第46話最高の届け物


 晩御飯においしいお肉は出なかった。



 戦闘糧食Ⅰ型缶詰に入ったウインナーをおかずに赤飯と白米の缶詰をいただく。


 いや、別にまずいわけじゃない、あったかいしね。でも心がねおいしくないんだよね、そろそろ俺も限界になってきてるかもしれん。


 果物とかが食べたい。冷しゃぶサラダとかも食べたい。豆腐チゲとかグラタンとかそうだお寿司が食べたい。お寿司が食べたい食べたい食べたい食べたい。


「おい大丈夫か!!」


 瓜実氏がガッと俺の肩を掴んでゆすっていた。


「あ、ああ、何の話でしたっけ」


「いやそれよりお前さん今完全に頭真っ白になる寸前だったろ!? やめてくれやマジで!! たのむで!!」


 涙目の瓜実氏の向こうで金デビの最前線組が心配そうにこっちを見ている。


 大丈夫出すよ~、ちょっと心がおいしくなかっただけですから~。


「それよりお前さん、穴熊とは戦争でいいんだな?」


 え? 戦争ってなに?


「お前さんのことぶん投げたやつらがいるチームが穴熊、お前さんはウチの客人だ、それに手ぇ出したならそれなりの落とし前しねえと、俺らが舐められちまう」


 ちらっと瓜実氏がむけた視線の先を見ると、素っ裸に剥かれた俺を投げた男三人が後ろ手で縛られ正座させられている。


 めちゃくちゃ俺のこと睨みつけてるんですけど三人とも。


「瓜実、俺にこんなことして、タダで済むと思うなよ」


 俺のことを投げた男が瓜実氏に唸るように威嚇する。


「瓜実さん、あの人、穴熊?のお偉いさん?」


「あー、愛人だな」


「あー、そっち」


「それよりお前さん、どうする?」


「どうするって? なにをですか?」


「この戦争はゴールデンデビルと穴熊の戦争だ。お前さんうちにつくか? 不干渉でもいいが、でも、その間は暇だぞ?」


「ですよねー」


 俺が考え込むと、トンと誰かが俺の肩を叩く。顔を上げると俺の肩に手を置いたツンが伽藍堂の目で俺を見つめている。


「ツン、皆殺しとかやめてよね」


 伽藍堂の目に決意の火が灯っている。


「それじゃ、頼むねツン」


 俺がそう言うと、ツンが一人剥き身の大鉈を肩に担ぎ踵を返し歩き出す。


「あー、なんだ、穴熊は今日で終わりだな」


 瓜実氏が心のこもっていない声でそう言うと、最後に小さな声でかわいそうにとつぶやいた。


 戦争の雰囲気で盛り上がっていた金デビ最前線組も、ツンの後姿を見て興奮がびしゃーと水をかけられたように引いている。


 それにしてもあのツンの決意の目。


 あれってどっちの意味の決意なのだろうか? 殺さないよ大丈夫~、なのか皆殺しにするから大丈夫~、なのか。さすがにその差までは俺には分からん。



 結果はすぐ出るだろうから、気にしてもしょうがないんだけど。






◇◇◇◇






 ダンジョンでは裸に剥く文化が支流なんだろうか?


 そう言えば懐かしのダンジョンウォーカーを率いてた頃の栗鼠崎さんも俺と夏目を裸にひん剥こうとしてたし。


 目の前に穴熊最前線組二十七人が裸に剥かれて正座させられている。


 先頭で正座させられている細面ロン毛の色男が穴熊のトップらしい。


 モテそうだ。


 ツンが金デビ最前線基地から出て行って三十分後に穴熊最前線組二十七人を全員気絶させロープて一まとめにしここまで引っ張ってきた。


 その時は全員プロテクターを着ていたので裸に剥いたのは金デビの面々だろう。


「瓜実、どういうことだ?」


 色男が瓜実氏を睨みつける。


 瓜実氏は下品極まりない便所座りで色男の前にしゃがみ込み下から嬲るようにメンチを切りながら、


「あああん? こちとら気負いじゃ引けねえぞこら小僧!?」


 と、決して五十五歳の、孫がいてもおかしくない人間がする行動ではない脅し方で全くさっきから色男と会話がかみ合っていない。




 なんかめんどくさくなってきた。




 俺は俺のことを投げた全裸の男に近づくと、ウメが先回りし男を立たす。




 よいしょ。




 首投げで男を投げる。


 人を投げることとか、高校の柔道の授業以来だ。それもこの世界で高校には行かず引きこもっていたので前の世界の高校生活だから二十年以上ぶりの投げ技。そんな素人の投げがうまくいくはずもなく俺と裸の男が縺れ合いながらぺしょっと二人倒れこむような首投げだが、一応投げたは投げた。


 これでチャラだ。


「瓜実さん、復讐はなされました、手打ちで」


「お、おう、今のが投げだとお前さんが認定するならそれでもいいがよ、確実に先に地面ついてたのはお前さんだがそれでいいか? もう一回俺がコツとか教えてそれからもう一回やるか?」


「お願いできますか?」


「ちょっと誰かこい!」


 うす、とガタイがいい金デビの人が来て、あっ! この人希来里さんの元パーティーメンバーでパーティー内でカップルになって希来里さんに永久死刑宣告されてる岡さんだ! 富士氷穴ダンジョンでお世話になった。


 その節は、いえこちらこそなんて挨拶をしていると瓜実氏が、


「つまりは腰だよ、腰に乗せる、全部これ」


 と、岡さんの首根っこを掴み綺麗な背負い投げを見せる。


 そしてまた引き立たせ投げる。


 投げる。


 投げる。


 投げる。


「テメーが希来里とくっつきゃ全部丸く収まったんだよイモ引きやがって!!」


「すいませんオヤジ! でも無理です!!」


「根性見せろやゴールデンデビルの一員だろうが!!」


「無理です!!」


「親が白と言えば黒も白だろうが!!」


「真っ黒でした!! 無理です!!」


「抱けやー!!!!」


「無理です!!」


 完全に私怨で岡さんを投げまくる瓜実氏。


 岡さんと共に富士氷穴ダンジョンでお世話になった、岡さんの彼女の東子さんが泣きながら止めに入る。


 瓜実氏も女性の東子さんにまでは手を上げられず岡さんをポイッと投げ捨て虚空を見つめ色々な後悔を噛み締めている。十割がた希来里さんの教育方針についてだろうが。


「すまねえ、興奮しちまった」


 少し正気に戻った瓜実氏が俺に声をかける。


「いえ、お気持ち、察して余りあります」


 と、素直に慰めの言葉が口から出る。


 それじゃこの茶番を早々に終わらせるため、ウメに俺を投げた男を立たせてもらい、こう、腰を入れて、こう、えいや、と男を投げる。




 ぺしょ。




 俺と裸の男がもつれ合うように地面に転がる。


 うん、すごく恥ずかしい。


 これは完全に俺にセンスがない。


 恥ずかしいし話も終わらんし、どうしようかと思っていると、センが俺の横に転がっている裸の男の頭を股にはさみ、腰に手を回し、一気に天高く持ち上げるとグリップを外さず一気に地面に叩きつける。




 超高角度パワーボム。




 後頭部から強烈に地面に叩きつけられた男は泡を吹いて白目をむいている。


 もうこれでいいや、俺が投げようがセンが投げようが結果は変わらんだろう。


「これで手打ちで」


 俺がそう言うと、瓜実氏が合図を出し穴熊の全員を拘束が外される。


 俺は疲れたのでハナの蛇の下半身に座り、ジロとシロジロとアオジロをはべらせそれぞれの鼻先を撫でる。


 センもありがとうね俺の代わりに投げてくれて。


 ツンも誰も殺さなくてえらい。


 ウメもサポートありがとね。


 アロハは何もしてなかったけど、何もしてないことがえらい。


 それぞれの骸骨にお礼を言いスキンシップをはかる。


 そうこうしていると俺の前に全裸の色男が現れ、膝を突き、額を地面に擦りつける。


「此度の不始末、すべて私の不徳の致すところ、この首一つでどうか、お納めいただけませんでしょうか!!」


 え~、手打ちにしたじゃん。


「手打ちで」


「どうか! お納めいただけませんでしょうか!!」


「だから、」


「どうか!! どうか!!」


 マジ話をきいてくれない。


 俺この土下座が嫌で二か月籠って、今だってこの地下八階層に籠ってんのに。





 本当に嫌気がさしてきた。

 もう、全部、どうでもよいかな?





 俺がそんなことを考えていると、骸骨たち全員が一斉に臨戦態勢に入る。




 もう、いいか。




 俺が穴熊を全部壊す指示を出すために右手を少し上げようとした瞬間。


「あたしに汚ねーもん見せてんじゃねーよ!!」


 土下座している色男の腹を真っ赤なプロテクターに包まれた足が蹴り上げて吹き飛ばす。


「タカシ、あたしに会えなくて寂しかったようね」


 野生と嫉妬と傲慢と不遜で出来上がった百九十センチを超える巨体、野生と嫉妬と傲慢と不遜と少しの優しさで出来上がった目でにやりと笑う希来里さんがそこに立っていた。


「いや全然」


「そう? でもあたしの届け物は喜ぶわよ」


 希来里さんがそう言うと同時に、


「タカシー!!」


 俺はその声をきいて腰を上げる。


「タカシー!!」


 走り出す。


「タカシー!! 心配したのじゃ!!」


 俺はその小さい体を抱きしめる。


 夏目も俺を強く抱きしめてくれる。


 強く強く俺は夏目を抱きしめる。



 もう絶対放さないように、

 

 絶対絶対放さないように、

 

 強く強く俺の最愛を抱きしめる。  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る