ドルイドは草を刈る

矢木羽研(やきうけん)

小暑のツタ刈り

「街の近くなのに荒れてやがるなぁ」


 7月6日、小暑。空梅雨の蒸し暑い曇り空のもと、俺はC県S市某所の山林へ足を踏み入れながら、思わず独り言をつぶやく。


 若い頃はダンジョン探索士としてちょっとは名の知れた俺だが、還暦を過ぎてからは悠々自適である。たまたま知り合いに頼まれて今回の仕事を引き受けたのだが、探索でも討伐でもなく「草刈り」である。放棄されたダンジョン周辺の草を刈って見通しを改善し、怪異の横溢を防ぐのが目的である。


「しかし、今の若い連中にドルイドって言っても通じないんだもんなぁ」


 例の知り合いの息子が、ダンジョン探索をかじっているとかで少し話をした。しかし俺のクラスである《ドルイド》について説明しても、いまいち要領を得ていない様子であった。


「つまり、植物使いってことですか?」


 得意技を実践してやった俺に向けてそう言い放ったのを、苦笑いで飲み込むしかなった。動植物に水や大気、森羅万象を操る大ドルイドと呼ばれた俺も、今できるのはこのくらいだ。


「ま、それさえできりゃ仕事はあるわな」


 周囲に怪異や野生動物がいないことを確認した俺は、杖を地面に突き立て、念じながら呪文を唱える。2階建てほどの建造物をびっしりと覆っていたツタがみるみる剥がされていく。手作業だと数時間はかかりそうな規模だ。俺の術もまだまだ捨てたものではなさそうだ。


 一通り片付けたあとで入口付近を見ると、雲間から差し込む陽光に照らされて輝くものが見えた。どうやらボディアーマーのようだ。白銀色の輝きからして、希少金属の可能性が高い。


 俺はそれを持ち帰ろうとして、やめた。どうせ今の俺には必要ないものだし、そもそもドルイドに金属鎧などは似合わない。次に来るやつの戦利品として残してやることにしよう。荒れ果てた限界ダンジョンだらけのエリアだが、マシな宝が発見されたとなれば少しは人が来るかも知れない。


「後継者、育ててみるかねぇ」


 柄にもないことを口にしながら車のエンジンをかけ、例の知り合いと待ち合わせている寿司屋に向かう。今の時期はイワシが名物ということで、報酬代わりに奢ってもらう約束だ。息子クンも来るとのことなので、進路相談の一つでもしてやろうかなどと考えるのであった。

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