第3話世界に嫌われている



 クソが、顔中が痛え。


 家の前で母親を突き飛ばしたクソ女の胸ぐらつかんだら、警察に魔法で顔面焼かれて押しつぶされ、失神して今は留置所の中にいる。

 近所の人間が言い争う声を聴き、警察に通報し、通報を受けた警官がクソ女の胸ぐらつかんで恫喝している俺を発見。検挙という流れだ。

 この世界には探索者なんて危険生物がいるため、国家権力も物騒なようだ。

 

 マジで、両親が生きている以外、クソみたいな世界だ。


 檻の中でイライラ貧乏ゆすりをする。

 顔面に包帯グルグル巻きの男に、酔っぱらって喧嘩した罪で一晩の反省所として留置所の中にいたリーマンがガタガタ震えている。


「出ろ」


 耳が餃子のようにつぶれて、体重百六十キロはありそうな警官に命じられるまま檻を出て狭い部屋についていくと、そこに手に包帯を巻いた母親と悲しそうな顔をした父親がいた。


 ゆっくりと二人は俺を抱きしめる。

 俺は二十年ぶりに合った両親を泣かせてばっかりだな、と、胸が詰まり二人を抱きしめる。


「ごめんなさい」


「いやタカシくんは悪くないよ」


 父親は悲しそうな細い声で、それでも絶対自分は間違っていないと芯のある声で俺に返事をくれた。


「今回、先に手を出したのは先方ということで、示談になった。もう帰っていいぞ」


 警官がそういうと、ドアをあけて、もう出て行けと態度で示す。


 俺と両親は抱きしめあい、体を寄せ合い、一塊になって部屋を出て、警察署を出て、家に帰った。


 母親が、俺が頭を打っているのだから、夜中に急変する恐れがある、だから一緒に寝ようと譲らなかったので、二十年ぶりに家族三人、リビングに布団を敷いて川の字で寝る。

 父親、俺、母親と並び、三人で天井を見つめる。


「父さん、俺はゆみに、何をしたんだ?」


 良い機会なので、この世界に来て最大の疑問を投げかける。


「タカシちゃんは何もしてないわ!」


「そうだぞ! タカシくんは被害者だ!」


 寝ていた両親がガバッとすごい勢いで上半身をおこし、俺にのしかかるように抱きしめた。


「俺は、よく覚えてないから、知りたい」


 よく覚えていないというか、全く知らないのだが。

 俺の体から体を離し、ふうとため息をつき、怒りを収めようとする父親。


「この話は、明日しよう。長くなるからね」


 と言ったので、その先はきけず、目を閉じた。


 病院で血を抜かれ、燃やされ、のしかかられ失神した体はものすごく疲れていたようで、そのまま俺は、深い眠りに落ちていった。 













 チリチリと耳障りな音と、ビニール袋が燃えるような悪臭で目が覚める。

 目を開くと、窓から入ってくる真っ黒な煙が渦を巻いて天井も見えず、リビングの壁紙が、外からの熱気に耐えられず、チリチリと燃え出していた。


 家が燃えている。


 俺が元いた世界では二十年前におきた、実家の火事。

 両親の命を奪った不審火。


 炎は家の外からやってきていて、完全に放火だろう。

 寝ている両親をおこそうと布団をめくると、寝ているのとは全く違う脱力した二人の体。

 煙を吸い込んだのか、意識がない。

 首を触り脈をとる、生きてる。

 親指を舐め、鼻の下にもっていく、呼吸もある。


 母親を左肩、父親を右肩に担ぎ、廊下に出るためリビングのドアをけ破ると、一気に炎が襲い掛かってきた。


 バックドラフト。


 廊下はすでに燃えており、酸素が足りなくなっていたのだ。そこにリビングの空気が一気に流入し、火炎放射器みたいな火柱が俺と両肩にのっている両親に襲い掛かる。


 すごくゆっくりに感じる。

 まだ、炎は俺に到達していない。

 これが死の寸前、時間がゆっくりになるというやつか。


 俺は、生きたいと思った。


 両親を、生かしたいと思った。


 二十年ぶりに再会した両親のぬくもりを、もう手放したくないと思った。

 なんでもいい! 俺を助けろよ! 俺はまだ足りない! 



 俺は空っぽのままなんだよ!



 目の前が真っ黒になる。

 あ、死ぬな。

 そう思った瞬間、バチバチバチ!と何かがはじける爆音と溶接作業を目の前二センチで見せられるような閃光が俺の鼓膜と網膜を襲う。


「うごおぉ!」


 スタングレネードばりのショックを受けた俺は両肩の両親をかばうように抱きかかえリビングの床に転がる。


 耳が、目がというより首から上が全部痛い!


 あまりのショックに頭を抱えのたうつと、体に何かが巻き付く。父親か母親が気がついたのかと一瞬思ったが、もっとゴツゴツしている。

 体に巻き付いたのは腕だ。そしての腕に俺が抱きしめている両親ごと持ち上げられる。

 目も見えず、耳もきこえないが、運ばれているのが分かる。

 肌に感じる空気が冷たくなる。家の外に出たのだろう。見えない目から涙が零れ落ちる。

 助かったのだ。胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込み、そのまま失神した。

 

 失神する寸前、今日二回目の失神だなと思い、少しクスッと笑ってしまった。



◇◇◇◇



 総合病院のロビーで父親と母親と俺の三人は退院の手続きの順番待っている。


 俺は動き回っていたので色々火傷をしていたが、両親はほとんど外傷はなく、煙を吸い込んでおこる低酸素脳症による後遺症もなく、火事のあと検査や経過観察で三日間の入院、本日三人そろって退院となったわけだ。 


 ロビーの硬いソファーに三人並んで座り、ぼうと受付の順番が表示される電光掲示板の見上げながら、オレンジジュースのペットボトルを父親から母親、母親から俺と回し飲みしていると、一番最初に飲んだ父親が、キャップをくるくると手の中で弄びながら、

「もう、引っ越そう」

 と、言った。


「タカシくんは特別職能訓練施設に行くんだろう?」


「ああ、スキル取得者は、ダンジョン潜らないと、生きづらいらしいから」


「なら、特別職能訓練施設がある横浜に行こう」


「そうね、もうタカシちゃんと離れたくないわ」

 そう言って母親は俺の手をつかんだ。


「それで、ゆみの話、きいていい?」


 俺がそう言うと、両親はさっと目をそらした。



◇◇◇◇



 新しい家は安アパート、横浜駅から相鉄線で五駅、そこから地獄のような坂を上り切った先にあるワンルーム八畳家賃四万五千円の物件である。


 家族さんにで住むには全然スペースが足りていないのだが、父親の仕事が安定するまで我が家には金がなく、仕方ないのだ。

 父親の職業はクロス屋で、現場に入り内装を手掛けているひとり親方である。

 土地が変われば人の繋がりが一新されるため、なかなかいい仕事が回ってこず四苦八苦なはずなのに、元気ハツラツと母親が作った弁当を持ち朝早く出かけていく。母親も近所でできるパートを探しているらしい。


 俺は特別職能訓練施設横浜校に入学した。


 そうそう、ゆみの話。

 しぶしぶ両親が話してくれた。

 ゆみは俺と同じ時期にスキルを得て探索者養成高等学校に入学したらしい。

 ゆみの得たスキル数は十八個。

 平均的な数字で、エリートコースである探索者養成高等学校に入学できるはずがなかったのだが、俺に頼み込み、新種のスキル「万願成就」保持者である俺のサポート要員として入学が許可されたらしい。

 しかし、俺の「万願成就」はポンコツで、未発動スキルだったため、ゆみの存在意義が疑われることになる。


 そこでゆみは乗り換えた。エリートコースの中でも超エリート五十個のスキルを保持する男の女になり、俺の悪評を振りまきまくった。レイプされたとか、日常的に暴力を振るわれていたとか、とかとか。


 そもそも俺とゆみは付き合ってすらいなかったようだし、母親がゆみの母親と仲が良く、そのツテで頼まれ、断り切れなかっただけのそんな関係だ。仲が良かったのかすら怪しい。

 まあゆみも自分の立場を作るために必死だったのかも知れない。ここまで話が大きくなるとは考えてなかったのかもしれない。


 しかし、このゆみの嘘がとんでもない結果を生む。


 ゆみの新しい彼氏、超エリートくんがゆみの嘘を信じ切り、俺を社会的に排除しようとしたのだ。この超エリートくん、父親も超エリート探索者で社会的地位が高く、父親の権力を使い、探索者界隈で俺は最高のヴィランとして喧伝され、ソーシャルメディアで炎上し、俺はレイプ暴力野郎プラス無能探索者として世間様に蛇蝎のごとく嫌われるようになった。


 そして引きこもったわけだ。


 そりゃ引きこもるわな、いきなりパブリックエネミーになったわけだ。


 そしてその嘘は今でも生きている。


 俺はまだパブリックエネミーであることを特別職能訓練施設横浜校に入学し、初めての授業で体感した。

 特別職能訓練施設横浜校はスキル十個以下の探索者が関東近郊から集められ養成される。なぜ横浜にあるかというと、横浜にはダンジョンがあるからである。

 全世界にダンジョンができたと言っても、その数はさほど多くない、全部合わせても百は越えない。日本には五つのダンジョンがあり、そのうちでデカく、多くの資源が取れて、多くの探索者が潜る世界的に認められたメジャーダンジョンが二つ。ここ横浜と愛媛の松山にある。


 訓練するなら現場の近くで。これが特別職能訓練施設が横浜にある理由だ。無論松山にもあるらしい。


 俺は授業初日、横浜市西区の中心街から外れた掃部山にある校舎に行くと、

「スキル数五個以下の生徒は二番教室へ、一個の生徒は三番教室へ、それ以外の生徒は一番教室へ」と書かれた張り紙を見て、三番教室に入った。


 教室の中には俺一人、三十分待とうが、一時間待とうが誰も来ない。


 仕方なく学校の事務局に顔を出し、事情を説明すると、事務員は嫌な顔をして、


「訓練施設は教師不足でね! 君のような無能にまで手をかけられないんだよ! 単位が欲しかったら勝手にダンジョンに潜ってきなよ! 持ち帰ったアイテムの換金した金額がそのままそのまま単位になるから!!」


 と、いくら換金したら何単位なのかが分かる紙一枚を俺に投げよこし、早く出ていくようシッシッと手でジェスチャーをした。

 


◇◇◇◇



 教室に帰り、もらった紙を見る。


 数十万で一単位、卒業までの単位を全部買うには総額二千万ほどをダンジョンで稼がなくちゃならない。

 一流の探索者なら月の売り上げ、そこそこの探索者なら年収ぐらいの金額だ。

 一つしかスキルがなく、それも未発動スキルの俺が稼げる金額じゃない。


 こりゃ、留年留年で強制退学でも狙っているのか?


 まあ、もう俺のスキルは未発動ではないのだが。


「伽藍堂、入り口を開け」


 俺がそう言うと、目の前の空間がゆらゆらと陽炎のように揺れ、そこからぬるりと身長二メートル五十はある骸骨が現れる。

 手にこの世界の俺が振り続けた二十キロはある鉄の棒を握り、伽藍堂の目で俺を見下ろしている。


 そう、火事の中俺と両親を助けたのはこの骸骨だった。


 三人を抱え、火を物ともせず燃え盛る家から脱出、消防車が来るまで意識がない俺たちを守っていたらしい。

 消防車が来た時点で俺の中に消え、だれにもその姿を見られていない。

 病院で目を覚ました俺は、自分がこのスキル「伽藍堂」を使えることが本能的にわかった。

 入院中誰も病室にいないときに「伽藍堂」を発動すると頭の中に「1/1」と文字と共にこの骸骨が現れた。


 この骸骨は、俺の命令をきくが、薄っすらと意思もあるらしく、必ず俺を守ろうと行動し、俺が快適に過ごせるようサポートしようとする。

 例えば、俺が転びそうになる。

 そうすると空間が揺らぎ、この骸骨が腕だけだし、俺を支えたりする。


 俺が食事中あやっまって箸を落とすと、すっと腕だけだし、箸を受け止め俺の手元に運んでくれる。

 朝、歯磨きをしようと洗面台の前に立つと、すっと腕を出し、洗面台の電気をつけ、歯ブラシに歯磨き粉をつけ、俺の口元に運び、俺が口を開けるまで待っている。口を上げれば優しくブラッシングを始める。


 うん、薄っすらと意思があると言ったが、ここまでくるとガッツリ意思があるようにも感じる。

 まるで守護者のように俺を守り、おばあちゃんのように俺を甘やかす存在、それが俺のスキル「伽藍堂」から生まれた骸骨だ。


 もう名前だってつけてしまった。


「よし、ツン、戻れ」


 骸骨のツンは俺の頭を一撫でし、陽炎のように揺れる空間に姿を消した。

 ものすごい保護者感がある。

 そんなわけで、今の俺には戦う力がある。

 ダンジョンで二千万稼げるかもしれない手立てがある。


 なら稼ぐしかないだろう。家族のためにも、俺自身のためにも。


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