第4話 救出作戦

 海彦うみひこが副長に付いていったのは、蓑亀みのがめ号の中央。円筒形の部屋だった。一段と重苦しい鉄の扉を開けて中に入る。

 中に入ると、天井と床下に和邇わに号で上甲板じょうかんぱんに出たときと同じ、丸い扉があることに気がついた。

 副長が何かを操作すると壁が動き、その中から人型のものが現れた。


 ――何だ!? 人の干物か!?


 一瞬そう思ったが、どうやら着るもののようだ。足先から首元まで一体な着物など見たことがない。しかも、銀色のうろこ状のものがびっしりと並んでいる。その横にはかめを引っくり返したものが並んでいた。

「耐水服だ。これを着ればある程度の深さでも息が出来る」

 副長はその1着を取り、海彦に渡す。自分も同様に取ると、着て見せた。腹から首元にかけて切れ込みがあり、それが開くと身体を入れられるようになっていた

 海彦は副長のマネをして着てみる。なんだか窮屈な着物だ。全身を締め付けられるのには気分が悪い。

「これをかぶれ」

 次に渡してきたのはあの瓶。言われるまま被ると、顔の正面にだけ透明になっていて外が見えるが、こんな体験は初めてだ。しかも、瓶と首元が一体化した。


 ――ホントに息が出来るのか!? 息がなんだか……


 窮屈で仕方がない。焦っているのか息が上がってくる。

『深呼吸しろ。大丈夫だ』

 耳元から副長の声が聞こえてくる。

 言われるまま、ゆっくりと深呼吸をすると少し落ち着いてきた。何とか空気は吸えるようだ。

『手短に説明する。これと同じものが外にある』

 と、副長が持ち出したのは見たことのない鉤だった。

 鉄の塊に『し』の字を引っくり返した感じの鉄の棒が付けられている。『し』の字の空いている場所にも鉄の棒が付いており、それにより鉄の輪になっていた。追加で付いている部分は開閉できるようだ。

『レイの正面。操縦窓とサーチライト探照燈の間の握り棒が一番頑丈だ。そこに引っかけろ』

「引っかけたときの合図は?」

『この音声が届くはずだ。他に質問はあるか?』

 と、副長は手短に説明をした。

 質問と言われても、今聞いた話を覚えるだけで精一杯だ。だが、ふと気になることがあった。

「なぜ俺なんです?」

『……オレは泳げない』


 ※※※


エアロック気密室注水開始。策を開始せよ』

 副長の指示が下りた。

「よし。では化けフカの前方に回る。機関一杯」

 保安長の指示の元、蓑亀みのがめ号の推進機関がうなりを上げる。

 迫り来るコバン達は、逃げるものと思ったのだろうか。突っ込んでくる蓑亀号にたじろいだようだ。目の前に迫るコバンの群れをすり抜けると、

「自走機雷、近接炸裂で投下」

 その場に残すかのように、自走機雷を2本すべてその場に放置した。

 蓑亀号はコバン達から距離を取る。速度はコバンの方が上に見えた。きびすを返すと、コバン達は追っかけてくる。

 そして、放置した自走機雷の近くを通り過ぎたときだった。

 ドン! ドン! と、炸裂した。保安長が指示した近接炸裂は、近づくものに対して反応して爆発する仕組みだった。

 コバン達はその爆発に巻き込まれる。すべて……と、言うほど甘くはなかった。

 1匹が力尽きて海底に落ちていく。2匹目は衝撃を食らって、一瞬力尽きたかに見えたが、身体中に傷を負いながら血を垂れ流してもなお食らいつこうと、泳ぎ始めた。3匹目は無傷。

 蓑亀号は追いつかれるかと思ったが、コバンの2匹は突然、追撃を諦めた。化けフカの近くを周回しているだけだ。

「……付いてこれまい」

 保安長はニヤリと笑って見せた。

 彼の指示で蓑亀号は、化けフカのギリギリを航行していたのだ。

 突っ込むことが武器であるコバンだが、化けフカに接近しすぎていれば、見方を傷つけかねない。それぐらいの知恵はあるようだ。

「このまま化けフカの前へ!」

 舐めるように蓑亀号は進む。だが、さすがに護衛のコバンが攻撃していないことに、化けフカも気がついたようだ。身体をくねらせて蓑亀号を引き剥がそうとするが、図体が大きいのが災いしてか、動きは鈍い。

 そして、左右に身体を振ったために、化けフカは口を蓑亀号に向けた。化けフカは彼等の策に気付かないのか、生物の反射的な反応だったのか、大口を開けた。

「しめた! 突っ込めッ!」

 口の中に突っ込む蓑亀号。だが、入った瞬間に、

「上げ舵最大! 機関逆一杯っ!」

 保安長の指示の元、急激に減速した蓑亀号は垂直に立ち上がる。

 何かおかしいことは化けフカも気がついたのかもしれない。口を閉じようとしたが、垂直に立ち上がった蓑亀号を止められない。

 結局、喉に食い込ませる結果となってしまった。

 口が閉じられないのは、生物にとって不快なものはない。化けフカもなんとか口につまった蓑亀号を振り払おうとしたが、巨体が災いしてか動きは鈍い。では、かみ砕いてしまおうとしたが、蓑亀号は堅かった。

「副長、口腔内で停止しました!」

『――ご苦労!』


 ※※※


『では、こちらも策を開始する。覚悟せよ!』 

 ギシギシと船体が軋む音が聞こえているが、しばらくは持つと思われる。

 気密室と呼ばれた円筒形の部屋はすでに海水で満たされていた。副長は元、床の円扉まるとびらを開ける。

『外に出たら一旦待機せよ』

 海彦は言われるまま、外に出る。出たすぐの場所にあった握り棒を持って、次の指示を待った。


 ――これが化けフカの中……


 生き物の中とは思えないぐらい大きい。自分の息の音しかしない静寂だ。不気味に薄暗い洞窟が続いている。時たま左右の壁が、格子戸のように開閉している。あれがエラなのであろう。

『何をボーッとしておる。これを持て!』

 肩を叩かれた。振りかえる……身体ごと動かすと、副長が例の鉤を持っていた。

 こちらは気密室の中で見た予備ではなく、縄が……いや、縄ではない。これも鉄で出来ているようだ。鉄を細く縄のように編んである。

『手順通りに頼んだぞ』

「わかりました」

 結局は、泳げない副長の替わりとはいっては何だが、漁師をしていたことか幸いしてまかされた重大な仕事だ。

 海彦は蓑亀みのがめ号を蹴飛ばし、薄暗い洞窟を進んでいく。片手で水を掻き、両足をばたつかせて進んだ。耐水服は動きに支障は無いし、脚には大きなヒレも付いている。思った以上に進むが、相変わらず薄暗い。

 電灯明かりが頭に被されたかめについてはいるが、ほとんど役には立っていない。


 ――まだ着かないのか……


 思った途端、左右の格子戸エラが開いた。と、もの凄い勢いで中の海水が外に押し出される。

「畜生!」

 エラから排出されるかと思った。だが、丁度エラとエラの間に身体を押し付けられて、投げ出されることはなかった。

『――大丈夫か!』

「はい。何とか……」

 海水の流れは、副長のところでも感じたのであろう。

 とにかく、注意しなければ……折角、中に入ったのに、化けフカの外に投げ出され兼ねない。しかも、外に投げ出されたら、例のコバンがいる。人間のような小型のものに対して、どういった反応をするか解らないが、警戒は怠らないようにせねば。

 そして、ぼんやりと、お目当ての潜水艇の姿が、ようやく見えてきた。

 蓑亀号と同型だ。ただ、連絡通り細長い腕を出して、エラの隙間につかまっているだけだ。必死に捉まっているのであろう。その腕は素人でも解るような左右で、変な曲がり方をしている。

「発見しました!」

『よし、例の場所に迎え!』

 副長の指示の元、向かおうとした矢先またしても、エラが開いた。

 今度は一直線にエラの外に身体を持っていかれそうになるが、頭が出かかったところで間一髪、閉じた。


 ――マズイ、早く片付けないと……


 開閉する時機が定期的にあるのであろう、生き物が息をするように。

 ともかく必死に足をばたつかせて、潜水艇・霊亀れいき号へ向かった。

 何とか到着する。潜水艇を外見は見ていなかったが、操縦席の透明な壁は外側からは中の様子がしっかりと見えないようだ。虹のように幾重にも反射している。

 中に人物がいるようだが、影しか解らない。


 ――とにかく、この横の握り棒に……


 言われていたのは、操縦窓の横の握り棒だ。それはすぐに見つけることが出来た。

 そして、いざ鉤をかけようとしたときだった。


 ――ヤバい!


 再び、エラが開いた。注意していたつもりだが、鉤をかけようと集中していたために不安定な格好になってしまった。しかも、潜水艇のためか妙な水流が生まれていたようで、アッという間にエラへ排出されようとしていた。

「グワッ!」

 海彦は、変な声を上げて流されそうになるが突然、何かが彼の片足を引っ張った。

「えっ?」

 見れば、白い手が自分の片足を引っ張っている。

「ミツヒメ……様?」

 そう、必死に彼が流されないようにしているのは、人魚の彼女だった。

 そして、再びエラが閉じた。


 ――なんでここに……


 そう脳裏に疑問がよぎったが、そもそも潜水艇・霊亀号に乗っているという話で、ここまで来たのだ。目の前にいたっておかしくはない。

 彼女はニッコリと微笑んでうなずいて見せた。

『海彦、大丈夫か!』

「あっ、はい……」

 流されかけてそれを、ミツヒメ様に助けてもらったことは、今は黙っておいた方がいい。また彼女が軽率な行動を取った、とでも怒られかねないだろう。

 そう海彦は思い、簡単に答えると作業に戻った。

 彼女の助けもあり、鉤を繋げることに成功した。

「出来ました!」

『承知した。これから引っ張る。お主はレイの……』

 そう声を掛けられた途端、またしても予期しない時機にエラが開く。

 海彦は、とっさに鉄の縄を握って流されまいと踏ん張った。だが、今度は彼女が不意を突かれたらしい。横にいたはずの彼女が流されていく。

 必死に泳いでいるが水流は強い。

「手を!」

 声が聞こえるわけではないが、必死に手を伸ばした。

 指先がなんとか触れるが、あと少し届かない。


 ――届かないのかッ!


 海彦は必死に手を伸ばした。指が引っかかった、掌が繋がった、腕を掴んだ……自分が、鉄の縄から手を離したからだ。今度は閉じるのが遅かった。


 ――しまった!


 そして、そのままふたりは一緒に化けフカのエラの外に排出されてしまった。

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