第7話討ち取ったじょー!
夏目はほぼ無一文で、仕方なく装備は俺が買った。
夏目の体が小さいので既製品で装備がそろうかドキドキしたが、何とかそろえることができた。夏目は女性にしても小さい、身長は百四十センチくらいしかない。
防護服は「ウミクロ」、そこで赤のスポーツギアのハーフパンツと黒のフーデイーを買い、赤のバッシュと赤のニット帽、タクティカルベルトとコンバットナイフも買い与え、バックパックにもなるメッセンジャーバックを買い与えた。
ところどころ赤が入っているだけで、ほぼ俺と同じ装備だ。
そしてオールステンレスでできたスコップを一本買い与えた。夏目の前ローリングから槍の一突き、これが一番通用する攻撃になると考え中古武器屋で槍を持たせたら、身長が低すぎてローリング中に槍が絡まり回り切れないことが発覚。しぶしぶ短槍より短いスコップが採用されたのだ。
二人でさくら通りを通り、ダンジョン入り口の白い三角の建物に入る。
今日は二人で初めてのダンジョンアタック。夏目は生まれて初めてのダンジョンアタックだ。
夏目は物珍しいのか、きょろきょろとあたりを見渡す。
受付を済ませ、更衣室に別れダンジョン入り口の門の前で合流する。
夏目の装備をチェックする。防護服は少し大きいようだ、ブカブカではないが、俺の様にピチピチではない。
「防護服のズボンが、ずり落ちたりしないか?」
「大丈夫じゃ!」
「それじゃ行くか」
「うむ!」
元気いっぱいの夏目を連れ門をくぐる。
一階部分を突っ切り、地下一階への階段を下りる。
夏目は興味津々できょろきょろしているが、無駄口も叩かず、俺のそばから離れることなくついてくる。
地下一階に下りたら、人気がない方向に進む。俺と夏目以外の生き物の気配がなくなったところで立ち止まる。
「ツン、ウメ出てきてくれ」
陽炎の様に空間が揺れ、身長二百五十センチを超える骸骨がダンジョン内に現れる。
「ツン! ウメ! 昨日ぶりなのじゃ!」
夏目は昨日我が家でツンとウメに顔合わせをさせている。三人は気が合うようだ。おばあちゃん系甘やかし体質のツンとウメ、老人しかいない集落で過ごした後遺症で言葉がおばあちゃんぽい夏目。うちのパーティー、おばあちゃん成分が多すぎはしないだろうか?
前衛はツンと夏目。その後ろに俺が歩き最後尾はウメ。
ツンは夏目と手を繋いでいる。
夏目が小さく、ツンがあまりに大きいので、手をつないだ姿はおばあちゃんと孫というより、散歩中の犬と飼い主のようだ。
ギギギ。
進行方向の岩陰からゴブリンが二体姿を現す。
夏目は驚き足を止めてしまうが、ツンが夏目を掬い上げ、左腕で片手抱きするとスピードを緩めず進行方向にいるゴブリンに近づいていく。
右手の鉄の棒で横薙ぎ一閃、ゴブリンたちは血飛沫に変わる。
「ふおおお! ツンはすごいのじゃ!」
夏目にキッラキラした目でほめられ、得意げに顎を上げるツン。その間も歩みは止めない。
夏目を片手抱きしたまま歩みを止めず、どんどんゴブリンたちを狩っていくツン。そのたびに夏目は歓声を上げ、ツンはどんどん調子にのり、よりゴブリンを狩る。
いつも以上の成果ではあるが、今日の目的を一切はたせていないので、ツンにストップをかける。
「夏目の力が通用するか見たい、ツン、次出たゴブリンを一匹だけ残してくれ」
別に夏目と一緒にダンジョンダイブするだけなら、このままでもいいのだが、探索者にはレベルアップがある。ツンやウメの攻撃で殺した場合俺はレベルアップの恩恵にあやかれるが、夏目は違う。
ツンとウメは俺のスキルで、夏目には関係ないのだ。夏目がレベルアップするためには夏目自身の手でゴブリンを殺す必要がある。
ツンに片手抱きされている夏目の顔に緊張が走る。
「夏目、やれるか?」
「おおおお! ま、まかせるのじゃ!」
夏目だってわかっている、ここまでの強者に囲まれレベリングできる幸運はそうそうない。それに夏目が探索者と生き残るにはレベルアップして基礎体力を上げる以外ない。スキルホルダーが一般人として生きにくいこの世界で、夏目は探索者になるしかないのだ。
ツンは夏目を抱いたまま歩き出す。
俺もツンに続き歩き出す。
夏目は、先端を研いだスコップの柄を、ギュッギュッと何べんも握り直している。
ギギギ。
ゴブリンの泣き声がきこえる。
ツンが足を止め、夏目をそっと、やさしく、地面におろす。
目の前に現れたのは四体のゴブリン。
「ツン、こん棒を持ってるやつを残せ」
俺の指示にツンは振り返り大きくうなずく。
ビュンビュン!
ツンが二回鉄の棒を横薙ぎに振ると。こん棒を持ったゴブリン以外が血飛沫と肉片になり消し飛んだ。
一瞬で周りの仲間が消し飛んだこん棒ゴブリンは、目を見開き、呆然と立ち竦んでいる。好機だ。
「いけ夏目!!」
「うおおおお!!」
気合の雄叫びをあげながら夏目は渾身の前ローリング。
いつもはコロンという感じの夏目のローリングだが、気合と覚悟がそのスピードを上げグルン! グルン! と土煙を上げ二回転。
五メートルの距離を一気に詰め、スッと差し出すように突き出したスコップの先端がゴブリンの胸に吸い込まれた。
ケーキにフォークを差し込むように軽やかに、スコップの刃は半ばまでゴブリンの胸に突き刺さっている。
「夏目引き抜け!」
「刺さりすぎて引き抜けんのじゃ!」
ゴブリンはまだ絶命していない。
手に持っていたこん棒をゆっくりと振り上げている。
自分の命を絶つ一撃を加えた目の前の夏目を、絶対に道連れにする。ゴブリンの目には強い意志を感じた。
「スコップを離せ夏目!」
「緊張で手が動かん!」
助けなければと夏目に向かい走ろうとした瞬間、ツンが鉄の棒を一閃、振り上げていたゴブリンの棍棒が手首ごと消失した。
ゴブリンは自分の手首から先がなくなっていることに気がつかず、ブンと夏目に向かい腕を振り下ろし、そのまま脱力して夏目に覆いかぶさりように絶命した。
ゴブリンの死体と共に倒れこんだ夏目はモジモジゴブリンの死体の下から這い出し、俺に向かい両手をあげて叫んだ。
「タカシ! 討ち取ったじょー!」
嬉しそうに目を細め猫のような笑顔で叫ぶ夏目。まだガタガタ震えるその両手は小さく頼りないが、自分で生きる道を勝ち取った手だ。
俺は夏目の手を見て、強い手だと思った。
「タカシ! 討ち取ったじょー!」
夏目はもう一度叫ぶ。
ツンに抱き上げられ、高い高いのように持ち上げられ祝福される夏目。
「タカシ! 討ち取ったじょー!」
もう一度叫ぶ。
うん、夏目、嬉しいのは分かるけど、それじゃ俺を打ち取ったみたいになるからやめてね。
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