第3話 化けフカ
「顔が似ているからといって、身体付きが違う。肌の色も違う。そんなことで、オレを騙せると思ったか!」
副長は無表情のまま強い口調で、海彦に向かって言った。
「すっ、すみません……」
海彦は謝るしかない。
――どうされるのか。このまま海にほっぽり出されるのか?
艦長の命令を無視して、しかも潜り込んだのだ。密航みたいなものだ。そんなことをされてもおかしくはないだろう。
睨み付けているだけで、一向に話が進まないところへ、大入道の保安長が立ち上がった。
「――
「その名で呼ぶなと言っただろう。保安長!」
「ヤマの策は
昔、九郎様が山中で草履を引っくり返して履こう、と言い出した時のものよりも」
「それも言うな。あんな馬鹿げたことをよく考えたと思ったたことか」
「海彦、九郎様……副長は
そうなのか? と海彦は副長の顔を見たが、相変わらず能面顔をしているので感情が読めない。
「――もっとも、半分は艦長が考えなさったことだ。
お主らが入れ替わるかもしれない、と。だからふたりきりにした。案の定、策に引っかかったのはお主達だ。しかし、海彦よ。よくもまあ乗り込んだものだ。何も出来ないのに――」
「それは――」
海彦自身もよく解らない、といったところだろうか。いや、本当はどうして乗り込む気になったのか、自分の中で言葉が見つからない。
ミツヒメ様が捕まっていると言うことに、いても立ってもいられないことを――
だが、それの気持ちの正体がなんなのか自分では理解できないでいた。
「海彦、ここまで来たからには、ミツヒメ様の客人としては扱えない。我らの一員として働いてもらうぞ。覚悟は出来ておるだろうな」
「覚悟――」
「そうだ。覚悟が無い者は邪魔だ。海の上だろうが、中だろうがおっぽり出す!」
副長は再び、鋭い口調で海彦に迫った。
――覚悟……今更、陸に戻ったところで、俺の行く場所はない。もうこの人達と暮らした方がいいのではないか? ここには恐らく兄貴もいるし――
口を開こうとした海彦だったが、副長は遮るように話し出した。
「だが、気安く一員になると思うな。我らには敵がいる」
「敵……」
「艦長から聞いたであろう。竜の民のことを?」
「ええ、バク殿がその一員であると」
「竜の民は、深い眠りから覚めてみたら、地上は彼等の生活する場所ではなかった。それでも、何世代も掛けて身体を作り替え、地上に適応しようとしたそうだ。だが、我々、人間に数で負けた。
そこで海底に都を造った。しかし、海の中も平穏の地ではなかった」
艦長が説明したのは、海底に都を造った、と言う話までだ。その先があったようだ。
平穏では無いと言うことは――
「それは、そこでも争いがあったと、いうことですか?」
「ああ、長い戦いがあったそうだ。海底の民も突然、竜の民が現れて自分の
「その、海底の民というのは?」
「
「人魚……」
上半身が人にそっくりなのも、進化という言葉に納得するような気がした。
竜の民がトカゲから人と同じような形になったのだ。人が水中で適応するために下半身がイルカのようになり、手の指に水掻きが現れても今では信じられるような気がしてくる。
「でも、人魚と戦をしていたのに、ミツヒメ様は、一体……」
不思議な話だ。戦をしている種族のものを、明らかに竜の民側と思しき彼等が祭り上げているのか。まるで姫君のように。
「魚人族とは、なんとか和解した。その
それが……」
「ミツヒメ様と――」
――生き物は形を変えても、考えることは同じなのかもしれない。
ふと、海彦はそんなことを思った。だが、ひとつ話がまだ欠けている。
「先程、ひとつと言いましたが、他にも海底の者がいたのですか?」
「それが厄介だ」
「化けダコや化けフカを操っている者ですか?」
「そうだ。だが、正体が分からない。魚人族にも――」
副長の声が落ち込んだ気がした。
正体が解らない敵……そんなものが襲ってくるのは、落ち着いて生活が出来ないのではないだろうか。
「副長。まもなく接近します」
海彦の心配をよそに、船員から報告が上がった。
すでに出発してから、
水面からの光が帯のように照らし出され、視界に薄らと化けフカの影が見え始めている。
「この話の続きは後だ。さて、どうしたものか――」
和邇号からの連絡はまだ無い。
「レイからの信号はまだあるか?」
「――はい。まだ健在だと思います」
「どの辺から出ている?」
「恐らく、首元。エラの裏あたりでしょうか?」
船員から報告が上がる。
「エラの裏……化けフカは、レイを消化するためではないのでしょう」
そう保安長が言った。確かに喉元に何か引っかかっているなら、人だったら気持ちが悪い。吐き出すなり、強引に押し込むことをするだろう。
しかし、外を見ると平然と泳いでいるように見える。ということは――
「どこかに連れて行く気か? だとしたら、相手のねぐらが判るかも――」
と、副長は口にした。だが、それでは救出に来た意味が無いのではないだろうか。
「レイとはやり取りできるか?」
思案している副長をよそに、保安長が命じる。
「可能だと思います」
「やってくれ」
保安長の指示で、装置をイジる船員。
「こちら
船員がマイクに向かってそう言った。
そして、しばらく無音が続いたが、バリバリッと壁から音が聞こえ始める。
「こちら蓑亀号。霊亀号、聞こえますか? 周波数を――」
『――ごうデス。コチラ霊亀号デス……良カッタ繋ガリシタヨ、みつひめ様……』
聞き取りにくいが、女の声が壁から聞こえてくる。その中でミツヒメと、いう言葉が出てきた。やはり彼女も乗っているようだ。
「現在の状況を教えてください」
『――此方ハ、3名。現在ノトコロ、化ケふかノえらニ作業用あーむヲ引ッカケテ耐エテイルトコロデス。あーむノ耐久力ニ限界ガ、先程カラ嫌ナ音ガシテイマス……』
霊亀号からの状況説明では、化けフカの首元で止まっているわけではなく、作業用アームで留まっているそうだ。
そして、そもそもそのような用途に使用するための設計されていない作業用アームが、限界に来ているという。
「――どうすべきか……」
副長は何を悩んでいるのだろうか? 指示をまだ出さない。
――副長は策略が下手だ、といっていたが、この人しか指示できないのか?
時間だけが過ぎていく……と、突然、化けフカの腹のあたりから小さな魚が現れた。
小さいと言っても、乗っている潜水艇の倍は大きい、そんなものが3匹。
「コバンがいました!」
「何ですか、あれは!?」
海彦の声に保安長が応える。
「厄介な護衛だ。動きも速い。しかも3匹。ミノには自走機雷は2本しか積んでいない」
「2本しかないって、1匹分足りないじゃないですか」
「無い物は仕方がない。おい、ミノを化けフカの正面に回せ!」
副長はようやく試案が纏まったようだ。だが、正面に回れとはどうする気なのだろうか。
その間にもコバン達は身体をくねらせ、こちらに向かってきていた。先程は良くは見えなかったが、先端が鋭く尖っている。
――あんなもので突っ込んできて、鉄の舟を突き破るというのか?
海彦の心配をよそに、コバンはどんどん迫ってきていた。
「どうするおつもりで? こちらも喰われる可能性がありますが――」
保安長の質問に、無表情の副長の顔が笑ったような気がした。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ」
「言いたいことは解りますが、化けフカの腹の中にでも突っ込むのですか?」
「ただ突っ込むのではないぞ。操舵手の腕に掛かっている。
口に入った途端、ミノを垂直に立てろ。化けフカの口が閉じないように支え棒にするのだ。その間にレイを内部から引き抜く」
「ミノがどれだけ持つか判りませんよ」
保安長の指摘通り、フカの顎の力は強い。あんな巨大な化け物だ。どれほどの力があるのか、分かったものではないはずだ。
「やってみなければ判るまい。それにオレは策略が下手だが、武運には恵まれている!」
どうやら策略が下手だと、部下に言われたことを少し気にしているようにみえる。
「――承知しました。それで牽引作業は誰がやるのですか?」
保安長は渋々といった感じか、言い出したら聞かないとでも思ってか承諾した。だが、肝心な作業を誰がやるのか?
「保安長、
「
そう言われて副長は海彦を見た。
「海彦、お主が手伝え!」
「おっ、俺ですか……でも、何も解らない」
突然、指名されて狼狽えた。
自分で言ったとおり、この舟の装備は未知すぎで解らないことだらけだ。鉤がなんなのかは解るが、機械操作がどうとかいった。そんなものは知らない。
「今から教える。さあ急げ!」
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