朝からカツサンドを食べている美女と出会った

春風秋雄

モーニングを食べていると相席を頼まれた

いつもの喫茶店でモーニングセットを食べていると、店員が俺の席に寄って来た。

「お客様、申し訳ありません。ご相席をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、いいですよ」

この店は人気があり、この時間は混むので、相席はよくあることだ。ところが、そのよくある相席で、珍しく若い女性が目の前に座った。今まで何度も相席になったことがあるが、女性が座って来たのは初めてだった。女性は軽く会釈をして座り、メニューを広げた。モーニングセットを頼むのではないのか?と俺が思っていると、女性はアイスコーヒーとカツサンドを注文した。

カツサンド?朝から?

俺は思わず女性の顔を見た。綺麗な女性だ。まだ20代だろうか。ジッと見ていると、スマホから顔をあげた女性と目が合った。俺は思わず目を逸らした。

運ばれてきたカツサンドを女性は頬張りながら鞄から取り出した資料を見ている。これから取引先に営業に行くのかもしれない。カツサンドは「営業に勝つ」のゲン担ぎなのか、活力の補充なのか。

カツサンドを食べ終わった女性は、時計を見ると、時間になったのかカバンから社名が入った封筒を取り出し、その中に資料を入れた。その社名「田上工業」という名前には聞き覚えがある。確かうちと取引があった会社だ。でも、先月の会議で課長が取引会社を他の会社に替えると言っていた。女性は伝票を持ってレジに向かう。時計を見ると9時15分だった。俺は10時の会議に出れば良いので、ゆっくりとコーヒーを飲んでから出ることにした。


俺の名前は笹本光則。34歳の独身だ。この地域では名前が知られている笹本電子部品工業の常務取締役をしている。34歳で常務取締役と言えば聞こえは良いが、同族企業で社長の息子だから常務になっただけのことだ。笹本電子部品は祖父が起こした会社で、現在は親父が会長で兄貴が社長をしている。俺は大学を卒業すると有無を言わさず会社に入れられた。俺の意思はまったく聞いてもらえなかった。笹本電子部品は上場こそしていないが、大手メーカーに部品を供給していて、AI産業の波に乗り、業績はうなぎのぼりの企業だった。社員数も250名いる。俺は常務取締役といっても大した仕事はしていない。経営のことはすべて社長の兄貴がやっている。俺の仕事は社内の細かい情報を社長に提供することだ。各部署を回り、現状を把握して、改善点等があれば社長に進言する。言ってみれば社内の風紀委員みたいなことをしている。この仕事をこなすためには、各部署の主だった人たちに好かれることが肝心だった。そうしないと正確な情報が得られない。そのため就業時間中でもふらふらと各部署を回り、社員と冗談を言い合い、夜は誰かを連れて食事に行ったりキャバクラに行ったりしている。そこから得られる情報は貴重なものだが、社員からしてみれば、親の七光りで常務になって、遊びまわっている仕事が出来ない次男坊としか見られていないと思う。


喫茶店を出て会社に入ろうとすると、先ほどの女性が会社から出てくるところだった。女性は気落ちしているのか下を向いたまま歩いているので俺には気づいていない。そうか、うちから取引を打ち切られたので、取引再開の営業に来ていたのか。どうやら担当課長からは良い返事をもらえなかったようだ。ひょっとすると担当課長は会ってもいないのかもしれない。

俺は自分のデスクにつくと、パソコンを開き下請けの取引情報を見てみた。「田上工業」の取引情報を見ると、6年前から取引が始まり、昨年までは月に400万円ほどの発注をしていたのが、今年になり半分以下の取引になり、先月にとうとう取引を打ち切っていた。これは田上工業からしてみれば会社存続に関わる事態だ。あの女性がカツサンドを食べて意気込んで営業にくる気持ちがよくわかる。田上工業に代わり取引が始まった会社は「エヌエーエンジニアリング」という会社だ。単価を見ると、昨年は確かに田上工業よりも安く取引しているが、田上工業との取引を打ち切って単独になってからは田上工業の単価とさほど差はない金額だった。ということは品質の問題だろうか?

ふと時計を見ると会議が始まる時間だったので、俺は慌ててパソコンを閉じ、会議に向かった。


翌日いつもの喫茶店に行くと、少し離れた席に田上工業のあの女性が座っていた。今日もカツサンドを食べている。ということは、今日もうちに営業に来るつもりなのだろう。しかし、おそらくアポイントはとっていないだろうから、今日も門前払いされるのがオチだろう。女性は今日も資料を読み込んでいる。自社の製品の優位性を細かい数値で示せるよう暗記しているのだろう。俺は女性に少し興味を覚えた。断られても断られてもくじけない根性と、仕事に対する熱心さは見習うべきものだ。女性は昨日と同じ時間に席を立ってレジに向かう。店を出て颯爽と歩く後ろ姿に俺はしばらく見とれていた。


会社に入った俺は、まず工場の現場に足を向けた。「エヌエーエンジニアリング」の部品を扱っているラインだ。そこは現在のうちの主力部門だった。社員はいつものように俺が時間つぶしに来たと思っている。常富さんという熟練の年配作業員に声をかけると、笑顔で対応してくれた。

「常務、またさぼりにきたんですか?」

「事務所にいると兄貴がうるさいからね。こうやって現場にいて常さんと話している方が楽しいもの」

「ちゃんと仕事をしてくださいよ」

常さんは笑いながらそう言う。

「そう言えば、部品の仕入れ先を替えたけど、どう?使いやすい?」

「いやぁ、前の方が良かったですね」

「そうなの?品質はそれほど変わらないからというので、少し安いところに替えたんだけど」

「まあ、会社としては仕入れが安い方がいいのでしょうけど、品質面から言えば前の方がはるかに良かったですね」

「そうなんだ。苦労かけて悪いね。一度検討してみるから、しばらく我慢してくれよ。また飲みに行こうな」

俺はそう言ってその場を離れた。これは何かあるなと思った。

それから俺は社員から様々な情報を集め、どうやら担当課長がエヌエーエンジニアリング社からマージンを貰っているらしいことを突き止めた。俺は社長に報告して、仕入先を田上工業に戻すことを進言した。すると、社長は常務にすべて任せると言ってくれた。俺は課長がもらっているマージンの件は証拠がないので表に出さず、正当な品質の問題として取引先の変更をすべく動いた。担当課長は、仕入れに関わらない違う部署の課長に異動させた。


応接のドアをノックして中に入ると、女性は立ち上がり頭を下げた。

「この度は、ありがとうございます」

女性はそう言ってから名刺を差し出した。俺は丁寧に名刺入れの上で名刺を受け取り、自分の名刺を差し出した。

田上彩美(あやみ)。それが女性の名前だった。

「まあ、座って下さい」

俺がそう言って、ようやく田上彩美さんは座って俺を見た。

「あれ?この前喫茶店で相席になった方ですか?」

「覚えていてくれましたか」

「この会社の常務さんだったのですね」

「今日もカツサンドを食べて来られたのですか?」

「いえ、今日はこの時間でしたので、家で食べてきました」

今日は11時半に来てもらうようにしていた。

「そうですか。あの時、朝からカツサンドを食べていらしたので、よほど気合を入れて営業に行かれるのだなと思っていましたが、まさかその営業先がうちだとは思いませんでした」

「じゃあ、今回の件は常務さんのお力添えで取引再開ということになったのですね」

「私は現場の意見に従ったまでです。やはり品質の良いものを使いたいということでしたので」

「ありがとうございます」

それから新しい担当課長を呼び、今後の取引について細かいすり合わせをして、その日の打ち合わせは終了した。

「良かったら、3人でランチを食べにいきませんか?」

俺がそう誘うと、課長は愛妻弁当を持ってきているというので、田上さんと二人でランチへ行くことにした。

「かつ丼の美味しい店がありますけど、行きますか?」

「カツですか?行きます!」

「カツが好きなんですね?」

「大好きです」

馴染みの店へ行き、座敷に座ってかつ丼を二つ注文した。田上さんは美味しいと言って夢中になって食べている。

「田上さんは、田上工業の娘さんですか?」

「はい。大学を卒業して一般企業で働いていたのですが、どうしてもやりたいことがあって、会社を辞めて専門学校へ行っていたのですが、3年前に父が病で倒れたので、急遽学校をやめて会社に入りました」

「そうだったのですか。お父様のその後のお体の調子はどうなのですか?」

「何とか仕事には復帰しましたが、以前のような活力はなくて、今は無理をさせないように、外回りは私がやっています」

「他にご兄弟は?」

「私、一人っ子なんです」

「じゃあ、将来は田上工業を継がれるのですか?」

「まったくその気はなかったのです。父も俺の代で終わりにすると言っていたので、私は全然違う仕事を考えていて、それで専門学校へ行ったのですが、従業員もいるし、今会社を畳むわけにはいかないということで、とりあえず私が会社に入ることにしたのです」

「本当はどのような仕事につくつもりだったのですか?」

「私、美容師になりたくて、本当は最初から美容専門学校へ行きたかったのですが、両親が普通の大学へ行けとうるさかったので、大学のデザイン科に行って、卒業してから普通にOLをしていたんですけど、やっぱりどうしても美容師になりたいって思って、OLを辞めて専門学校へ行ったのです」

「そうなんですか。じゃあ、まったく畑違いの営業で大変でしょう?」

「右も左もわからない分野ですので、自分の会社の製品のことから勉強を始めました」

「喫茶店でも資料をずっと見ていましたよね」

「見ていたのですか?恥ずかしいです」

「恥ずかしがることはないですよ。営業という仕事はそういうものです」

「ありがとうございます。でもまだまだです。もっと勉強をしなくては」

「美容師になることは、もう諦めたのですか?」

一瞬、田上さんは言葉を飲み込んだ。変なことを言って、取引先に田上工業の将来を不安にさせる印象を与えたくないと思ったのだろう。気が回る女性だ。

「田上さん自身が将来田上工業からいなくなったからと言って、品質に変わりがなければ、うちとの取引に影響することはないですよ」

「ありがとうございます。私としては美容師の夢は小さい頃からの夢なので諦めたくないのですが、今の会社の状態を考えると難しいかなと思ってしまいます」

「なるほど」

受け答えも、考え方もしっかりした女性だ。俺は田上さんに対して好感をもった。


田上さんとは、会社でよく顔を合わせるようになった。担当課長との打ち合わせが頻繁にあるようで、たまに社長のお父さんも連れて来ていた。お父さんとも名刺交換をして、今度工場の見学に行きますと伝えた。

取引先の工場の見学にいくことはよくある。取引先の環境や、工程などを見学することは、これからの取引継続を円滑に進めるためにも必要なことだった。現場を見ればその会社の製品に対する思い入れや経営状況がよくわかる。田上工業へ見学に行ったのは、取引が再開してから1ヶ月ほどした日だった。田上工業は社員とパートを合わせて40名ほどの会社だった。小規模とはいえ、いきなり会社を畳めるような状態の会社ではない。娘の彩美さんが自分の夢を捨ててでも必死になって営業しているのが良くわかる。

ひと通り見て回ったところで、彩美さんが声をかけてくれた。

「常務さん、よかったら夕食を食べていかれませんか?」

取引先でお昼をご馳走になることはあっても夕食をご馳走になったことはない。しかし、この工場と彩美さんに興味をもった俺は、せっかくなので、夕飯をご馳走になることにした。

彩美さんのお母さんが作ってくれた料理は家庭的なもので、兄貴が結婚してから家を出て一人暮らしを始めた俺としては、嬉しい料理だった。俺が美味しい美味しいと食べるものだから、田上社長が聞いてきた。

「常務さんは独り暮らしなのですか?」

「ええ。5年前に社長の兄貴が結婚してからは、実家に居づらくて独り暮らしを始めたんです」

「ご結婚は?」

「うちの会社に入ってからは、特定の女性と付き合ったことがなくて、結婚は当分できそうにないです。誰か良い人がいれば紹介してください」

「だったら、うちの彩美を貰って下さい。もう29歳で薹が立っていますけど」

「お父さん!」

田上社長は冗談で言ったのだろうが、彩美さんは真っ赤な顔をして窘めた。

「田上工業は、将来は彩美さんに継がせるのですか?」

「いやあ、私が動けなくなったら工場は畳みますよ。娘に継がせようなんて考えていません」

「しかし、見ると若い社員さんもおられるようですし、会社がなくなると困る従業員もいるのではないですか?」

「大丈夫です。私が会社を継ぎますから」

彩美さんが横から口を出した。

「じゃあ、彩美さんが婿養子をとるということですか」

「婿を取るかどうかはわかりませんけど、少なくともいまいる従業員の生活だけは守りたいと思っています」

「彩美は自分のやりたいことをやればいいさ。従業員の中でこの会社を継ぎたいというやつがいれば、そいつにやらせればいいし、誰もやりたがらなければ、従業員全員の就職先をみつけてやって会社は畳めばいいさ」

これ以上は俺が口出しすることではないので、話題を変えた。

辞去する時、彩美さんは駐車場まで見送りに出てくれた。

「ご馳走になりました」

「何もお構いできなくて」

「とんでもない。とても美味しかったですし、とても楽しかったです。今度お礼に食事に誘ってもいいですか?」

一瞬彩美さんは戸惑った顔をした。しかしすぐに、

「ありがとうございます。楽しみに待っています」

と笑顔で言ってくれた。


田上さんのお宅で夕飯をご馳走になってから1週間も経たないうちに、俺は彩美さんを食事に誘った。あまり気取った店だと彩美さんが気を使って気軽に話が出来ないのではないかと思い、焼き肉屋にした。

「本当に誘ってもらえるとは思っていなかったので嬉しいです」

「そうなのですか?私はこの前真剣に言ったつもりなのですが」

「だって、立場的に言えば、こちらが接待する立場なので」

「今日は仕事のことは抜きで、プライベートで誘ったつもりですよ」

彩美さんが俺の顔を見た。

「私は、彩美さんという人間に興味をもったんです」

「それは私の仕事ぶりにということですか?」

「それもありますが、女性としてもです」

「もう29歳で、薹が立っていますけど?」

「29歳は、まだまだ若いです。それに年は関係なく、朝からカツサンドを食べている女性は、そうはいないですからね」

「それを言わないでください。あの時は、本当に気合を入れないとと思っていたのですから」

それから俺たちは飲み食いしながら、たわいのない話をした。彩美さんは頭の回転が速く、会話上手だった。


彩美さんとは月に2回くらいのペースで食事をした。3か月ほどした頃に、俺は食事の後に、自分のマンションに寄らないかと誘った。彩美さんは少し考えた後、俺と一緒にタクシーに乗ってくれた。

マンションに着き、彩美さんは物珍しそうに部屋の中をぐるりと見渡した。俺は自分の部屋に女性を入れたのは初めてだった。彩美さんにそう言うと、彩美さんは照れた顔をした。その顔が可愛くて、俺は彩美さんを抱きしめた。そっと顔を寄せると、彩美さんは目を瞑った。


身づくろいをして、帰り支度をする彩美さんに

「車で送って行くよ」

と言うと、

「お酒を飲んでいるのだから運転はダメでしょ。タクシーで帰るから大丈夫ですよ」

と言われた。

俺はマンションを出ていく彩美さんについて行き、タクシーを捕まえるまで一緒にいた。

「俺、彩美さんのことを真剣に考えているから」

俺がそう言うと彩美さんの顔から部屋にいたときの甘い表情は消え、俺を見据えた。

「無理する必要はないですよ。私はこうやって時々会ってくれるだけで充分だから。先のことを考える必要はないですからね」

俺が何か言おうとすると、タクシーが止まった。彩美さんはタクシーに乗り込み、運転手に行き先を告げる。俺が何か言う前に、タクシーは走り出した。


彩美さんと食事をするたびに、彩美さんは俺のマンションに寄り、タクシーで帰るというパターンを繰り返した。泊まっていったら?と言っても、頑なに泊ろうとはしなかった。俺が何度か将来のことを話そうとすると、彩美さんは話を遮り、俺の話を聞こうとはしなかった。俺が笹本電子部品工業の息子で、彩美さんはその下請けの会社の娘という立場が彩美さんの気持ちの障害になっているのだろう。

俺はどうすることが一番良いのか考えていた。そんなとき、親父から話があるので実家に来いと連絡があった。またお見合いの話だろう。しかし、良い機会なので、俺は会長の親父と、社長の兄貴と話すために実家へ行った。


田上工業を訪ねたのは、実家で親父と兄貴と話した翌日の夕方だった。

「いきなりどうしたのですか?」

彩美さんが驚いて聞いた。

「今日は田上社長に話があって来ました」

俺がそう言うと、彩美さんの顔が引きつった。取引を打ち切られるのではないかと誤解したのだろう。

「田上社長にご提案があって来たのです」

俺がそう言うと、応接に通してくれ、田上社長を呼んでくれた。

お茶だけ出して出て行こうとする彩美さんに、一緒に話を聞いて下さいと言って引き止めた。

田上社長は少し緊張した顔で俺を見ている。

「今日はお願いがあって来ました」

「お願い?」

田上社長が聞き直した。

「彩美さんと結婚させて下さい」

「ちょっと、待ってよ・・・」

彩美さんが慌てて話を遮ろうとする。俺はそれに構わず話を続けた。

「そして、田上工業を私に継がせて下さい」

二人があっけにとられた顔で俺を見る。

「でも、常務さんは笹本電子部品工業があるじゃないですか?」

田上社長が聞いてきた。

「会長と社長には了解を得ました。田上社長が承諾して頂けるなら、私が田上工業を継いで、笹本電子部品工業のグループ会社にしたいと思っています。そのために、婿養子になれと言われるのであれば、私は田上光則になるつもりです」

それから俺は、田上工業の技術が他の下請けに比べ、はるかに優れていること、先々は現在の部品だけでなく、他の部品も制作してほしいので、出来たら規模を拡大してほしいことを説明し、そのためには笹本電子部品工業が資本提携して田上工業が笹本電子部品工業のグループ会社になってくれれば、笹本電子部品工業としてもメリットが大きいことを説明した。

「単純に資本を入れてグループ化するのであれば、乗っ取りと言われても仕方ないですから、私が婿養子に入ることで筋を通すのが一番良いと思っています」

「そりゃぁ、田上工業としては願ってもない話だが、彩美はどうなのだ?常務さんと結婚する気はあるのか?」

俺たちの交際を知らない田上社長が彩美さんに聞いた。彩美さんは困惑しているようで、なかなか口を開かない。

「彩美さん、こんな形でプロポーズするのは申し訳ないですが、私と結婚してください。必ず幸せにしますから」

俺がそう言うと、彩美さんは俺を見た。そして、小さな声で「はい。よろしくお願いします」と言ってくれた。

「それで、彩美さんは、もう一度専門学校へ行ってください」

俺がそう言うと、彩美さんは驚いたように俺の顔を見た。

「子供の頃からの夢だった美容師に、もう一度チャレンジしてください」

「でも、もうこんな年だから、いまさら美容師なんて・・・」

「イギリスの作家だったジョージ・エリオットの名言に『なりたかった自分になるのに、遅すぎるということはない』という言葉があります。自分の夢をかなえるのに、いまさらなんて、考える必要はないですよ。いままで、会社のため、従業員のため、そしてご両親のために、よく頑張ってこられましたね。慣れないことばかりで辛かったでしょ?これからは、それらはすべて私に任せて、彩美さんは自分の夢を追いかけて下さい」

彩美さんの目から涙があふれてきた。

「近い将来に、彩美さんに私の髪を切ってもらうことを楽しみにしています」

彩美さんが泣きながら何度も何度も頷いた。

「母さん!母さん!酒だ!酒!今日はお祝いだ!」

田上社長の声が家中に響いた。



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