてこなかった。
さすが横浜ダンジョン指折り金デビの最高戦力だ。最高の風除けである。
地下六階層に上がると、すぐにある金デビ最大の補給基地がある。
そこに入る。
今日はここまで、ここで一泊し、明日は地下二階層で一泊する。
なんとこの補給基地にはシャワーがあるのだ。
基本ダンジョン内では体を専用シートで拭き、頭を水を使わないシャンプーで洗うくらいしかできない。
ダンジョン内でシャワーが使える金デビはやはりデカい組織だ。
夏目と一緒にシャワーを浴び、遅めの昼食兼夕食の用意に入る。
ここには食堂があり、食材が地上ほどではないが豊富で嬉しくなる。
夏目が何か食べたいものはあるかときくので、冷しゃぶサラダと答えたがさすがに生野菜はないらしくそれでも野菜がたっぷりの豚汁を作ってくれた。
しっかり食べて、今日は速く寝る。
ベットの上に寝袋をしき、夏目と入る。
夏目のを抱きしめ、その猫ッ毛に鼻先をうずめる。
安心する匂いと体温。
俺はゆっくりと眠りに落ちていく。
翌朝、夏目と一緒におき、ご飯を炊き、昨日の残りの豚汁と漬物を食べる。
希来里さんがおきてきて、朝からご飯を三杯食べてさあ地下二階層に行こうと中継基地を出たところで、黒の詰襟に黒のプロテクターを身に着け、光沢のある学帽をかぶった集団に囲まれた。
その集団の先頭にいるのは赤い腕章に愛の文字が白で染め抜かれた耽美系右翼。
南蛮御前の配下で星一つを持つスキルやレベルを超えた存在、鬼龍院さんがゆっくり俺の前に片膝を突き脱帽し、その帽子を自分の胸に当て頭を下げる。
「三柱目様、お迎えに参りました」
そう言いった。
希来里さん、けっこう下まで降りてきてるじゃないですか。
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