オブジェを求めて
澁澤弓治
澁澤龍彦の夢
インフェスラの語るとによれば、一四八五年、ある労働者がアッピア街道を……
私はO・ワイルドの作品の一部を読み、ナイトキャップ(寝酒)としてウイスキーを水割りにして飲む。
酒が媒介となって、私はタイムマシーンにのったように夢想の中で、一四八五年、ローマへと向かった。
近頃、とある労働者がアッピア街道を掘り返しているとき、「クラウディスの娘ジュリア」と碑銘のある、大理石でできた古代ローマの石棺を発見したらしい。その中には死体防腐師により、まるで生きているような、15歳ほどの美しい少女の死体があったという。
ローマに持ち込まれた少女の死体は、目の前のドームの中にあるらしい。
私がドームに足を踏み込むと、純白の天蓋が目についた、ドームのてっぺんから吊るしているようだった。幾筋もの光芒が天蓋に差していた。少女のシルエットだけが、天蓋をとおし見えていた。私はその神秘のヴェールに吸い込まれるように、近づいた。
雲のような天蓋は私が手を近づけるだけで、スーと身を引いた。
白いコンクリートのドームの中、さらに純白の天蓋の中、純白のベッドの上で眠る少女の目は半ば開き、碧眼が垣間見えていたし、そのまわりに波うつ縮れた金髪の捲毛も清らかで、唇や頬からは匂うような少女の色がなお失せてはいなかった。少女の死体は本のとおりだった。
死体はどことなく、いつもアリスのようにつんとお澄まし、私の書斎に置いてある四谷シモンの少女人形のようである。
千年の時を経てもなお美しく艶かしい姿に私は久しぶりに感動し、思わず息を呑んだ。
こんな死体が並んだ墓があったら、と考えた程だ。
噂によると、この少女を中心にした宗教まで産まれる始末らしい。
一旦死体を離れ、私はドームの中を観察した、天井に小さな穴が規則的に並び、そのお陰で光芒が差す仕掛けらしい。決まった日の決まった時にしか光芒は差さないのではないか。
一度離れて、もう一度シルエットの死体を見ようと思ったときには光芒は既に差していなかった。
先ほどの私は随分と運が良かったといえる。
私は話の続きを思い出した。曰く法王が少女の死体を夜中に運び出して、こっそり埋めてしまったらしい。
もしかしたら法王、もしくは少女の信者や噂を聞いたローマの市民が、自身のコレクションとして盗んだのではなかろうか。そう考えるととなかなか愉快ではないか。
防腐処理が施されているということは、少女の中には既に脳も内臓も、何も入っておらず、空っぽの肉体に綿でも詰められているのだろう。四肢を動かせるといえど、球体関節人形のようにポーズは維持できないだろう。逆に言えばこのポーズで完成されているとも言える。
私が再びまじまじと少女の死体を眺めていると、走る足音がドームに反響した、見るにそれは盗賊のようであった。布で顔を隠し、服からは身分を読みとり難い。
盗賊は私には目もくれず、少女を丁寧に抱くと、膝の下と、首の下に手を回し、白昼にも関わらず、すたこらと去って行ってしまった。
私はあの盗賊がどこへ向かったか知らない。
一部引用、モデルにした澁澤龍彦の著書
澁澤龍彦コレクション2オブジェを求めて
私の戦後追想
高丘親王航海記
少女コレクション序説
オブジェを求めて 澁澤弓治 @SHIBUsawa512
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