第29話(最終話) 【T子さんの文章】『永遠の陽溜まり』

「春花?

春花(はるか)?

何処に居るの?

また、こんな所で寝てたのね」

仔猫の横ですやすやと寝息を立てる娘の髪を、響子は優しく撫でる。


愛猫サクラの子、コウメと愛娘の春花は、産まれた時から大の仲良しだった。


仕事から帰宅した道哉に、

「最近、春花は自分が猫なんじゃないかと思っている気がするわ」

そう言うと、道哉は声を上げて笑った。

「案外、コウメの方が自分を人間だと思っているかもしれないよ」

「そうねぇ。

仲の良い姉妹みたいだものね」

そして、夫婦は顔を見合わせ、微笑み合う。


紫野家には、穏やかな時が流れていた。


3年前、道哉からのプロポーズを受け、晴れて夫婦になった響子と道哉。

そして、2年前には春花が産まれた。

ふたりに似て、とても可愛らしく利発な女の子。


何でも大人の真似をしたがり、その仕草や言動に、響子も道哉も思わず笑ってしまう。



春の嵐のような出会いから、様々な困難を乗り越え辿り着いた結婚生活は、笑顔の絶えないものとなった。



満開の桜の季節。

家族3人プラス猫1匹で、近所の公園にお花見に行く事にした。


公園まで桜並木が続く道を、春花を真ん中に手を繋ぎながら歩く。

コウメは道哉の腕の中、おとなしく抱かれている。


麗らかな春の陽射し。

爽やかな風が吹き抜け頬を撫でる。


やがて春花が自由になりたがる。

手を離してやると、駆け足で前に進んでいく。

首からストラップで下げている銀の御守りが、ゆらゆら揺れる。


響子はバッグの中の赤い御守りを思わず握りしめる。

空いた手を、道哉の手に絡める。

道哉が手を握り返す。

見つめ合い笑顔を交わす。


コウメが道哉の腕から降りて、春花を追い掛けていく。

その姿を眺めながら、この穏やかな時間が永久に続くと確信する。



幾度も訪れた春の嵐。

それは結果的に、絆を強くした。

愛する気持ちをより強固なものにした。



おそらく誰の人生にも、大なり小なり嵐が起きて、過ぎ去った後には、こんな風(ふう)に晴れ間が戻ってくる。



これは、そんな嵐を体現し真実の愛に辿り着いた、ある男女のお話。


―Fin―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『LOVERS&WEATHER(1)』突然の嵐~May Storm~ 陽溜まりの6匹猫【杉浦 佳代】 @6cats_sunny_place

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ