第34話山賊旅行
この度晴れて特別職能訓練施設横浜校を卒業した。
俺と夏目はダンジョン内で換金した金額で単位と交換するという特別ルールを使い単位を買い切り卒業ということになった。
最後に態度が悪い事務員が「施設全行程終了証」を義務局の机に投げてよこし、それで学生生活とはおさらばである。
週に一度換金した証明を渡して単位と交換するだけの学生生活だったので学生生活感は皆無だったが、夏目は小卒なので少し感傷に耽ったりするのかと思ったら、
「卒業旅行じゃな!」
と、旅行に行く理由くらいにしか感じていない。
夏目はブーストが入り土虫生首のタトゥーからもう二つもタトゥーを入れている。
まずお腹にでかでかと躍動する嫉妬に狂った醜いメスライオンのトライバル調のタトゥー。何気に希来里さんと夏目は仲が良く、料理上手で家事上手な夏目が、
「別に生きる上で必要ないじゃろうが、男は煮魚にさっと刻んだ柚子をのせられる女が好きじゃ!」
と、言う言葉に希来里さんは脳天ハンマーでぶち抜かれた天啓を受けたようで、ウチに料理を習いに来る。
母親と夏目、ついてきた栗鼠崎さんとキツネ耳の豊川さんとの五人がそこまで広くない借家のキッチンに犇めき料理を作る姿は、微笑ましさは皆無で、できれば定期開催を止めて欲しい。
あいつら火魔法で魚を焼こうとし、包丁でまな板ごと切るんだぜ?
味見って言って揚げる前の粉ついたから揚げ踊り食いするんだ。
母親が父親に、
「毎日お仕事ごくろうさま」
って言っただけで、血の涙流しながら殺気を向ける世界の全てを呪ったメスライオンをできるだけ俺の生活圏内には入れたくないのだが夏目が楽しそうなのでまあ全てはこともなしなのだ。
腹に入れた躍動するライガーの獣人のタトゥーを見た希来里さんは、
「どうした夏目、あたしに憧れたか?」
と、目を細める。
「次のターゲットじゃ!」
と、夏目が言うと、凄くにんまりして、
「ナマ言ってんじゃねーよ」
と、やさしく頭を撫でる。
悪い人ではない、悪い人ではないんだが、俺と夏目がおそろいで彫った首の後ろの
星が三つ並んだタトゥーを見たときはライガーに変身し首取りに来た。
早く希来里さんの犠牲者、っと旦那様が現れて欲しいものだ。
俺と夏目はおそろいで首の後ろに星三つのタトゥーを入れた。
俺が黒い星が三つ。
夏目が黒で縁取りだけをした白い星が三つ。
俺はできれば星に触れたくないので嫌がったが、ウメに押さえつけられ、ツンに彫られた。
夏目の星が白いのは、これから取得したら黒く埋めるらしい。
そんなわけで熱海である。
卒業旅行と銘打った家族旅行で、父親に買ったワンボックスで少し季節外れの海である。
俺と夏目、母親と父親、そしてなぜかついてきた栗鼠崎さんと豊川さんと荒ぶる希来里さんが全メンバーだ。
家族旅行に荒ぶる猛獣を連れて行くのを俺は強く反対したのだが、父親と母親はこの三人をいたく気に入っており、ワンボックスもデカいのだから良いではないかとなし崩し的についてきた。
「海とか学生時代以来だぜ」
とワンボックスの最後部座席でもう何本飲んだか分からない缶ビールのプルトップを弾く栗鼠崎さん。
狭い最後部座席は高身長だが細い豊川さんを挟むように体が小さい栗鼠崎さんと夏目が挟む形になっている。
運転席は父親で助手席には母親、後部座席は俺と希来里さん、最後部座席はもう宴会が始まっている。
俺の隣に座る希来里さんは生ハムの原木を、ライガーに変身させた指の爪で切り裂きつまみにしながらワインをボトルでラッパ飲みだ。
山賊のボスである。
別に希来里さんは常人のサイズ感ではないだけで綺麗な人だ。
百九十センチを超える体は筋肉質だが均整がとれているし、顔立ちだってやけに顔だけはいい瓜実家の血筋が仕事をして整っている。
だが目がいけない。
優し気な銀太郎さんや金太氏と同じ造形のはずなのに、その内面から溢れ出る野生と嫉妬が獲物を狙う人食い虎の目にしてしまっている。
まともな人なら、真っ直ぐこの目を見ることはできないだろう。俺はできない。
金太氏も銀太郎さんもできていない。
この目さえなければ、モテるのに…、いやそんなことないか、何せもうワインボトルは三本目で、生ハム削るのめんどくさくなって丸かじりだし。
この野生丸出しに耐えられる人類はそういないだろう。
俺だって隣に座っていて膝の震えが止まらない。
そうそう、銀太郎さんと言えば、今回の旅行を我が家で相談していた時に、栗鼠崎さんが、
「銀太郎さん、来れるかな?」
と、頬を赤らめ女を出した瞬間、
「リス、ウチのパーティー恋愛禁止だからな」
と、ライガーに変身し、今にも頭から丸飲みしそうに脅していた。
気合と根性とイキリで生きている栗鼠崎さんが、
「ひゃい、しゅいましぇんでひた」
と、今まで見たことがないくらい小動物感を出した返事をしていたので、今回銀太郎さんは不参加となった。
やはりネコ科最大肉食獣と木の実をほっぺに詰めるだけが特技の栗鼠では生き物として格が違うようだ。
夏目栗鼠崎さん豊川さんに希来里さんが山賊のアジトのように宴を開催するので車内がとんでもなく酒臭いのだが、父親は楽しそうに運転し、母親は作ってきたお弁当を後ろに回して、と俺に渡してくる。
俺は膝の上の姫を出し、頭を撫で精神の安定をはかる。
山賊ドライブが最高潮に達し、社内全体に「アイプロージット! アイプロージット!」とドイツの乾杯曲の合唱が鳴り響いたところで車は瓜実氏に借りた熱海の別荘についた。
◇◇◇◇
「海行くべ」
希来里さんの一言により女性陣は水着に着替え海を目指す。
父親は運転してきたので骨犬たちとゆったり休憩し、母親は父親と過ごすとのことなので俺も別荘の中でゆっくりしたかったのだが、
「お前も来い」
と、山賊の親分に指名されたので連れ出された。
アイスボックスの中にパンパン酒を詰め、それをハンドバックでも持つように軽く握り移動する希来里さんの水着の後姿は動くごとに隆起する細かい筋肉がとてもカッコいい。傷一つないその背中にやはり星持ち、生まれたときからの強者を感じる。
なぜか全員ビキニ、鍛え上げられた肉体をさらけ出す軍隊とだって向こうを張って戦えるアマゾネス集団の登場に、海水浴場にいた一般人たちがモーゼが海を割ったように、ザーって音を立てながら割れていく。
そりゃ怖かろう。
「タカシ! ここにパラソルはれや!」
ワインボトルをラッパで飲む山賊のボス希来里さんの指令によりビーチの真ん中にビーチパラソルを立て、バスタオルを引く。
「リス! 日焼け止め!」
「うす!」
体が小さい栗鼠崎さんが体が巨大な希来里さんに日焼け止めを塗るさまは、まるで童話の中の、怪物に囚われ奴隷にされている小人のようだ。
「お豊! バーベキュー!」
「は~い」
キツネ耳の豊川さんが狐火で焚き木を始めようとするので、
「ここはバーべキュー禁止です」
と、すかさず止め、
「希来里さん、BBQは別荘に戻ってから、豪勢にやりましょう」
と、進言、
「じゃ、焼きそば買ってきて」
と、財布を投げられパシられる。
俺と夏目は二人で海の家まで焼きそばを買いに行く。
「瓜ねぇはさすが星持ち、貴族感バリバリじゃな」
「貴族っていうか、山賊だろ」
などと話していると、夏目が海の家に売られている浮き輪に目が奪われている。
「欲しいの?」
「いや、ワシは山育ちじゃろ? 泳げんのじゃ…」
少し照れたように話す夏目。
泳げないのか…、それじゃパシられてる場合じゃねーな。
俺は夏目に浮き輪を買うと、夏目の手を掴み走り出す。
「夏目! 今日中に泳げるようにしてやるよ!」
「ハハハ! それは最高じゃ!」
良いじゃん夏。
良いじゃん海。
最高じゃん。
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