第28話 【私の文章】『真実の愛』
突然響子がホテルから、白煙の如く消失してしまった時は、もう再会してくれないのだろう、きっと現世ではこれで天河(てんが)の濁流に飲み込まれた、銀河の藻屑と化した儚い縁(えにし)に成ってしまったのだろうと必死に言い聞かせていた。
けれど、もう再びの巡り合わせの機会は訪れなかったとしても最愛の女性が何処かで笑顔で居てくれたら、細やかでも見知らぬ誰かと幸福を分け合ったり、美しい風景を見つめて感動の涙腺で淘汰させながら、生きていてくれることや少しでも願いが叶うことをそっと祈り続けたのだった。
奇跡というべきなのか、数ヵ月後に響子から連絡が有り、風光明媚に開港する故郷へと息を付く暇(いとま)もない程の汗を滴らせて急いだのだった。
しかし、予想外にも別離の言葉を告げられた道哉は、小刻みの咽び泣きを堪えて項垂れた顔を上げて立ち上がり、響子の目の前に歩み寄ると真っ直ぐに見据えて佇んだ。
「響子さんと別れるなんて、絶対に嫌です!!
貴女が傍に居てくれる人生しか考えられませんし、考えていません!!
僕が想いを伝えたのは、春の嵐が吹き荒れる時期でしたよね。
既婚者だった貴女に打ち明けるなんて、本当は烏滸がましかったかもしれません。
でも、あの時、想いを伝えて良かった、選択は間違っていなかったと、今ではそう言えます!!
秘密の恋という意味も有りますが、ミモザには『真実の愛』という花言葉も有りますよね。
数え切れない出逢いを繰り返しても、今まで女性を心から愛するという意味が解らなかった、ろくでもない僕が、貴女と出逢って『真実の愛』を教えてもらいました!!
こんなにも穏やかな時間に包まれながら、温かな心境で誰かを切なくなるくらい慈しみながら、愛を育むことの眩(まばゆ)い煌めきの美しさを心から知りました。
もし、春の嵐が吹き荒れた時は、響子さんが転ばないように両手で確り掴まって歩いていける頑丈な杖に成りたい。
雨が降った時は雨宿りができる屋根に成りたい。
マイナスの感情に押し潰されそうに成ったら、その悲哀や怒りを全部僕に下さい。
響子さんの人生の航海が無事に終始できる穏やかな波のような存在で居られる、安息の居場所のようなそんな男で有りたいです。
もし、僕が先に死んだら、早朝の鳥に成って囀ずりながら目覚めの手伝いをして、
昼は浮遊する雲に成って、空を漂い様子を見に来ます。
夜はどんな時も明るく照らす月光に成って、寝顔を見つめていたい。
残りの人生を響子さんと歩んでいきたい!!
お婆さんに成った姿もずっと近くで見つめていたい!!
絶景の風花雪月と歳月の四季を眺めながら、一緒に年を取らせてくれませんか?」
人生の轍を歩む伴侶は、響子しか居ない!!
もう、この人の居ない未来は、朽ち果てた泥水を舐めながら、煤だらけの顔で古い布に身を包んで、亜熱帯を彷徨しながら行き倒れて微動だにしない自分の終焉を見ているようで有った。
未だ返事を聞いていないというのに、秘かに用意していた、『真実の愛』とそれを護り抜きながら貫き通すことが叶うという言い伝えが有る石言葉のローズクォーツと、アメジストにルビーを散りばめた特注品の婚約指輪(エンゲージリング)を忍ばせた右ポケットに目配せしたのだった。
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