第48話ローリング・アクトⅡ


 夏目と瓜実氏が対峙している。


 夏目の手には土虫討伐のとき瓜実氏にオミヤでもらった上鎌十字の穂先がついた極端に短い短槍。


 肩幅で足を開き、目は半眼。鼻から大きく息を吸い、口から細く、長く息を吐いている。


 頭にはドイツ軍型ヘルメット。体には骸骨の肋骨と背骨が描きこまれた胴巻き。肘と膝はスケートボード用のプロテクターが回転時の関節を保護している。


 赤いスポーツギアのハーフパンツとその下から見える黒いタイツのような防護服。足元はもう何足目か分からない使い潰すたびに同じものを買い替えている赤いハイカットのバスケットシューズ。


 胸には真っ赤に燃える赤が眩しい拳大の水晶の魔法具がブリンしている。


「夏目の嬢ちゃん、手加減とかできないぜ?」


「無用じゃ」


「だな」


 金ぴかでハリネズミのように棘がついた金版鎧に玉ねぎ型のフルヘルムをかぶり、両手に金色のに輝く突撃槍を二本持つ瓜実氏がゆっくりと腰を落とし、突撃槍の先端を二つとも夏目に向ける。


 夏目はだらりと両腕を垂らし、両手で握っている槍が今にも落ちそうだ。




 地下八階層金デビ最前線基地の敷地の外。

 ダンジョン内はうすら寒い。


 対峙している夏目と瓜実氏、自分のボスの一騎打ちを見学しようと遠巻きに見ている金デビ最前線組、そして俺と希来里さんと骸骨たち。


 なんでこんなことになったかって、まず夏目がドラゴンと一騎打ちをするとかむちゃくちゃを言い出し、希来里さんがそれを後押し、その希来里さんが、まずは肩慣らしをしましょう、手ごろな相手がいるじゃない、ウチのパパとか、と言い出し、無理くり瓜実氏を引っ張り出してこの状況になったのだ。


 横浜ダンジョン指折りの巨大チーム金デビ。そのトップでありドンでありボスであり未だ最前線でその槍を振るい続けている現役の横浜ダンジョン探索者トップランカー。それが瓜実金太五十五歳だ。


 レベルは驚異の十五、持っているスキルの数は四十二、殺してきた敵は数知れず、酸いも甘いも噛み締めまくった猛者中の猛者。


 その猛者である瓜実氏が今、槍の先端に殺意を籠め夏目に向けている。


「希来里、合図だせや」


 瓜実氏は目を夏目から離さず希来里さんに戦闘開始の合図を求める。


「パパ、そんなもん不要よ」


 希来里さんがそう言った瞬間、夏目が動いた。


 プラズマによる放電が地面に這ったかと思うと高速ローリング、トップギアで瓜実氏までの距離を一瞬で詰め喉元に槍の穂先を突き入れる。


「甘いわな」


 瓜実氏の喉の前に手の平大の六角形の防御フィールドが展開され、夏目の一撃を受け止める。


 スキルだろう。名前は分からないがあれだけスピードに乗った夏目の一撃を軽々止めるのだからかなり強力なスキルだと思う。


 初激を受け止められた夏目はそのまま高速横ローリングを繰り返す。いつでも一撃を食らわせられる距離を保ちながら、不規則に、瓜実氏の槍先が捕えられないように高速で左右に転がる。


 俺の目じゃもう夏目をとらえきれず、移動した後に残る放電だけがその存在を教えてくれる。


 瓜実氏が持つ二本の突撃槍の先端が超高速で動き夏目を捕えようと突きの連撃を放つが、超高速で不規則に回転し続ける夏目をとらえきらない。


「めんどくさいわ!!」


 瓜実氏が後方に飛ぶ。


 距離ができる。


 夏目がそれ追おうと超高速ローリングで前に出る。


 移動が横方向ではなく、縦方向になる。


 夏目と、瓜実氏が一直線になる。




 その隙を、瓜実氏は見逃さなかった。




「目から火が出るビーム!」


 瓜実氏のフルヘルムからわずかに見える両目が赤く光り、二本のレーザー光線が回転する夏目に直撃する。


 なにかが弾け飛ぶ。


 俺の目の前に脚、右脚だろう、短く、小さく、子どものような脚が大腿から切断され転がっていた。


 夏目の脚だ。


 視界が真っ赤になる。


 クソが!!


 俺が足から目線を上げ瓜実氏を殺そうと顔を上げると、希来里さんに羽交い絞めにされた。


「放せ!!」


「いいから黙って見てなさい!!」


「うるさい!! お前も殺すぞ!!」


「大丈夫、足はあとでくっつくから、ウチの治療班舐めないでよ死んでなければ元通りよ、だから今は夏目の雄姿を目に焼き付けなさいよこのあんぽんたん!!」


 俺の後頭部を鷲掴みにした希来里さんが無理やり頭ごと夏目に目線を向けさせる。


 血飛沫をあげながら唸るように回転し続ける夏目は瓜実氏のスピードを圧倒し、槍の一撃をあらゆる角度から何十回とぶつけていた。


 その全てが連続で展開される六角形の防御フィールドに防がれているが、瓜実氏は夏目のスピードについていけず、完全に浮足立っている。


「ちょこまかちょこまかウザったいわな!!」


 瓜実氏が両手に持った二本の突撃槍を左右に大きく広げる。


「音速スラッシュ!!」


 パンッ!


 音速の壁を超えた二本の突撃槍の横薙ぎが瓜実氏の体の周りを一周通り過ぎる。


 通り過ぎたはずだ、俺には速過ぎて見えなかったが。


 二本の槍を振り切った場所で瓜実氏は止まる。


 瓜実氏のかぶっていた玉ねぎ型のフルヘルムには深々夏目が持っていた上鎌十字槍が突き刺さっていた。


「へ~、嬢ちゃんは投げたりも得意か~」


 瓜実氏が右手に持っていた突撃槍を地面に突き刺し、放し、自分の頭に突き刺さった夏目の槍を引き抜く。


 フルヘルムには二十センチは穂先が食い込んでいる。


 普通の人間なら致命傷だ。


 だが瓜実氏は全くダメージを感じたそぶりを見せない。


 引き抜かれた穂先には血液が一切付着していない。


 どうやって殺すんだこのおっさん。


 引き抜いた槍を、瓜実氏の目の前で、残った片足で、それでも両足で立っているのと変わらない立ち方で立っている夏目にポイと投げ渡す。

 夏目の千切れた右脚からはダラダラと血が流れ続け、バラクラバからのぞく顔色は幽霊の真っ白だ。


 だが夏目は半眼で、じっと獲物を見つめ、その眼には恐怖や絶望はない。


「夏目、血を止めな」


 希来里さんが自分の腰に巻き付いていた朱色の紐を夏目に投げる。


 夏目は無言で、瓜実氏から目を離さず、受け取った槍を口で咥え、飛んでくる紐を手にすると器用に千切れた右脚の大腿を上げクルクルクルと巻き付け止血する。


「夏目の嬢ちゃん、おじさんもここからは全力だ、死んでも恨むなよ」


 夏目は答えない。


 半眼で、獲物を見つめるだけだ。


 瓜実氏は両手に持った二本の突撃槍を頭上で地面と平行に掲げる。


「トランスフォーム」


 響くようなその声を合図に、瓜実氏の体がゴキゴキと音を立てて変形していく。二本の突撃槍をプロペラにした攻撃型ヘリコプター。体のサイズに合わせかなり小型だが金色に輝くその機体は着ていた金版鎧の特徴を色濃く残し棘だらけで、触れただけでも絶命しそうだ。


「地上でコロコロ転がってな嬢ちゃん」


 瓜実ヘリは一軒家ぐらいの大きさがあるドラゴンが生息できるほど天井が高いこのダンジョン地下第八階層の空間を縦横無尽に飛び回る。


 そしてヘリの先端から出る二本の赤いレーザー光線で夏目を狙う。


 夏目は左右にローリング、レーザーに当たらないように避けながら壁を駆け上がろうと試みるが、どうしても壁に近づくと動きが単調になりレーザーに当たりそうになる。


 何度も壁に近づくが、そこを狙われ、夏目は上空に舞い上がれない。


 もう勝負はついた。


 夏目は地べたを這うだけ、絶対に瓜実ヘリに攻撃を与えられない。


 脚を失い大量の血液を失った夏目はこのまま時間が立てば戦えなくなる。


 瓜実氏は今の千日手状態を続けるだけで勝ちなのだ。


 俺は負けた夏目になんて言葉をかけようか考えていた。



 そのとき。



「夏目、あれやりなさい」


 俺の頭を未だ鷲掴みにしている希来里さんから指令が出た。


「分かったのじゃ」


 この戦闘が始まって初めて夏目が口を開く。


 回転を止め片脚で仁王立ちする夏目。


 瓜実ヘリは上空でホバリングし夏目の次の一手を警戒している。


「対ライガー用最終兵器、ローリング・アクトⅡじゃ」


 夏目がそう言うと夏目の肌が真っ赤に紅潮し始め、体から湯気が立ち始める。


「ワシは体内の血液のみをローリングで高速回転させ、今までの何十倍もの速さで筋肉と脳に酸素と栄養を送りこみ、一時的に超高速思考と爆発的な瞬発力を手に入れたのじゃ」


 夏目の体からは蒸気機関のように真っ白な煙が立ち上り、今にも発火しそうだ。


「金太、参るぞ」


 夏目はそう言った瞬間、消えた。


 今までの目で追えないとかのレベルではなく、その場から煙のように消えたのだ。

 煙を纏いながら。

 




 ガジャン!!





 ヘリコプターが落ちる音がダンジョンに響く。


 刃渡り四十センチの上鎌十字の穂先は上側からヘリを突き刺し、下に二十センチほど突き抜けている。


 夏目は落ちたヘリの上で体を押し当てるように槍を突き刺している。


 どうやってホバリングしていた瓜実ヘリまでたどり着き、そして槍で貫いたのか全く分からない。


 一瞬ですらない、全くのノータイムでの攻撃。


「これで終いじゃ」


 夏目がそう言うと、いつもブリンしている首の真っ赤な魔道具から炎が舞い上がる。夏目はその炎ごと突き立てた槍を中心に回転を始める。


 舞い上がる炎の竜巻。


 かなり高いダンジョンの天井に到達し、その天井を焦がす火柱。


 火柱が十秒ほど燃え上がり、


 ゆっくりとその高さを落としていき、


 消え、最後に槍を天高く突き上げる夏目と、真っ黒の消し炭になり人間の形をなんとか保った瓜実金太五十五歳だけになった。


「金デビ! 討ち取ったじょー!!」


 夏目がダンジョン全体に響き渡るほどの大声で勝鬨を上げる。


「ほら、いきなさいよ」


 俺は希来里さんに後頭部を押され走り出す。


「夏目ー!」


「タカシー!」


 片脚で器用に俺の胸に飛び込んできた夏目を強く抱きしめ、良かったと、本当に生きていてくれて良かったと、心の底から感じた。


 

「おうお前さんたち、俺の上からどいてくんねえか?」



 真っ黒こげの瓜実氏の死体の上で夏目を抱きしめていたら、これは死体ではなくまだ生きているらしい。



「いやもう死にそう、だからどいて、すぐに、おねがいおじさん死んじゃうから!!!」



 瓜実氏の断末魔をききながら、俺は夏目を抱きしめ、いつまでも抱きしめ、夏目の生を実感し続けた。








◇◇◇◇







 シロジロがドラゴンをつり出す。


 夏目は金デビ医療班にくっつけてもらった右足の感触を確かめるようにつま先で地面を叩く。

 

 夏目の後ろには俺と希来里さんと骸骨たちが控える。


 瓜実氏を撃破した夏目はすぐさま医療班に右脚を結合してもらい、回復魔法をかけまくってもらった。


 足がくっつくと、


「それじゃ本命じゃな」


 と、立ち上がり、今ここである。


 足が千切れてから二十分と立っていない。


 瓜実氏はここでの応急処置では足りず、全てを俺も富士氷穴ダンジョンでお世話になった岡さんに託し、地下六階層にある金デビ最大の中継基地に緊急搬送されていった。 


 岡さんがここの最高司令になったってことは岡さんが絶対頭の上がらない希来里さんがここを牛耳ったことになる。


「姫、頼むのじゃ」


 夏目がそう言うと、姫が一歩前に出て、真っ赤な孔雀の羽根でできている扇子でサッと地面を撫でる。


 黒い石でできたバカデカいジェットコースターの線路のような一回転ループの道が夏目の前に出現する。


 シロジロがドラゴンをつり出す。


「それじゃ、いってくるのじゃ」


 瓜実氏と対峙した時のような張り詰めた雰囲気が微塵もない夏目の体から一気に蒸気機関のような白い湯気が立ち上り、その瞬間、石でできた一回転ループの道が夏目の超高速移動に耐えられず燃え上がった。




 パシャ。




 軽い水音が響き、ドラゴンの首が飛ぶ。


 シロジロと共にゆっくりと帰って来る夏目。


「余裕ね」


 希来里さんがそう言うと、


「じゃな」


 と、夏目は嬉しそうに目を猫のように細める。


「これ」


 希来里さんが白い短冊を夏目に差し出す。


 夏目は急いでグローブを外し、短冊を握りこむ。


 夏目の小さい手からはみ出した短冊の白は見事なスカイブルーに変色し、そのまま青になり、藍に変わった。


 夏目が手を開く。


 俺と希来里さんがその手のひらの中を覗き込む。


「日本で七人目、あー非公式のタカシを入れると八人目の星持ちの誕生ね」


 夏目の掌の中の短冊は濃紺に染め抜かれ、真ん中に真っ白な星が一つ浮かんでいた。




「おめでとう夏目」




 俺がそう声をかけると、夏目は目を細め猫のように笑った。



「ドラゴンと金太の生首を並べて太ももに彫るのじゃ」



 やめてあげなよ、瓜実氏泣いちゃうよマジで。



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