第4話ツン、強すぎんか?
横浜ダンジョンは桜木町駅から海側、前の世界では「みなとみらい」地区と呼ばれていた埋め立て地域にある。
この世界では埋め立てされる前にダンジョンが出現し、地形が隆起して陸地になったようだ。
桜木町駅から海側の土地には探索者専用宿泊施設や、武器を扱う店、飲食店やハロワのようなダンジョン内での職業斡旋をする公共施設が犇めいている。
さくら通りを直進すると大きな三角形の白い建物があり、その下が世界的メジャーダンジョンである横浜ダンジョンの入り口になる。
俺はダンジョン入り口に入る手前、大きな衣料販売店「ウミクロ」に入る。
この店は日本全国八百店舗を持つファストファッションの雄、大アパレルなのだが、ダンジョン事業にも力を入れ、それまでオーダーメイドでしか手に入れられなかった防護服を安価で大量に販売していた。
それでいても中々の値段なのだが。
店に入り、防護服のコーナーに足を進める。
特殊繊維でできている防護服は防刃防火に優れ、機能的で動きやすい全身タイツのような代物だ。基本探索者はこの防護服の上に鎧やプロテクターなどを装備し、探索する。
防護服上下合わせて十一万、靴下と手袋、頭を守るバラクラバを合わせて六万、合計十七万円なり。
これでも一流探索者が着るオーダーメイドの防護服の二十分の一以下だ。
試着室で全部を着て鏡の前に立つと真っ黒な全身タイツを着た人前に出せたもんじゃない姿の自分が映る。
このままじゃダンジョンどころ道も歩けない。
しかし、今の予算ではこれ以上の装備、鎧やプロテクターを買う金はない。
仕方なくスポーツギアのハーフパンツと少し大きめのフーディーを買う。
近くの中古装備屋でブーツを買おうとしたが、それも高すぎて、一般的なスポーツギアの黒のテニスシューズを買う。それ以外にニット帽と三十センチのマグライト、刃渡り十五センチのコンバットナイフ、タクティカルベルト、頑丈そうなバックパックにもなるメッセンジャーバックを買う。
買ったものは全部黒、黒が好きなわけじゃないが、黒が一番多く品ぞろえがありそして安価だったからこうなった。
父親にもらった三十万がこの時点で一万二千円しか残っていなかった。
ベンチに座り、軽くなりすぎた財布に絶望していると、ツンが陽炎から腕だけを出し慰めるように俺の頭をなでてくれた。
◇◇◇◇
ツンに慰められ、ファストフードのハンバーガーで腹を満たし、気分を入れ替えダンジョンの入り口、白い三角形の建物に踏み込む。
入り口のエントランスは高級ホテルのよう。そこに鎧や武器を持った探索者たちがウロウロしており違和感がすごい。
受付で今からダンジョンに初アタックをする特別職能訓練施設横浜校の生徒だと告げると、スーパー銭湯やサウナにあるような手に巻き付けるロッカーのカギを受け取り、そこに書いてある番号のロッカーに荷物を入れるよう案内される。
更衣室に移動し、買ったばかりの装備を着こみ、奥に移動すると、そこに真っ白な二十メートルはある観音開きの大きな門があった。
門は半開きになっておりそこから人が出入りしているので、ここがダンジョンの入り口なのだろう。
俺も前の人間に続き、少し込みあっている半開きの門を通る。
ダンジョンの中はものすごく広い岩をくりぬいたようなドーム状の広場だった。
何人もの人間がかがみこみ、シャベルで地面を掘っている。
横浜ダンジョンの案内に書いてあった通り、ここは緩やかにリポップする小さな魔石と呼ばれるエネルギー集合体を採取するエリアらしい。
深く潜る能力のない探索者や俺のようにそもそもスキルの数が少ない探索者の仕事は深く潜る探索者のサポート要員になるか、ここで地面を掘り、安価で買い取られる小さな魔石を手に入れるしかない。
俺にこの採掘仕事はできない。
個々の地面を掘るにも、スキル「腕力強化」や「筋力強化」と呼ばれるスキル保持者ならほとんどの者が持っているスキルがないと硬くて手が出ない。
ツンを出して掘ることはできるかもしれないが、できるだけ、自分の能力は隠しておきたい。何せ俺はパブリックエネミーだからな。
地面を掘る採掘者たちを尻目にドーム中心に伸びる踏み固められた道を進むと、岩でできた階段が見えてくる。横に二十人並んでも降りられそうなほど広い階段。
俺はその階段を降り、ダンジョン地下一階部分に足を踏み入れる。
ダンジョン地下一階部分はここも岩をくり抜いた坑道のような造りで、光源もないのに薄っすら明るく、少し肌寒い。
坑道の道はまず三つに道が分かれ、その先それぞれ四つに道が分かれていると横浜ダンジョンの案内に書いてあった。
一番人気は真っ直ぐ進み続ける道で、そのまま進めば地下二階へ行く階段に行くようだ。
俺はできるだけ人気が少ない道を選び、二十分ほど歩くと、周りには誰もいなくなった。
「ツン」
俺が呼びかけると、骸骨のツンが陽炎のような空間から出てくる。
「ツン、お前の能力が知りたい、戦ってくれ」
ツンは優しく俺の頭をなで、前を向き歩きだす。
右手には鉄の棒、左手にはなぜか俺の右手をつかんで。
百七十五センチの俺と二百五十センチのツンが手をつないで歩くと、幼児と親のようだ。
ツンは俺が幼児のように駆け出したりすると思っているのだろうか?
そこまで幼稚ではないと自分では思っているのだが。
数分歩くと、ぴたりとツンが足を止める。
手を離し、前から来る何かから隠すように、俺の前に出る。
ギギギ。
現れたのはゴブリンと呼ばれる小鬼だ。
小鬼と言っても百五十センチほどの身長と、手にはこん棒や剣などを持ち、筋力は普通の人間より全然強い。
つまり俺より、全然強い生物ということだ。
そのゴブリンが四体、目の前にいる。
殺意をもって、俺を睨みつけている。
足が震えた、今まで感じたことがないくらいの純粋な殺意に。
その時、すっとツンが俺のほうを向き、目線を合わせるため膝を折り、俺を抱きしめる。ガチガチな骸骨ボディー、全く感じない体温。しかしすごくぬくもりを感じた。
そして恐怖を感じた。ツンは完全にゴブリンたちから目線を離し、背中を向けている。
「ツン! 後ろ!」
ゴブリンたちは好機とみて一斉に飛び掛かってくる。
背中を向けたツン、飛び掛かる四つの影、それを見ている自分、絶対に死んだ。そう確信した。
その時ツンが俺を抱きしめている圧がすっと緩む。
腰骨を中心に上半身だけを百八十度回転させ、右手に持つ金属棒がしなるほどのスピードで一閃、横薙ぎの一撃はゴブリン四匹を爆散させ、血は血飛沫にとなり赤い霧を作り、肉は粉々になりものすごい勢いで壁に激突し、あまりの勢いに壁を削り土煙が立っていいた。
唖然と土煙と血飛沫を見つめている俺にツンはまた目線を合わせ、抱きしめ、頭をなでた。よしよしと泣いている我が子をあやすように。
ツン、強すぎんか?
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