第35話いただかれ少女めぐちゃん



「夏目まてー」

「ハハハ、追いついて見せるのじゃー」




 俺は浮き輪を持って走る夏目を追いかけ、白い砂浜を走る。


 良いじゃん夏!


 良いじゃん海!


 最高じゃん!

 走る夏目を後ろから抱え込み持ちあげ、くるくる回ると、夏目もキャッキャ笑いながら両手を上げる。


「追いつかれたのじゃー!」

「追いついたー!」


 夏目をくるくる回しながらお姫様抱っこすると回転を止め、目を細めて猫のように笑う夏目の顔を見つめる。


「海、楽しいのじゃ!」

「良かった、俺も楽しいよ」


「タカシといるといつでも楽しいのじゃ!」

「俺もだよ夏目」


 俺と夏目はお互いのデコをくっつけ見つめ合う。


「いつまでも一緒にいような」


 俺がそう言うと、


「当り前じゃ」


 と、夏目も返してくれる。


 夏目の手が俺のほほん触れて、


 夏目がゆっくり目を閉じた。







 瞬間、ハナが伽藍堂から現れ、夏目ごと俺を抱きしめると蛇の下半身を使い垂直に十メートル以上ジャンプ、俺たちがいた場所には体中に嫉妬の炎を纏った怒り狂うメスライオンが砂浜を振り下ろす爪の一撃で爆散させていた。


 ビキニを着た愛ある者全てを滅するメスライオンから距離を取り着地するハナ。


「あんた、お使いさぼってイチャついてんじゃないわよ」


 口から炎を吐きながら、力を溜めるように体を丸め、クラウチングスタートのような姿勢を取る希来里さん。


 ハナはいつでも回避できるよう夏目を抱いている俺を抱きしめる手に力が入る。


「喧嘩してる場合じゃないっすよ姉御!」


 ほっぺに木のみを詰める以外能がないイキリリス通称イキリスこと栗鼠崎さんが焦った様子でかけてきてハナとライガー希来里さんの間に割り込む。


「恵が! 姉御! 恵が!」


 恵? ああ、豊川さんが確か恵さんだったな、豊川さんがどうした? 地回りと揉めて一人二人殺したか?


「恵がナンパされてる!!」


 空気が固まる。


 主にネコ科最大猛獣種のライガーの周りの空気が。


「リス、行くわよ」


 ライガーの獣人から人に戻った希来里さんが恵さんごとナンパ男を殺しに行くのかと思ったら髪の毛をササッと整えだす。


 なんだ? 人を殺す前の儀式やルティーンか?


「リス、さっとお豊の友達としてナンパに混ざるぞ、お前分かってるな?」 


「おう! 姉御をキッチリサポートするぜ!」


 俺と俺に抱かれた夏目と俺を抱いたハナをほっぽってナンパに混ざりに行く希来里さん。


 確かに豊川さんは長身だが希来里さんほど規格外じゃないし、おっとりはんなりりな雰囲気とキツネ耳はモテそう感が出ている。


 粉振っただけの生のから揚げを踊り食いする女だが。


 歩き出していた希来里さんがクルッと振り向き今から人の獲物を横取りし食い荒らそうとするハイエナの目でさわやかに、




「今晩のバーべキューは家族水入らずでしな、あたしたちは今夜帰れないから」




 と、とらたぬの言葉を残し去っていった。







◇◇◇◇






 瓜実氏に借りた別荘の庭にあるバーベキューコンロの炭はいい感じで燃えている。


 日が沈み暗くなったダダっ広い庭にはライトを出し明るくする。


 父親は骨犬たちに三頭に囲まれこの世の春を謳歌し、母親は夏目と共に野菜を切ったりしている。


 俺は炭の面倒を見ながら、そろそろ肉焼くかとトングでステーキを挟んで金網に置く。


「大丈夫ですよ、皆さんの分もしっかりありますから」


 庭の端で三角座りをしながらどんより酒を飲んでいるリスとキツネとメスライオンに声をかけると、世界の絶望を全て地獄の釜で煮込んだようなヘドロみたいな澱んだ目で俺を睨む三人。


「……笑えよ」


 まだダメージが少ない栗鼠崎さんが背一杯の意地を張るが、


「笑ったら殺すぞ」


 と、希来里さんがつぶやいたので絶対に笑えなくなった。


「……話しききたい?」


 とキツネ耳の豊川さんが絶対自分が話したいだけなのにこっちに責任を擦り付けるような質問をしてくるので、


「そうですね、後学までに」


 と、ステーキ肉をひっくり返しながら言う。


「そもそも、リスちゃんがいけなかったんだよ~」


 豊川さんが、恨み節を語り出す。






 豊川さんは生まれてからずっと男受けが良かった、探索者として覚醒するまでの十五年間は色々な男たちにちやほやされ、蝶よ花よと過ごしてきたらしい。


 しかし運命の探索者覚醒からそのちやほやライフに暗雲が立ち込める。


 エリートが通う探索者養成校で出会う男たちはスキルスキルスキルでうるさいし、格付けし合うことしかしない猿山の猿のような男たちで、全然豊川氏が望むように蝶よ花よしてくれない。


 これは学校を出て探索者になり、そこから社会人としてちやほやされようと思っていた豊川さん。だが現実は非情、探索者の生活は基本ダンジョンアタックと休息、ほとんど遊ぶ時間もなく、探索者として出会う男たちは粗野で傲慢、全然豊川さんがちやほやされたい対象ではなかったらしい。 


 それでも才能があった豊川さんはどんどん探索者としての力量を上げ、横浜ダンジョン指折りの金デビに参加、最前線でアタックを行うことができる探索者に成長した。しかしその成長が良くなかった、土虫にイキって首コロされた犀川を始め、モテたくない相手がどんどん寄ってくる。


 銀太郎さんのパーティーに移籍できて紳士的な銀太郎さんや鈴村さん一花にいさんに囲まれ一息ついたが、彼らは紳士的だがちやほやはしてくれない。




 なので豊川さんは、ちやほやの欲求全てをダンジョンの外部で発散することに決める。




 いわゆる、クラブでナンパ待ちである。




 一般人のふりをして、頭のキツネ耳と尻尾だけを出し不思議ちゃんをアピール。


「このクラブ初めてで、こわかったんです~」


「○○さん何でも知ってるんですね、そんけいしちゃう~」


「メグ帰り道わからなくなっちゃった~」


「すご~い」


「えら~い」


「かた~い」


「おっき~い」


 などの言語を駆使し、いただき少女ならぬいただかれ少女、少女? 少女とは? まあいいかどうでも、いただかれ少女メグちゃんとして八面六腑の活躍をしていたらしい。

 

「海の家でリゾートバイトしてた大学生でぇ、都内のキラキラ大学の一回生なの~、かわいくナンパしてきたから~わたしも都内の女子大に通ってるって言って~盛り上がってたたら~、チッ、この二人が乱入してきたの」


 キッと栗鼠崎さんと希来里さんを睨む豊川さん。


 キラキラ大学一回生ってまだ未成年じゃねーか? いや考えるのはやめよう、この

人たちに法律とか、人としての倫理とか説いたところで無意味だ。


 豊川さんが都内女子大生を偽ってちやほやされていたところにイキルことだけが生きる意味のプライド栗鼠崎さんと、まともな人類が直視できない野生エンビィ希来里さんが、いただかれ少女ラストの豊川さんに合流してきたのだ。


「おいお豊、あたしのことを男に紹介しろ」


 エンビィが上からの命令のとんでもない圧力に失神寸前のキラキラ大学生たち。


「チッ、けっこう若いな、毛~生えてんのか?」


 プライドの下品極まりない言動にドン引きするキラキラ大学生たち。


 だが、豊川さんも歴戦のいただかれ少女だ、ここから持ち直そうと頑張ったらしい。


「この二人は~、今インターンしている職場の先輩~、見た目よりいい人たちだよ~」


「先輩って、お豊、あたしより年上だろ」


「恵、三十とっくに超えてるだろ、サバよむなよ」


 この二人の言葉が引き金となり、電撃を纏ったキツネの獣人と、空気が読めない悲しきメスライオンとほっぺに木のみを詰めることしか能がないリスとの三つ巴の殺し合いが浜辺で行われ、警察を呼ばれ、機動隊が出動し、無論キラキラ大学生たちは逃げ、三人は警察署から釈放され今に至るのである。



 マジでどうでもいい話である。



「二人がいなかったら、今頃ちやほやされてたのに~」


 恨めしそうに二人を睨む豊川さん。


「淫乱」


「ヤリマン」


「ちがいます~、恋を楽しむ系女子です~」


 女子? 女子とは? まあどうでもいい。


 俺はもう一戦しそうな三人に焼けたステーキを紙皿に乗せ渡していく。


 三人とも手掴みでステーキにむしゃぶりつく山賊スタイル。


 仲良しさんである。


 皮つきのとうもろこしと土がついているままの長ネギをコンロにのせる。


 皮がついたまま野菜を焼くと、ついた皮で蒸し焼きにされトウモロコシは柔らか

く、長ネギはトロトロになる。


 三人はいがみ合いながらテキーラをラッパ飲みで回し飲みし出し、皿にのせる肉を

全て手で踊り食いをする。


 誰も謝らない、誰にも謝るという機能が付いていない生き物なのだ。なので仲直り

はケンケンしながら同じ時間を過ごすしかない。同じものを食べて、同じ酒を飲ん

で、群れの絆を思い出すしかないのだ。野生の世界の生き物たちだから。



 

 野生の生き物たちが餌を分け合っている光景を見ながらコンロで肉を焼いていると、希来里さんの携帯が鳴る。


 ちらっと携帯電話の液晶を見て、電源を切りポイッとカバンに投げ込む希来里さん。


 瓜実氏からの緊急電話だろうか? それなら次に俺か夏目のところにかかってくるかもしれない。


 今回の旅行に希来里さんがついてくることは瓜実氏も周知のことだからである。


 なにせ別荘借りてるからね。


 しばらく肉を焼いていても俺のウィルコムも夏目のウィルコムも鳴らないので、さほど重要な知らせでもなかったのかな?と思っていると、




ババババババババババ。




 と、ヘリコプターの音がきこえてきた。


「チッ」


 希来里さんが舌打ちをする。


 広い瓜実氏の別荘の庭に、無理くりヘリが着地してくる。


 ツンが出てきて俺が風圧で飛ばないようにさせてくれる。


 無理やり着地したヘリから、見たことがある人物が下りてくる。




「瓜実さん! なぜ電話に出ませんの!! 星持ちの緊急収集ですわよ!!」




 新宿に俺と夏目を放置した星持ちお姉さんだ。

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