第二章

第42話無職でニート


 朝パンが焼ける香ばしい匂いで目を覚ます。



 布団の中に夏目がいないのは毎朝で、少し寂しく思うが彼女のおばあちゃん体質は、ねぼうの三文字を許さない。


 俺はツンに手を引かれ洗面台に向かい歯を磨き、トイレに行くと食卓につく。


 父親が骨犬三頭と朝の散歩を終え、食卓につくと朝食が始まる。


「パンとか珍しいね」


 俺はウメに小さく千切られた焼けた食パンにジャムとバターがぬられたものを口に運ばれながら夏目にきくと、


「銀太郎さんに昨日もらったのじゃ!」


 と、教えてくれた。


 ツンが茹で卵の殻をむき、俺の口に運ぶ。


 ウメがカリカリのベーコンを俺の口に運ぶ。


 姫が俺の膝の上で体を左右に揺すり、朝の雰囲気を楽し気に演出してくれる。


 別に朝が楽しげじゃなくてもいいし、そもそもこの時間に俺がおきてくる必要もない。




 俺は働いていない。




 ダンジョンに潜り出す前、俺は三年間引きこもりだったらしいのだが、今の俺は完全なるニートだ。


 俺はダンジョンに潜らず、全く金を稼いでいない二か月間を過ごしていた。




 希来里さんの強引な誘いにより富士氷穴ダンジョンの溢れ対処に参加し、その後ゆみの今彼銀二との手打ちがあったのが二か月前、遠い昔のようだ。


 その時瓜実氏から、松山の御前は手下を横浜ダンジョンに送り込み俺を探しているから、一、二週間ダンジョンに顔を出すな、との情報をもらいのんびりしていたが、

その御前の手下らしいき人間たちが二週間たとうが、一か月たとうが横浜ダンジョンから姿を消さず居座っているらしい。


 なので俺はダンジョンアタックと言う日銭暮らしに戻れず、家でゴロゴロするしかなくなっている。


 本当に勘弁してもらいたい。


「夏目ちゃんは今日どこまで行くの?」


 母親が夏目の予定をきくと、


「今日は栗鼠崎さんと地下三階層までじゃ! 夜には帰って来るのじゃ!」


 と、夏目が元気よく答えた。


 銀太郎さんの発見したダンジョン鉱物の鉱脈は今、調査を終え採掘に全力投球にな

っている。


 中心に銀太郎さん、サポートにゆみの今彼銀二がつき、金デビの新しい採掘場として運用が始まった。


 俺はダンジョンに出られないが、別に夏目は出られる。


 松山の御前にマークされているのは俺だけだし、もう二か月になる隠遁生活にずっと夏目を付き合わせるのは申し訳がない。


 なので、夏目は金デビに協力し銀太郎さんの鉱脈採掘のお手伝いに出ているのだ。


 さすがに一人だと心配なので、いつも姫についていってもらっている。


 姫ならローブを頭からかぶれば、骸骨だってバレにくいからね。


 夏目は土日以外毎日ダンジョンに出勤し、たまには泊りで帰ってこない日もある。


 俺は家のことでもやろうかと思うが、ツンやウメ、サキュやドラが先回りして家事を済ませてしまうので全くやることがない。




 寝て起きて、飯食ってクソしてまた寝る。




 なんだこの毎日? 俺は家畜か? 落語に出てくる隠居した長屋の長老だってもちょっとアクティブに動いていた。


 マジでつまらん。


 かわいそうに体が大きいハナやアロハ、アオジロなんかはここ二か月顔も見られていない。


 朝食を終え、出勤する夏目に玄関で行ってらっしゃいのハグをして、姫にもして、二人を送り出す。


 今日は栗鼠崎さんが車で迎えに来てくれているようだ。


 黒いワンボックスに乗り込み出勤していく夏目をを見送ると、深いため息が出てしまう。


 朝風呂でも行くか。


 別に家にいても、ワイドショー見るだけだし。


 俺は母親に出かけることを告げ、タロを家の護衛に残し着替えをバックバックに詰め家を出る。


 一人自転車に乗り、伊勢佐木町に向かう。伊勢佐木町裏手にある銭湯はタトゥーが入っていても入れるし、何よりサウナがある。なので朝からサウナである。仕事はないが蓄えはある。朝からサウナしても困らないくらいには。


 受付で金を払い、ロッカーに脱いだ服を入れるとかけ湯をしまずはサウナである。


 じっとりみっちり毛穴を開き、垢を浮き上がらせる。


 自分の体を見ると右前腕にはヘッケルの樹形図、左前腕には地球を背中に担ぎ支える骸骨の巨人。右胸には新しくツンに彫られた「大一大万大吉」の旗印。右脇腹には姫に彫られた謎の魔法陣。


 見えないが首筋に黒い星が三つと耳の後ろに「斉天大聖訓北一遊」の文字。


 体中落書きだらけである。 


 夏目の左上腕には蜘蛛の巣とその中央に蜘蛛の生首が新しく掘られて、富士氷穴ダンジョンで殺してレベルアップした大蜘蛛を模しているらしい。左脇腹にはダンジョン地下四階層で一騎打ちした牛鬼の生首も彫られ、夏目の体生首だらけだ。


 一回目のサウナを出てすぐ体を洗い、頭を洗い、ゆっくりと水風呂に入る。


 そしてまたサウナ、水風呂、サウナ、水風呂と繰り返し、最後は脱衣所に置いてある籐の長椅子に腰掛け扇風機に当たりトリップする。




 人がまばらな朝の銭湯の脱衣所でトリップしながら考える。

 俺は何をやっているのかと。




 なんか無性に腹が立ってきて、俺は立ち上がり、着替え、家まで全速力で自転車を漕ぎ、家でダンジョン装備一式を着込み、また自転車に乗り桜木町の向こう、横浜ダンジョン地区にやってきた。


 横浜ライフル協会の借りているガンロッカーから二丁のM500を受け取り、さくら通りを抜け白い三角形の横浜ダンジョン入り口の建物に足を踏み入れる。


 真っ直ぐダンジョン入り口の大きな観音開きのドアをくぐり、一階部のドームを抜け、地下一階層への階段を下り、地下一階層でハナを呼ぶ。


「ハナ! 会いたかったよー!」


 ハナも俺に会いたかったようで、俺とハナは抱きしめあう。


 ハナはかなりフラストレーションがたまっていたようで、抱きしめ、四本の手で俺の体中を撫でまわし、その冷たい骸骨の頬で俺の顔に頬すりをし、もう我が子を奪われまいとする母親のように俺を抱きしめた四本腕を中心に蛇の骸骨でとぐろを巻いた。


「ハナ、超特急で地下五階層までお願い」


 俺がそう言うとハナは優しく俺を胸に抱き、超高速、周りの景色がブレて後方に線で流れるくらいの超高速で移動する。


 振動もない、あるのは体にかかる重力だけ。


 俺が懐かしいハナの黒髪を堪能している間に普通なら片道八時間はかかるであろう地下五階層に三十分とかからず到着した。


 俺はハナに抱きしめられたまま、


「ツン、ウメ、サキュ、ドラ、アロハ、アオジロ、ジロ、シロジロそれとハナ。今日は好き勝手しよう。

 派手に行こうか!!」


 と声をかけたら、一斉に進軍を始める。


 いつもは俺が歩いている速度に合わせたダンジョンアタックだが、今日は最高速度だ。


 むしゃくしゃしている俺たちをだれも止められない。


 いつもはフォーメンションを組んで行っているが、今日は関係なしだ。


 争うように獲物を狩ろう。


 地下五階層を蹂躙し、


 地下六階層を蹂躙し、


 地下七階層を蹂躙し、


 地下八階層まで一時間もかかっていない。


 地下八階層のドラゴンをツンが一閃で縦に割断したところでハッと我に返った。




 ヤバい。


 なんかむちゃくちゃしちゃった。

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