第7話 アマテラス
タケルたちの移動は遅々として進まなかった。定期的に巡ってくる偵察衛星の視野を避けながら、増援された索敵マシンの網をくぐり抜けないといけないため、少し進んでは建物などの遮蔽物の影に隠れる事の繰り返しだ。
「カネちん、もうちょっと、マシなルートはないの、こんなにちょびちょび進んでたら、到着まで数年がかりだよ」
「ヨミだって見えてるだろ、周りはダチョウだらけだ。もっと危険なイヌ型もうろついてるし、今まで見つからなかっただけでもたいしたものさ」
「カネオ、スピードはともかく、この調子で逃げ切れるのか?」
「ごめん、タケル、正直に言うと、もうそろそろ限界だ。どの選択肢も袋小路になっている。つまり敵に見つかるのは時間の問題だ」
「どうすればいい?」
「大きな危険が迫っている、おそらくAI強化型の人造人間が投入されるだろう、僕たちの出会ったことのない新型かも知れない。僕たちはアマテラスの力で戦うことになる。強い力を持った味方の存在がある。しかし、力だけでは勝てない。生き延びるためには場所が重要となる」
カネオの言葉は抽象的だ、未来はいくつかの選択肢の中にある。
「来るわ!」ヨミが警告する「イヌが5体こっちに向かってきている、ダチョウもたくさん、その後ろに人造人間も2体いる」
現在の状態でアマテラスに変化できるだろうか、できたとしても、どのぐらい保てるのか。あまり長い時間は無理だろう。タケルは逡巡する。融合変化は人数が多くなるほど強い力を生み出すが、難しくなる。二人融合は比較的簡単だが、多くは妖怪レベルの低級神だ。三人、四人で国津神レベル、五人融合ができるチームはかなり限られている。しかし顕現する神は天津神となり強力だ。そして六人融合ができるのは、タケルたちのアマテラスだけだ。顕現できれば神々の中でも最強レベルの能力だが。
「よし、みんな、アマテラスに
タケルたちはミキを囲んで半円をつくると跪いて祈りの姿勢を取った。
「祈ろう!」
ミキの心はがらんどうに見える。広いけれどなにもない場所のように。地面も空も灰色だ。タケルたちは一心に祈りの念を送るが、しばらくは何も起こらない、ミキの心に想いが届かなければ融合も変化もできないのだ。更に祈り続ける「届いてくれ」タケルたちの意識が重なった時、ふと気流を感じた。世界の奥からタケルたちに向かって風が吹いている、空に明かりも現れた、ぼんやりとした円盤がやがて強い光を帯びてくる、それはどんどん明るくなって、やがて日輪になった。ミキが覚醒し始めたのだ。光がタケルたちの心に差し込み、やがて思考と意識を繋げていく、自分と仲間たちの思考がだんだん区別できなくなっていくと、高いところから地上を見下ろしている事に気が付く。足元まで覆った緋袴に白衣、千早を羽織って、首から勾玉と鏡を下げ、手には剣を携えた、全高20メートルの威容。高天原の主宰神、
人類軍の指揮所ではにわかに動きがあわただしくなる。
「アマテラス、御堂筋本町北側付近に顕現しました」
「総力戦だ。ギガント投入急げ。テレポーテーション封止の結界を引いて包囲せよ。絶対に討ち漏らすな。これは人類の存亡をかけての戦いだ」
アマテラスの前に展開したダチョウ型、イヌ型のマシンが一斉に機銃を撃ち始める。ダチョウの撃つ5.56ミリ、イヌの撃つ7.62ミリ、共にアマテラスに命中してもダメージを与える事ができない。よく見ると機銃弾はアマテラスの体に当たる寸前に爆散している。アマテラスはサイコバリアをまとっているのだ。
アマテラスが胸に下げた
しかし、人造人間は倒れなかった。融合神と同じサイコバリアを展開しているのだ。人類軍では戦闘用サイオニックスーツと呼ばれている、この兵器は全高5メートルの巨人である。中世の鎧をまとった人間のような外観で、腹部にパイロットが搭乗して操縦する一種のロボットであるが、有機体とメカの融合したサイバネティック・オーガニズムであり、高度なAIが搭載されている。パイロットはAIと脳をナノマシンで直結して対話しながら行動を制御するのだ。しかし、一番の特徴は変異種の脳の構造に類似したサイオニクス回路の搭載によりサイ能力が発現できる点である。
二体の人造人間は片膝をついた姿勢になり右手を伸ばして手のひらをアマテラスに向けてきた。と、その手のひらからアマテラスの光撃に似た光線が同時に放たれた。光線はアマテラスの胸を直撃する。巨大なアーク放電様の火花が飛び散った。アマテラスが少し後退する。間髪を入れずアマテラスの光撃も人造人間に向かって放たれた。今度は光線は移動せず一体の人造人間に連続的に投射される。同時にパイロキネシスによる炎も人造人間を包み込んだ。光線も炎もサイコバリアに遮られて直接当たってはいないが、周囲に発生する熱が人造人間の体を覆う装甲に蓄積され、装甲がしだいに赤く変色してゆく。そして人造人間の動きが止まった。中の有機部品とパイロットを構成するタンパク質が熱変性した、つまり焼け死んだのである。もう一体の人造人間は不利を悟ったのか、身をひるがえすと、逃げ出した。
アマテラスは移動を開始した。歩いているというより空中を浮遊するような移動である。
緋袴に触れた瓦礫が吹き飛ばされている。「このまま逃げ切ろう」アマテラスを構成するタケルたちの融合意識は先を急ぐが、敵の仕掛けたテレポーテーション封止結界が慣性質量にも影響を及ぼしているため通常の動きもかなり重くなり思うように速度が出せない。その時、アマテラスの意識に危険信号が点灯した「何か、ものすごく危険なものが来る」
進行方向にあった高層ビルの影から、巨人が出現した。人造人間によく似た形だが、大きさはアマテラスと同じくらい、5、6階建てのビルディング並みの背の高さである。すかさずアマテラスは光撃を放つが、敵も強力なサイコバリアを展開しているようで、敵の体に届くかなり手前で光線は遮られてしまう。空気や瓦礫と反応した反中性子ビームが派手に爆発するが、巨人はまったく動揺する気配がない。
巨人はその巨体にそぐわない機敏な動きで、間合いを詰めてくると、巨大な剣を振りかざしてアマテラスに切りかかってきた。危ないところで身をかわすアマテラス。剣はアマテラスの背後にあったビルを切り付け、その壁面を紙のように切り裂いた。超振動剣である。
アマテラスも身に着けた剣を抜き放つ、鋼鉄をも寸断する縮退物質で形作られた名剣、
アマテラスは巨人の心を覗いてみる、二つの心が感じられた、一つはAI、もう一つは少年のようである。この少年がパイロットなのか。防壁が張ってあるので操るのは無理だが、声を送るだけならできそうだ。アマテラスは少年に話しかける。
「少年よ、なぜ戦うのです?」
戦っている相手からいきなり話しかけられて、驚いた様子が伝わってくる。だが強い調子で返答がきた。
「お前たちは人類の敵だからだ」
「私たちは敵ではありません、争いは望んでいないのです」
「嘘だ!お前たちは何人もの人間を殺した。街を破壊した。僕の母さんもお前たちに殺されたんだ。僕は絶対に許さない」
「先に私たちを殺し始めたのは人類の方、私たちは、ただ仲間を守り、生き延びたいだけ」
「タケシ!敵の言葉を聞いてはいけません」AIが割り込んでくる。
「もう戦いを止めて、共に生きる未来を探すべきときです」
「うるさい!騙されないぞ」
「念波防壁、展開します」AIが強制的にテレパシーを遮蔽した。もうパイロットの少年に声を届ける事はできない。分かり合う事はやはり無理なのか。
巨人は前にも増して、激しい攻撃を繰り出してきた。上段から切り付けてくる巨人の剣をなんとか天叢雲剣で防御したが、巨人は素早い動きで剣を切り返し、アマテラスの腕を天叢雲剣ごと薙ぎ払った。剣を握ったまま、アマテラスの両手首が切断された。
「痛い!」融合意識に鋭い痛覚信号が流れる。これ以上、ダメージを受けると、もう融合を保つ事はできない。最早これまでなのか。
その時、巨人の背後に、もう一つの大きな姿が立ち上がった。白い
「スサノオ、来てくれたのですか!」
アマテラスが呼びかける。スサノオは怪力のみならず剣技全般に優れ、特に居合斬りの達人である。「斬首」と叫ぶとスサノオは瞬時に十拳剣を抜刀し、背後から敵の巨人の頸部に正確に剣を打ち込んだ。剣がサイコバリアと衝突して派手な火花が散る。裂帛の気合で剣はサイコバリアを貫通し、巨人の首に届いた。頭部を切断する事はかなわなかったが、首の半分ほどに切れ込みが入り、頭部全体が斜めに傾いた。切断面からはみ出して切れた配線ケーブルに火花が踊っている。ダメージを与える事ができたのか。
しかし、巨人は素早く振り向くと、傾いた頭のままで、いままでと変わらないスピードと正確さでスサノオに向けて超振動剣を振り回してくる。どうやら頭部には心の座はなく、そこにある光学センサなどが機能しなくても十分に周囲を知覚できているようだ。十拳剣で受け止めるスサノオ。たちまち激しい剣技の応酬が始まった。どちらも巨体に見合わぬスピードで剣を振り回す。剣同士がぶつかるとお互いの振動が共鳴して、激しい火花放電が起こる。かわされた剣がビルや電柱などの構造物に当たると、構造物は簡単に破壊されてしまう。アマテラスも後退しながら光撃で援護をするが、巨人の体に当たる前に拡散され、いたずらに周囲の建築物などを破壊するだけの効果しかない。
「アマテラス、ここは我にまかせて、逃げろ」
スサノオが呼びかけてくる。アマテラスは両手首から先を剣ごと切り落とされており、物理攻撃ができない状態だ。手も剣も再生する事は可能だが、時間がかかる。
「スサノオ、感謝する。巨人は手ごわい、私たちと同じような力を使うから」
「我がこんなポンコツロボットに負けるわけないだろ」
スサノオの言葉は勇ましいが、戦闘力はほぼ互角の様子だ。むしろスピードは敵の方が早い。優れた剣術の技能で凌いでいるが、スサノオの剣はやや重く、押され気味になっている。
アマテラスは後退の速度を早めつつ、元の御堂筋を南下する。手と剣の再生も試みるがゆっくりとしか再生されず、戦闘に間に合いそうにない。テレポーテーションも封止結界に遮られている。どこかに結界を張っている人造人間がいるはずなのだが。
巨人は先ずはスサノオを倒す戦略を取った様子で、スサノオに攻撃を集中している。動作スピードで劣るスサノオは本体のサイコバリアにも超振動剣の直撃を数回受けて、エネルギーをかなり消耗している。パイロットと搭載AIの演算装置があると思われる胸部を狙って何度か突きを繰り出すが、全てガードされて、届かないのだ。エネルギーが減ってきたのか、スサノオの動きがだんだんと粗くなってくる。十拳剣を大きく振りかぶって打ち込むが、巨人は右手に持った超振動剣でそれを受け止めた。と、そのまま間合いを詰めてくる。左手には肩口のホルダから取り出したもう一本の短い超振動剣が握られている。そして素早い動きでその腕を伸ばしスサノオの胸を突いてきた。スサノオのサイコバリアが大きなアーク放電を散らしながら敵の剣の動きを止める。しかし巨人はそのまま恐ろしい力で剣を押し込んで来た。剣は次第にスサノオの体に近づき、ついにサイコバリアを貫通するとスサノオの胸に深々と突き刺さった。スサノオを構成する融合意識に痛みの感覚が走り、集中が保てなくなる。スサノオは崩壊し、巨人へのダメージを与えつつ、構成メンバーを遠くに飛ばして脱出させるため自ら爆散した。
「スサノオ!」
アマテラスが呼びかけるが、構成メンバーからの反応はない、みんな意識を失っているようだ。おそらく死んではいないと思われるが、爆発で散らばって飛んだとしても、敵の包囲網の中だ。全員が無事に逃走できる望みはかなり薄いと思われた。しかし、敵の巨人も爆発のダメージを受けたのか、動きを止めている。今のうちになんとかしなくてはと考えるが、剣の再生はまだであるし、再生できても剣技ではとうてい敵わない。アマテラスが得意とする光撃も通用しない。テレポート封止結界を張っている敵の居場所を見つける事ができれば、あるいは脱出できるかも知れないのだが……。
アマテラスは心の触手を伸ばして、周囲を探る。たくさんの敵意ある意識に囲まれている、AIも多いが、人間も混じっている。全滅させる事ができればとも思うが、融合変化が保てる時間がもうあまり残っていない。どの心が結界を生み出しているのか?おそらくは人造人間なら人間とAIがペアになっている筈……。
だが、止まっていた巨人が動き出した。頭は傾いたままであるが、もう、余裕を感じているのか、ゆっくりとした足取りでアマテラスに向かってくる。アマテラスは何度か光撃を放つが、火花が散るばかりで巨人がダメージを受けた様子は見られない。じりじりと後退するアマテラス、このままでは追いつめられる。
その時、アマテラスに組み込まれたタケルの記憶が、今いる場所の事を思い出す。「ここは御堂筋本町の交差点、我々は御堂筋の上で戦っている。とすると……」。アマテラスは近づいてくる巨人の足元を囲む半円を描いて光撃を放った。道路のアスファルトを光撃が切り裂く、すると道路に大きなひびが入り、巨人もろとも突然陥没した。地下に大きな空洞が、地下鉄の駅があったのだ。穴にすっぽりとはまった巨人が傾いだ頭でこちらを見ている。すかさず左右の高層ビルの根元に光撃を放つアマテラス、飛び散る瓦礫と轟音と共に、思惑通り、高層ビルが穴の上に崩落した。瓦礫に埋まる巨人。これで破壊できたとは思えないが、しばらくの時間は稼げたようだ。
人間とAIのペアになった意識を探すアマテラス。「見つけた」先ほど倒壊させたビルの後ろに祈りの態勢を取っている人造人間がいる。アマテラスは光撃を放つ、サイコバリアにあたって盛大な火花が飛び散る、しかし光撃を当て続けて、更にパイロキネシスで加熱する先ほどの戦術で攻撃すると、人造人間は赤熱し、その意識は消滅した。結界が解け、体が軽くなるのを感じる。
「逃げよう、できるだけ遠くに」アマテラスは静かに空中に浮遊すると、上昇を始めた。サイコキネシスで地面を押して浮いているのだ。ビル街を超えて浮き上がると、遠くに山並みが見えてくる。生駒山地である。融合を支える心的エネルギーは残り少ないが、まずはあの山まで。アマテラスは山並みに向けてテレポートする。木々に囲まれた空き地に到着したアマテラスは空気中に溶け出すかのように、ゆっくりとその姿を滅していった。姿が消えた後にはアマテラスを構成していた六人が佇んでいる。
「大丈夫か」タケルがみんなの顔を見渡して声を掛ける。みな疲れた表情をしているが、大事はない様子だった。ただ一人、ミキはいつもの表情のない顔がさらに白く紙のようになっている。と、パタリとその場に倒れこんだ。
「ミキ!」「ミキさま!」みなが駆け寄る。大柄なサルタがそっとミキを抱え上げる。
「どうやら、力を使い果たしたようやな」
「ゆっくり休ませてあげましょう」
「ミキのお陰で、ひとまずは人類軍の包囲網を抜けられたようだ」
「まだ未来は見えないけれど、僕たちの生存確率は大幅に上がったよ」
「まずはボクたちも休まないとね。おなかもペコペコだよ」
そして、タケル達は再び歩き始める。
偽神動乱記録―逃走 堂円高宣 @124737taka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます