第8話 ははとむすめ (後)




「そ、それは…… 」



お母様の瞳は左上にあり、口元がこわばっています。

「貴女には、双子の姉がいるはずだったの…… 」

「はい? (それは、そういうことにしておくのだったわよね?)」

「エルーシアちゃんがいるのに、わたしは絶望の底にいたのよ」

「わたしが、いるのにですか? 」


「…… 」


無言のお母様にわたしは続けます。

「実は、わたしは公爵家の長女でない可能性もあるということですね。

それは、どうでもいい事ですが、お母さん夫婦が公爵家にご恩があるのではなく、ベルティンブルグ公爵家が伯爵家に恩があるという事でしょうか?」

「――それは…… 」

お母様は返答に困っているようですが、話しを続けます。

「それはね。家同士じゃなく、夫婦間と言うか……

そうそう。伯爵家の家長のレナウド様は国王と深い関わりがあるので、公爵家として、オッドリア伯爵家と仲良くするのは利があるのよ」


王家との関係ならば、ベルティンブルグは、公爵です。

王家と血縁ですよ。

わたしが、子供だと思って話しをそらしているのですね。


「お母様。わたしと一緒に生れるはずの姉が亡くなっていたので、ショックを受けてしまい、それを叔母様夫婦が精神的な苦痛を和らげることをしてくれたと言うことなのですか?」


「エルーシア。

私は個々に嫁いでから、貴女のお姉さんやお兄さんになる子を無事にこの世界に招く事が出来なかったの。

お腹の中にいる頃から、女神様に招かれてしまったのよ」

わたしは、口元は笑顔を作っているけれども、それ以外は寂しそうな表情をするお母様を見つめました。

「エルーシアを無事にこのベルティンブルグ公爵家に招く事は出来たけれども…… 」

お母様は、口元は笑顔を作っていますが、目元から水滴が溢れています。

「エルーシアを公爵家に招いたことは、大変嬉しいことだったのですが、一緒にこの世界に招く事が出来なかった子の事を考えると、深く落ち込んでしまったのよ」

お母様は、目元を拭いました。

「そんな私を、レーアが慰めてくれたの」

お母様は、わたしとファリカの間に移動して、二人の頭を撫でています。


 お母様の言葉はとても巧みです。

わたしがアルーシャお母様から生れたと言わずに、説明をしました。

この説明がわたしに嘘をつかないという彼女の良心なのかでしょうか?

そして、わたし自身が感情的になっていることを、不思議に思いながら言葉を繋ぎます。

「それが、オッドリア伯爵家、レーア叔母様一家と必要以上に仲良くする理由なのですね。

わたしは、今までお父さんとお母さんが、叔母様一家と仲良くするのを見て、ライナー様とリーサ様と良好な人間関係を構築していました。この先もそれを続けることが、ベルティンブルグ公爵家にとって有益である事を理解しましたわ」

お母様の手が止まりました。

「エルーシアちゃん。貴女は確かに公爵家の長女ですわ。

でもまだ十歳なのよ。公爵家の利害ばかり考えず、自分の気持ちを優先させていいのですよ」

「お母様。お気遣いありがとうございます。

しかし、わたしはお母様をはじめ、お父様やおじいちゃん、おばあちゃんに守ってもらってここまで大きくなりました。

その愛情を返すためにも、公爵家の利を考え行動します。

でも、どうしても受け入れられないときは、魔法をぶっ放して反抗しますわ」

わたしは、悪い表情をつくりお母様を見上げます。

「もう、言葉使いも考え方も十歳じゃないわね。

わたし達に恩を返す事よりも、貴女の心を大切にしてほしいわ。

この考えは私だけでなく、リカードや、義父、義母も同じ考えよ。

もっと子供らしくしてもいいのよ。エルーシアちゃん」

お母様は、わたしとファリカの頭に置かれた手を再び動かしはじめました。


そして、目を細めて撫でられていたファリカが、

「おねえちゃ… おねえさま。おかあさま。

ふぁりかと、おねえさまと、おかあさまも、いっしょにあたらしいまちにいくのです。そしてわたしとあそんでほしいのです」

ファリカの一言で食堂の空気が変わりました。


「あら、ファリカちゃんそれは良い提案ね。

それじゃ。食事が終わったら、クラーラに言ってメリアもホルダも一緒に行くように手配しましょう」

お母様の声に使用人の一人が頭を下げて部屋から去って行きました。

クラーラ達に連絡を入れているのでしょう。


数分後、準備が出来たと連絡がありました。

食事の終わったわたしはファリカの手を引いて公爵家の紋章をつけた馬車に乗り込みました。


 この馬車でベルティンの街を移動すると、頭を下げる人・祈りを捧げる人・「聖女様」と声をあげる人々が車窓から見えます。

(通学の馬車は大丈夫なのに、わたしが公爵家専用の馬車に乗ると街がこんな状態になってしまうのよね……)

わたしは頭を抱えていると、門番をスルーしてベルティンの街の外に出ました。


 新しく作った街に続く道路は、お日様が沈む方向ですが、僅かにお日様が一番高くなる方向寄りです。

道路の造りは、石畳ではなく、ロードローラーで土を固めたような見た目になっています。土属性の魔法使いが、魔法を行使して道路を硬くしています。

もちろん道路は僅かですが傾斜していて雨が道路横に流れるようになっています。

道幅は、馬車が四台分の幅です。片側二車線というのでしょうか。

そしてその横には歩行者が安全に歩行できるように、歩道を完備しています。

馬車が走る車線と歩道の間には水を流す水路、溝があります。

この道路は、お馬さんの排出物を処理する作業者が、土砂などの除去もします。

歩道の横には樹木を植えてお日様が歩行者に直接当たらないようにするのと風よけにしています。

景観もよくなるしね。


 道路から視線をあげて目的地の新しい街を眺めてみると――

「おやまのなかに、おしろがあるみたいなのです」(お山の中にお城があるみたい)

「そうね。ファリカちゃん。お日様が昇る方向以外は、森林に囲まれているわね」

お母様の発言にメリアが呟きました

「……杜の都?」

――って十歳の女児がなぜに『森』じゃなく、『杜』と表現するのよ。

メリアは詩人か!と心で突っ込み、

杜の都だと宮城県の県庁所在地になっちゃうけれど

「メリアその『杜の都』いいわね。

あの町を杜の都○○○としましょう」

「いいわね。いいわね。男性陣には、考えられない名称よね。

後でリカードに相談してみるわ」

お母様はウンウンと何度もうなずいています。


馬車は、その森の都に向けて、対抗四車線の道を西南西に向けて進んで行ったのです。

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