背中合わせの青い春

pan

遅い夏

 慣れ親しんだ駅のホーム。

 学校にいた時間の方が長いはずなのに、ここで過ごした時間の方が長かったように感じる。


 このベンチに座って本を開いたのは何回目だろう。

 ここでどのくらいの時間を過ごしたのだろう。


 そう考えるだけで、胸が苦しくなる。


「あ、東雲さん」

「戸村くん、どうも」


 彼は淡白な挨拶をして、私の後ろにあるベンチに座る。


 背中合わせに座る彼、戸村俊は同じ学校に通う男子。

 運動部であるにも関わらず、学業もおろそかにしない。文武両道という言葉に相応しい男子。

 

 容姿は、あまり覚えていない。

 学校が同じといっても、6クラスあるからそもそも会うことの方が少ない。移動教室であっても、合同授業であっても。


 だから、彼と関わるのはこの時だけ。

 こうやって背中合わせになって会話をするときだけ。


「東雲さん、卒業おめでとう」

「そちらこそ。卒業おめでとう、戸村くん」


 妙にぎこちない言葉を交わし、私はカバンからはみ出した筒を見た。

 

「早いもんだね」

「確かにそうね」

「あれから2年以上だもんね」


 彼が言っているのは、おそらく私がしおりを落とした日のことだろう。

 そのしおりを彼が拾って、このような奇妙な関係が始まったのだ。


「そういえば、東雲さんは学校での思い出なんかある?」

「私は、やっぱり修学旅行かしら」

「お、よかったよなー。俺は部活と学校祭だな。特に最後の学校祭は――」


 彼が会話の主導権を握ることがほとんどだ。

 それは単純なことで、私には彼に話せることなど持ち合わせていない。


 部活にも入っておらず、友だちも少ない。こんな私にとって、彼は光みたいなもの。そこに陰りを入れてしまうことなど出来るはずがない。


 私は彼の話に耳を傾け、駅のホームで電車を待つ。たまに相槌を挟んで。

 これが私の日常で、思い出だった。


「そういえば、東雲さんに定期テストで勝ったことなかったな」

「ふふ、確かにそうね」


 私は勉強は得意な方であった。

 と言っても、勉強と読書だけが取り柄の私だから当たり前だ。


 それでも彼は食いついてきた。

 廊下に貼りだされた順位の一つ後ろにはいつも彼がいた。


「そういえば、何の本読んでるの?」

「ふふ、教えないわ」


 彼から何回か聞かれたことがある。

 でも、私は読んでいる本のことは教えない。


 その度に彼は「また聞けなかったー」と嘆いている。

 背中合わせなはずなのに、顔が目に浮かぶ。


 その姿を想像するだけで笑みがこぼれてしまう。


「そういえば――」


『次は千葉行き、千葉行き――』


 彼の言葉を遮るようにアナウンスが響き渡る。

 少し間を入れてから、彼が口を開く。


「そういえば、まだ言ったことなかったね」

「なにかしら?」

「ずっと、楽しかった。それだけ。うん。それじゃ、またね!」


 背中からは足音が聞こえてくる。

 私の返事を待つことなく、行ってしまった。


 私も、楽しかった。

 そう言いたかった。


 私は、開いていた本を閉じる。

 もうこの本は開かないだろう。


 またしおりを落としてしまったら、どこまで読んだかわからなくなってしまうから。君との思い出を、落としたくはないから。


 明日から、彼のいない日常が始まる。

 



 ――これが恋だと気づいたのは、電車に乗ってすぐのことだった。

 



 



『背中合わせの青い春』(了)



 

 

 ――――――――――――――――――――――


 ○後書き


 お読みいただきありがとうございます。

 ☆評価や応援コメント等していただけたら幸いです。

 次の作品でまた会えることを楽しみにしています。

 

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