第47話咬力・四千九十六倍
久方ぶりの甘みが体に染みる。
姫がテーブルと椅子を出してくれて、サキュとドラがお茶を用意してくれて、夏目がお茶菓子に羊羹を切って出してくれる。
「お母様はタカシが全然帰ってこないから心配していたのじゃ」
確かに四日前家を出る時、母親は買い物に出かけていたから全然声もかけずダンジョンに来てそのままここに籠りっぱなしだ。そりゃ夏目の言うとおり心配するだろう。申し訳ないことをした。
「ワシも心配したのじゃ、この頃タカシは本当につまらなそうにしていたのじゃ」
本当に心配そうに俺の顔を覗き込む夏目。
「ごめんな心配かけて」
俺が心から謝ると夏目は、
「しょうがないのじゃ、タカシより松山のやつらが悪いのじゃ」
と俺を慰めるように、立ち上がりやさしく頭を抱きしめてくれる。
やばい、四日ぶりにかいだ夏目の匂いとぬくもりで、涙が出そうだ。
夏目の話によると今から四日前、俺がここ地下八階層に到着した日の午前中には瓜実氏が至急夏目を呼んでいるとの情報が金デビの大きな中継定基地がある地下六階層まで伝えられ、そこにたまたま物資の搬入に来ていた希来里さんがその情報を受け取り、一日で地上まで駆け上がり、俺の家で夜になっても帰ってこない俺を心配している家族と夏目に伝えられ、夏目と夏目に付き添っていた姫はそのまま希来里さんとダンジョンに突入、三日かけ地下八階層まで下りてきてくれたらしい。
「ここに下りてくる途中でレベルが二つも上がったのじゃ!」
夏目にとっては未開の地下六階層、七階層、八階層を走破してきたのだ。本当に申し訳ない。
「姫がいたし、瓜ねえがいたから楽しかったのじゃ」
カラカラ笑う夏目はこれでレベル十。レベルの数だけならこの横浜ダンジョンでも上澄みだろう。
スキル数で夏目のことを侮るやつだらけで、正当な評価は得られないだろうが。
夏目は自分の成長を見せてくれようと高速で回転しながらポンポン跳ねる。
なんその回転? 回転が速すぎて火花どころかプラズマの放電が見えてるんだけど。ちょっとイオン臭いぞ。
「姫と瓜ねえと必殺技も考えたのじゃ」
やめてね、危ないことは。
姫と夏目はこの二か月でかなり仲良くなったようで、夏目と共に姫がフンスと胸を張る、カワイイ。
夏目が回転を止め、少しうつむき気味に俺の手を取る。
「一番つらいとき、一緒にいれず、ごめんなさいなのじゃ」
「いや、俺が弱かっただけだよ」
「誰も弱いもんじゃ、だからこそ一緒にいたかったのじゃ」
そう言った夏目は俺の首に抱きつき、俺の頬に頬を当てる。
やっぱり俺は夏目がいないとダメだな。
こんなにも、大切なものが近くにあるのに、一緒にいないなんて、俺には無理だった。
デコとデコを合わせて、鼻先と鼻先をこする。
「ずっと一緒にいてくれ夏目」
俺がそう言うと、
「当り前じゃ」
と、夏目が猫のように目を細めて笑った。
そして、希来里さんが、
「あたしの前で汚いモンブラブラさせてんじゃないわよ!!」
と、全裸に剥かれた穴熊の最前線組を蹴り上げている。
ちょっちょっちょっ希来里さん! 穴熊とは話ついてんでそれ以上は死体蹴りです!!
俺が立ちあがり希来里さんを止めに行く。
プロテクターついた手でビンタを連発し穴熊の構成員の顎骨と心の両方を折に行く希来里さん。
あっ! ついでに希来里さんの元パーティーメンバーでパーティー内カップルを作り永久殺人予告を受けている岡さんがビンタされてる!
それも穴熊の構成員が一発ずつだったのに往復で十発以上ビンタされている。
カップルに片割れである彼女の東子さんはさすがに怒り狂う幸せな人間を絶対殺す
メスライオン希来里さんには止めに入れず涙を流しながら耐えている。
希来里さんは失神して舌を口からダラリと垂らしている岡さんを投げ捨て、金デビの最前線基地から全裸の穴熊構成員を蹴り出していく。
瓜実氏が穴熊の構成員にひん剥いた装備を投げ与える。そりゃここは地下八階層最前線だ、素っ裸だと死ぬ。
いそいそ装備を着込んでそそくさ逃げていく穴熊、なぜかこの騒動と全く関係ない希来里さんが前線基地の門の前に仁王立ちし、
「二度と顔出すなよ変態が!!」
と、追い打ちをかける。
夏目が、
「さすが瓜ねえはやさしいのじゃ、誰も殺してないのじゃ」
と、なぜか暴虐の粋をつくしたメスライオンを擁護するのだが、あの人手打ちになった喧嘩に乱入して溺れる犬を棒でぶっ叩いただけだからね。
希来里さんがおぼれる犬を棒で打ち終わってズカズカこっちに歩いてくる。
「夏目、お腹がすいたわ」
と、のたまった。
◇◇◇◇
金デビ最前線基地の敷地内、テントの外で夏目と料理を作る。
料理と言っても今回はタロもジロもシロジロも連れずに潜ってきた夏目は最低限の食材しか持ってきていない。
俺はジャガイモの皮をむき、薄くスライスしていく。夏目はフライパンに油をひき、ジャガイモを敷き詰める。焼けてきたらフライ返しでひっくり返し、戦闘糧食のコンビーフをほぐし入れ、全体に味塩コショウを振りかける。
俺はその間出汁入りみそのチューブとあおさで御御御付を作り器に入れる。
温まったお赤飯の缶詰とジャガイモの炒め物とあおさの御御御付。久しぶりのご飯らしいご飯な気がする。
俺と夏目となぜか我が物顔で右手で箸を持ち、左手を出し、お赤飯の缶詰を夏目にのせてもらう希来里さん。
もりもりご飯を食べる希来里さんを見ながらご飯をいただく。
あったかい御御御付がすごくおいしく感ずる。ジャガイモの炒め物もなんというか、栄養補給ではなく食事って感じがする。
「タカシ、いつ地上に上がるのじゃ?」
そう、それなんだよね。
俺が精神を疲弊させながらもダンジョンに潜らなかったり、この地下八階層に潜んだりしているのは俺のことを嗅ぎまわっている松山勢がいるからだ。
今は夏目がいてくれるから一か月二か月はここに籠っていてもいいわけだが、夏目だってそれじゃつまらないだろうし、俺だってつまらない。
もう二か月間松山勢はこの横浜ダンジョンに張り付いている。
全然消える気配がない。
あいつら消えるまで待つ戦略はもう無理な感じがしてきた。
「いい考えがあるのじゃ!」
夏目が元気よく提案する。
「金太はドラゴンとタイマンで勝てるのじゃ?」
夏目が希来里さんに質問する。
「パパ? ん-無理かな? 十回やれば三回くらいは勝てるかもだけど、一発勝負じゃ負ける確率が高いわね」
「瓜ねえはどうじゃ?」
「あたし? いけるわよ、一人で殺したこともあるし」
さすが金デビ唯一の星持ち。
「つまり、星持ちはドラゴンをタイマンで殺せるくらいの実力じゃ」
「どうだろう? でも星持ち以外じゃタイマンドラゴンは確実じゃないかもね」
にんまり笑う夏目。
「タイマンドラゴンで勝てば、星持ちになれる可能性が高いのじゃ?」
「それはどうかわかんないけど、確かに、タイマンドラゴンを確実にこなせれば星持
ちになってる可能性はあるわね」
うん、これはいけない感じがする。
すごくすごくいけない感じがビンビンする。
「ワシがタイマンでドラゴンを倒し、星持ちになるのじゃ!!」
夏目が元気よく立ち上がり箸を持つ右手を天高く突き上げ宣言する。
いやいやいやいやいや!! この道数十年の瓜実氏だって星持ちになってないんだよ!? 夏目も俺も探索者になって半年くらいだぞ? そりゃ無理ってもんだ。
「でもタカシはもう星持ちじゃろう?」
俺の場合はバグだよバグ。強いのは骸骨たちで、俺は投げ技一つまともにできないセンスなしだ。
「ワシの次のターゲットはこれじゃ!」
夏目が腹を晒しそこに彫られているトライバル柄のライガーの獣人を見せる。
そのタトゥーを見てにんまり巨大な猛獣の笑みを浮かべる希来里さん。
「確かに、星ぐらい取れないと、あたしの前にも立てないわね」
人型の猛獣が舌なめずりしながら夏目を見つめる。
「そもそもあたし、タイマンなら星持ちだろうが誰だろうが負ける気がしないんだよね。これイキってるとかじゃなくて、想像できないの、タカシの骸骨は例外だとしても」
この絶対的自信はどこから来るのか俺は知っている。希来里さんにどんなスキルを持っているのかきいたことがある。
希来里さんの所持スキル数は十七。ごく平均的な数字だ。だがその内訳が異質すぎる。
『筋力二倍』
『筋力四倍』
『筋力八倍』
『咬力二倍』
『咬力四倍』
『咬力八倍』
『体力倍化』
『魔法ダメージ軽減』
『物理ダメージ軽減』
『防御力=攻撃力×n(nはレベルに依存)』
『超回復』
『状態異常完全耐性』
『不屈の闘志(体力値が四割を下回ると攻撃力二倍)』
『不屈の肉体(体力値が四割を下回ると防御力二倍)』
『百獣の王(自分より攻撃力が低い敵に対し攻撃力二倍)』
『王者の風格(同一の敵に連続してダメージを与えるたびに攻撃力一割増加)』
『獣人化(ライガー)』
生き物として強すぎるだろこのスキル構成。
希来里さんのスキル構成は『獣人化(ライガー)』をどこまでも高みにもっていくためだけに作られている。
この『筋力二倍』はその名のとおり筋力を二倍にする。そこに『筋力四倍』がかかる。つまり二倍が四倍に、八倍になる。そこに『筋力八倍』がかかると筋力は六十四倍になるのだ。
とんでもない筋力を持つライガーの獣人の筋力が六十四倍になる。一般人とは比にならない探索者とだって比にならない怪物出力だ。
そして六十四倍の筋力を持ったライガーの獣人に咬力六十四倍がかかる。
通常の四千九十六倍の咬力。
もう必殺技過ぎるだろう。
もうなんでも、鉄だろうがダンジョン鉱物だろうがドラゴンの鱗だろうが嚙み切れるだろう。
さらにヤバいのは『防御力=攻撃力×n(nはレベルに依存)』。
この四千倍以上の咬力が攻撃力カウントされ、今の希来里さんのレベル十一にかかる。
もう希来里さん、傷一つつかんだろ。
そりゃタイマンじゃ誰も勝てんわ。
てか普通の人なら生活すらできんと思い質問してみたら、
「あたし、筋力と咬力のスキルオンオフできんのよ。いつもは二倍だけ、全部一気に使うと制御するのにかなり神経使うからちょっとしか活動できないわ」
と、あっけらかんと自分の弱点すら教えてくれる。
それだけ自分の能力に自信があり、自分のタイマン力に自信がるのだろう。
これで星一。
星一の中でも上位だろうが星二ではない。
星持ちの脅威を再確認した出来事だった。
確かにレベルやスキル数が関係ない強さってやつがこの世にはある。希来里さんはその体現者だ。
それに挑もうとする夏目。頭のネジが飛び過ぎだろう。
でも夏目は自分にできないことはしない。
目標ともしない。
どんな無謀なことでも、できると確信さえすれば、そのために一歩一歩階段を踏んで上がっていく。
このセンスが彼女の最大の強みで、最大の才能だ。
「いいじゃない夏目、ドラゴンくらい捻ってきなさい」
「ウム、まかせるのじゃ!」
夏目と希来里さんの間でドラゴン討伐が決定事項になった瞬間である。
いやさ、話変わってない?
俺がダンジョンから出られないって話じゃなかったけ?
夏目が星持ちになる話し、どっから出てきたのさ?
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