第38話戦闘糧食Ⅱ型ウインナーカレー
もう帰りたい。
富士氷穴ダンジョン前で立ち往生している。
理由は俺が姫に頼んでダンジョン入り口を塞いでしまったから。
基本ダンジョンから敵が溢れる時、ダンジョン入り口で間引きながら、減ってきたらダンジョンに押し込め突入、地下二階層ぐらいまで殲滅したら終わりって手順らしいらしいんだけど、ぎゅうぎゅうな肉塊でダンジョン入り口を塞いじゃったため、中に突入できないから、終わりにしていいか判断できないらしい。
ダンジョンの敵は、ダンジョン内で殺して少し経つと死体がダンジョンに吸収されるように吸い込まれ、魔石だけが残る。
知らんじゃん。
ダンジョンの敵をダンジョン外で殺すと死体が残るとか。
今星持ち三人、追剥ぎのように俺からチェーンメイルを奪っていったにじみ出る野生希来里さんと、新宿で俺と夏目を放置し去った三賢会大好きっこ魔女の真っ白お姉さんと、黒い詰襟に黒いプロテクターを着込み「愛」と赤地に白で書かれた腕章をしているにいさんが集まり協議中。
最後の星持ち象大好きおじさんは俺の足元ですやすや失神している。
「タカシ、こんな時はお茶じゃ!」
姫が来てから夏目は英国式のティータイムにハマっていて、十時と三時はお茶をしている。
それ以外の時間でも気が向いたらちょくちょくしてる。
一日三、四回はしてるのではないだろうか?
姫が土魔法で出してくれた丸テーブルと椅子に、サキュメイドとドラメイドが用意してくれた紅茶。
今日のお茶うけはコンビニシュークリーム。
「来る途中無理言って、セブン寄ってもらって正解じゃったな!」
夏目はシュークリームにかぶりつき、猫のように目を細め笑顔を見せる。
「タカシ、ちょっと来い!」
希来里さんに呼ばれ食べようとしていたシュークリーム片手に寄っていくと、汚いジャイアンこと希来里さんにシュークリームを奪われる。
「あっ」
「あっ、じゃない。お前らだけ甘いもん堪能するな。それよりお前レベルアップした
か?」
「してないですね」
「やっぱりそうか、中は生きてるか~」
溜息をつきながらシークリームをぺろりと一瞬で平らげる希来里さん。
希来里さんの説明によると、ダンジョンの敵を殺してレベルアップするのはダンジョンの中だけの現象で、ダンジョンの敵をダンジョン外に連れ出し殺す実験は何度も行われたが一切レベルアップしないらしい。
つまり、俺が殺した敵は、ダンジョン外に溢れていた敵だけで、ダンジョン内にはまだ増えすぎた敵が犇めいており、それを殺すまでお仕事は終わりじゃないらしい。
「魔女、お前の魔法で、なんとかしろ」
「いくらわたくしでも、森に影響を与えずあの量の死体を処分はできませんわ」
「つかえない」
「きー!!」
三賢会大好きお姉さんが希来里さんが激ギレし、それを詰襟のにいさんがなだめ、話に進展はなさそうだ。
「自衛隊に重機とか借りて押し込めないんですか?」
「自衛隊の重機をここまで持ってくるほうが難しいだろ? こんな悪路じゃ」
希来里さんが呆れたように言う。
むむ、たしかに。
「象フェチがおきてりゃ、召喚獣を重機代わりにできたんだがな」
チラリと俺に避難の目を向ける希来里さん。過ぎたことは忘れましょうよ。
「つまり、今入り口を塞いでいる肉塊を中に押し込めればいいんですね?」
「ああ、そうね」
なるほど、それで早く帰れるなら。
◇◇◇◇
ダンジョン入り口前、ドラメイドとサキュメイドが両掌を突き出し入り口を塞いでいる肉塊に対峙している。
「お願い」
俺がそう言うと、メイドさんたちの掌から波動のようなものが出て空間が歪む。
メイドさんたちは足並みを揃え、一歩前に踏み出す。
ズズズ。
肉塊が一歩分、ダンジョン内部に後退する。
ゆっくり前に出るメイドさんたち。
同じ速度で後退していく肉塊。
ダンジョンの敵の死体でできた肉塊は、ダンジョン内部に押し込められ、ダンジョンの内部の通路は肉塊よりも空間が狭いため、肉塊は削られ、ダンジョン内部の壁と床と天井には真っ赤な血のコーティングができる。
サキュメイドとドラメイドの後ろにはタロとシロジロ、そのすぐ後ろに夏目を片手抱きしたツン、俺とウメと姫、最後尾にはハナ。
二十メートルほどダンジョン内部に敵の死体でできた肉塊を押し込むと、
「もう、それくらいでいいわ」
と、希来里さんがダンジョン入り口から声をかけたのでメイドさんたちの手を止めダンジョンから出る。
「あとはダンジョンに吸収させればいい、二、三時間ぐらいかかるけど」
えー、まだそんなにかかかるの?
仕方ないので自衛隊から、しこたまもらった戦闘糧食を食べることにする。
焚火を用意し、鍋でお湯を沸かす。
そこにパウチとパックご飯をぶち込み、ニ十分ほど煮る。
パックご飯を開き、ご飯の真ん中にスプーンで線を入れ、そこを中心にぺコンとご飯を二つ折りにする。
できたパックの中の半分の空白にパウチから備品を受け取る際自衛隊員さんが、
「これが一番人気ですよ」
と、教えてくれたウインナーカレーを注ぎ込む。
いただきます。
俺と夏目、銀太郎さんとこの栗鼠崎さんと恋を楽しむ系女子豊川さん、元希来里さんのパーティーメンバーツウカップル、それから今回の特別ゲスト象から振り落とされ銀太郎さんにヒールされた十二人の象乗組員さんたちを迎え楽しい食事会の始まりだ。
朝から動きっぱなしでもう午後四時ぐらいだろうか、まだここから二、三時間だと今夜は帰れない。
途中でもう一食ぐらい挟まないとやってられないだろう。
魔女のようなローブのフードをしっかりかぶり大きめのサングラスをした星持ち真
っ白お姉さんがチラチラこっちの様子をうかがっている。
あの人食料とか持ってきてなさそうだし、ボッチだし。
黒い詰襟の集団は集まり、プロテインバーみたいなものを水筒の液体で流し込んでいる。
希来里さんがやってきて、カレーを食べているみんなの中心にドカッと座り、スッと左手を出すと銀太郎さんがスプーンの刺さったカレーをそっと乗せる。
その威風堂々としたしぐさは、かわいがりが激しく絶対付き人に嫌われている横綱のようだ。
なにが気に入らないのか、全体を舐めるように見て、男女が並んで座っていると強烈な殺気を放つ。裏切り者を見定める視線の邪悪さが麻薬カルテルのボス級だ。
今まで楽しそうに食事していた象の人たちが一瞬で黙り込んでお通夜みたいになったもん。
「ダンジョンに入れるようになったら、一気に突入して殲滅、地下二階まで浚ったら終わりにする」
そう俺たちに告げ、一気にカレーを掻きこむ希来里さん。
そっと銀太郎さんがキャップを開けたペットボトルのお茶を差し出す。
一気に五百ミリのお茶を飲み干し、もう一度全体を見渡す希来里さん。
「銀太んとこはタカシと夏目と組んで、あたしは、そこのくされカップ…カップル…カップル二組と…カップル二組と組むから、象フェチの残党は地上でダンジョンから出てきたハグレを殺す。早々出てこないと思うけど、さっさと終わらせましょう」
戦闘力を加味して元パーティーメンバーと組む判断ができる希来里さんえらい。
カレーのおかわり茹でちゃう。
俺がパックご飯とカレーパウチを鍋にブチこんでいると、
「ちょっといいかね」
と、黒い詰襟のにいさんが話しかけてきた。
「なんですか?」
「あの骸骨たち、君のスキルかね?」
黒い詰襟の制服に、胴体を守る黒いプロテクター、腕には赤字に白で「愛」と書かれた腕章。頭には光沢ある黒の学帽をかぶった年の頃は三十くらいだろうか? 筋肉質で長身の男。
張った強そうな顎と太い眉がその異質な格好と相まって、凄く、耽美系右翼感。
「そうですね」
俺が質問に答えると、うむ、と顎に手を当てる耽美系右翼。
「君は星見の儀式はしたかね?」
「星見の儀式って、あの短冊握るやつですか?」
「そうだ」
「してないっすね」
「それでは、今すぐ準備をしよう、なに、星見紙は持ってきている」
「いや自分大丈夫なんで! いやー自分なんかにそんな貴重な紙! もったいないっすよ! もったいないお化け出ちゃう!! ああ希来里さんにカレーあげなきゃ! あの人あの体でしょ! 馬みたいに食うんすよ! 鯨みたいに飲むし! まさに馬食鯨飲を地で行ってるんで! じゃ! あっしはこれで! どろんさせていただきますわ!」
にんにんポーズを決めて、逃げ出した俺を逃がさないように回り込む耽美系右翼。
「いや! ほんとに! 自分! 早くあの馬よりも食うメスライオンに餌あげないといけないんで! 勘弁してください! ほんと!」
すっと右手を出してくる耽美系右翼。
「私は鬼龍院高徳という」
戦闘用のグローブをしたまま握手の手を差し出すその態度、常在戦場と言うことだろうか? それとも格下相手に手袋を脱ぐほどの礼儀は使わない星持ち特有の貴族感覚だろうか。どちらでも仲よくはできなそうだ。
サッと握手して、この場を離れたい。
短冊握らせられて、星持ちだってバレることは絶対に避けたい。
緊急招集とか、絶対に嫌だし。
あの真っ赤な鎧だって来たくない。
俺が鬼龍院さんの右手を右手で握ると、鬼龍院さんがにやりと笑う。
ん?
鬼龍院さんの右手の中、なんかある?
俺と鬼龍院さんが握手をしている右手の重なりから白い紙の端がのぞいている。
その紙の端が、スカイブルーに染まり、藍になり、炭黒になり、光沢が一切ない漆黒に変わった。
握手を離す鬼龍院さん。
手の中を覗き込み、目を見開き、
俺の顔を見て、もう一度掌の中を見て、
脱帽し、
そのまま両膝を突き、
手のひらを天に向け差し出し、
額を土に擦りつける。
「三柱目様、お会いできて恐悦至極でございます」
そうのたまった。
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