第6話ヒロイン…なのか?



 初めてのダンジョンアタックから一か月ほどたった。

 

 レベルアップはあれ以来ないが、俺は順調に稼いでいた。


 父親と母親にツンとウメを紹介すると、すぐ意気投合し、特に母親とツンとウメは三人で編み物や裁縫などをして楽しく過ごしている。

 俺が稼ぎ出したことと、父親の仕事が順調にいっていることと、ツンとウメがデカすぎることにより引っ越すことになった。


 横浜市西区の繁華街から離れた少し寂れた地区だが、自転車に乗れば特別職能訓練施設横浜校までは電車に乗らずいける距離の、築三十年以上たったボロい平屋の一軒家だ。


 ツンとウメは父親と共に借家のはずのこの平屋をリノベし出し、けっこう快適な空間になった。小さいながら庭があり、そこの縁側に座りよくツンとウメ母親が並んで針仕事をしている。

 俺はスキルを隠したいのだが、ツンとウメは全く気にせず、母親の買い物について行ったり、近所の公園で野良猫と戯れ大はしゃぎしたりしている。


 ウメの武器については解決した。


 父親に相談したら、現場に来る業者が使っている太い鎖はどうかと提案してくれた。

 父親のつてでトラック業者に実物を見せてもらいに行くと、直径二センチほどの鉄の棒を加工し出来上がっている小判型鉄チェーンは狂暴な代物で、すぐに気に入り購入させてもらった。

 ウメはダンジョンで両腕に鉄チェーンを巻き付け鞭のように使ったり、ハンドガードのようにして敵を殴り飛ばしたりしている。


 俺は週に一回特別職能訓練施設横浜校に行き単位の確認をし、二日に一回ダンジョンアタックをして百体ほどのゴブリンを血飛沫に変える毎日を平穏に過ごしていた。

 ゆみ関係の嫌がらせは、ダンジョンアタックを始めてからあまり感じない。


 金を稼いで社会貢献をしているからか。

 引っ越したからか。

 理由は分からないが。



◇◇◇◇



 月曜日、俺は自転車でまず特別職能訓練施設横浜校に行く。

 

 事務局で自分の先週の換金額を提示し、取得単位数を確認する。

 事務員はいつも態度が最悪だが、別に単位をごまかしたり、理不尽につっかかったりしないので、気にしていない。


 とりあえず自分一人しか使用してない第三教室の様子でも見ようかと、教室のドアをあけると、そこに一人の子どもが席に着き、むしゃむしゃ菓子パンを食べていた。


 子どもが俺に向かい顔を上げ、人なつっこい笑顔を浮かべ、右手を上げる。


「同級生かの!? ワシは先週入学した夏目じゃ! 気軽に夏目と呼んでくれ!」


 夏目は菓子パン片手に立ち上がり、俺に向かい歩いてくると、ごしごしと右手を自分のオーバーオールで擦ると俺の前に差し出した。


「ここにいるってことは?」


「そうじゃ! ワシもスキル数一のポンコツじゃ! いやはや教師も生徒も全く来んでどうしようかと思っておったのじゃ! 会えてうれしい!」


 俺は夏目の右手を握り握手する。


「単位の取り方を教えようか?」


「頼むのじゃ!」


 夏目は屈託のない笑顔で、猫のように目を細めた。



◇◇◇◇



 夏目は子どもの様に見えたがそれは身長が低いだけで、二十歳だという。


 夏目夏未、女性、二十歳。


 和歌山県の山奥、限界集落で老人たち数人と住んでいたらしい。小学校と中学校は集落から一時間以上歩いた場所にあり、小学校の途中から通うのがめんどくさくなり行っていないらしい。そのせいで十五歳で行われるスキルチェックをかいくぐり、スキル保有者でありながら、放置されていたようだ。

 夏目が二十歳になったころ、限界集落は本当に限界を迎え、夏目は街に降りていくことになったが、スキルチェックを受けていないことがこの時行政にバレて、急遽スキルチェックが行われ、スキル保有者であることが判明する。

 スキル数一、最低ランクのスキルホルダー。行政はすぐさま松山にある特別職能訓練施設に入所を打診するが、スキル数一の人間を教育したことがないことを理由に施設側が拒否、困った行政はスキル数一の教育実績がある、つまり俺が在籍していることを理由に特別職能訓練施設横浜校に彼女を無理やり送ったということらしい。


「夏目どこ住んでるの?」


「うむ! 学校の寮に住んでおるが! 家賃が払えず追い出されそうじゃ!」


 義務教育もまともに受けいていない、スキル数一の最弱スキルホルダーをこのままにするのは何か見捨てるようで心苦しい。

 とりあえず、金がなく、まともな食事をとっていなかった夏目を自転車の後部座席に乗せ家に連れ帰り、母親に事情を説明し食事を作ってもらった。


 母親の作ったお稲荷さんを目を細め食べる夏目は、その体の小ささから子どものようであり、なんとなく放っておけない。


「タカシちゃん…」


 母親も彼女の事情をきき、心配そうに俺を見つめる。


「夏目、お前のスキルって何?」


「うむ! ワシのスキルはローリングじゃ!」


 ローリング、珍しくない回避技で、攻撃された時ゴロンと転がり攻撃をよける。

 転がる方向は前でも横でも後ろでも自由自在だが、言うなればゴロンと避けるだけの技で、別にローリングのスキルホルダーでなくとも、できてしまうスキルだ。


「見ておれワシのローリングを!」


 そう言うと、夏目は両手にお稲荷さんを握ったままゴロンと後方に一回転、チャッと胡坐をかくともしゃもしゃお稲荷さんを食べ続けた。


 なかなか早い回転だと思った。レベル二になった俺の身体能力でもこの回転は再現できないだろう。それに手にモノを持ったままでもスキルが発動できるのはいい。手に持っているお稲荷さんが潰れていないのだから、そこそこ制御はできるスキルなのだろう。


 俺が考え込んでいると、夏目が食べるのを止め、じっと俺の顔を覗き込んでいた。


「秘密は守れるか?」


「秘密? 今まで守るほどの秘密を持ったことがないから確約はできんが、ワシにできる限りは守りたいと思うのじゃ!」


 悪いやつじゃない。確約できないものは確約しないその姿勢は好感も持てる。


 この先夏目が俺のアキレス腱になるかもしれない。夏目が漏らした情報が俺のアキレス腱になるかもしれない。しかし、今こいつを見捨てて生まれた心残りが、俺の人生に影を落とすことになるかもしれない。


 どっちにしろ、夏目と出会った時点でリスクは背負ったのだから、今の俺が納得する選択をするしかないのだ。


「明日から一緒にダンジョンに潜ろう夏目、これからよろしく頼む」


 右手を出すと、夏目は両手のお稲荷さんを無理やり口に押し込み、手をオーバーオールでごしごし拭くと、俺の手を包み込むように両手で握った。


「うむ! よろしく頼むぞタカシ!」


 本日二度目の握手をした夏目は目を細め、猫の様に笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る