第3話 霊亀号

 結局、海彦うみひこは横になると、いつの間にか眠りに就いていた。

 ベッドと言うものは、本当に雲の上にでもいるような心地よさ。今まで無人島で寝起きしていたときの疲れもあったのであろう。

「朝食の時間だ」と、山彦やまひこが起こしに来るまで、ぐっすりと寝ていた。

 海彦は連れられて、再び食堂に入る。

 入ってみると、昨日とは打って変わって食堂の席は半分……20名ほどで埋まっていた。

「この艦は三交代制。食事の時間は1日4回」

 そう言うと、海彦にトレイを渡す。そして、あの白い服の者の前に並ぶように言った。

 丁度、厨房と食堂を隔てるように、腰ぐらいの高さのカウンターがある。そこにトレイを置くと茶碗と吸い物、おかずが置かれる仕組みのようだ。

 食事を受け取った者が、ふたりの横を通り過ぎていく。

「ちっ、今日は魚か――」

 山彦が呟いた。

 海彦も見たけれど、確かに魚であったが尾頭付きの大きな焼き魚であった。そんなもの正月ぐらい……いや、それでも食えないだろう。村ではそんな大きな魚、売り物にする。山彦の口ぶりからすると、頻繁にそんな魚が食事に出るのであろう。

 そして、海彦の順番になった。

「新人さん? 一杯食べなよ。そんなガリガリじゃあ持たないぞ!」

 食事を受け渡ししていた厨房主の男は、今まで見たことの無いような風貌であった。筋肉質ではない。皮膚が膨れるような……太っているという概念が、海彦にはなかったので、表現のしようが無かった。

「ハハハァ! あんたは食い過ぎだ!」

「ヤマは手厳しいな。儂は味見しているだけだ」

「味見もほどほどにしろ!」

 食事を受け取って腰掛ける。改めてみると海彦にはごちそうにしか見えない。

 どうして麦が入っているのかよく解らないが、それも山盛り飯、吸い物には高野豆腐とワカメの味噌汁、菜っ葉をゆでた小鉢まで付いている。そして、目を見張るのは、腕ほどもある大きな魚だ。


 ――こんな豪勢なものを、ここの人はみんな毎日食べているのか?


 信じられないことばかりだ。

 ふと、視線を感じた。見ればチラチラと他の船員が彼を見ていた。海彦が、あの厨房主が言っていた『新人』だからであろう。まだ海彦はそうとは決めていないから、他の船員達には紹介されていない。だから、見たことのない顔――実際には、横に座る山彦と同じ顔が並んでいるが、興味はあるのだろう。しかし、海彦は彼等の顔を見て不思議に思った。


 ――日の本の人達ばかりではない……それに船に女なんて!?


 服装は同じだが異国人ガイジンが――日本人が多いが――混じっている。髪の色も茶色や金色に輝いている者もいる。目の色は黒や茶色、青いものまで。それよりも数名、女らしい人物が混じっていることに驚いた。

 村で漁船に乗っているときは、女が乗ること自体を嫌がった……いや、乗ろうものなら烈火のごとく怒られた。だが、ここでは平然と他の船員と一緒に食事を取っているではないか。

 海彦の常識では考えられないことだ。

「さて、喰ったら艦内を案内するぞ」


 ※※※


 海彦は今まで朝から腹一杯になることは、そうそう無かった。なんとか平らげると、山彦に連れられ艦内を案内された。

 案内とはいっていたが、どちらかというと潜水艦・和邇号の生活の仕方を教えているような感じだ。大まかに言うと艦は3層に分かれている。船員が寝泊まりする部屋もあれば、図書館という本が大量に並べられた部屋もあった。その他には寺子屋のような部屋もあり、手隙の船員が読み書きソロバンを教わる部屋もあった。

 そして、最後に案内されたのは最上部、上甲板じょうかんぱんへ上がるという。山彦が鉄で出来たハシゴを登ると、天井に付いた車輪を回した。すると、円形の重たい扉が開けられる。


 ――海中に潜っているのじゃないのか?


 扉の隅からまぶしい光が差し込んできた。

「たまには日光を浴びた方がいい」

 と、山彦が上甲板へ上がっていく。続いて上がってみると、和邇号は波をかき分けながら航行していた。

 改めて日の光の下で見ると、この艦はデカい。今いる場所は、この艦に入った時の後部格納庫のすぐ近く。すべてが鉄で出来ていると思ったが、この上甲板は木が貼られていた。端には転落防止用か鉄の鎖で柵がしてある。

 そして、艦の進む先、上甲板の先には台形の構造物が突き出していた。その上に数本の竿のようなものが突き出している。それは丁度、艦体の中央あたり。

 海彦が何だろうと思っていると、山彦が声をかけた。

「あれが日の本だ」

 まぶしい太陽、青い大空、広がった大海原。その先、水平線の彼方は何もなく緩やかな曲線を描いているように見える。その反対には視界の端から端まで、薄らと黒い塊が見える。

「今はどの辺だろうか。紀伊か? 土佐か?」

 山彦はそれを指さしながら言った。海彦は言われても、位置が想像できなかった。自分が住んでいた日の本がどんな形で、どんな場所にあったのかさえ知らないのだ。

「日の本なんて小さな国だ」

「小さい? あんな巨大なものか?」

 水平線の視界一杯に黒い塊が見える。それが小さいというのには驚くしかない。

「後で地図を見せよう。この世界は広いぞ!」

 そう言って山彦は再び艦内に戻ろうとする。

 海彦はそれに続こうとするが、ふと海面を見た。すると波の合間に別のものが見えた。

「なんでしょう? あれは?」

 不思議なもの、ひとつだけ波が高くなる。急にその波から竿のようなものが現れて、波をかき分け始めた。その先端がきらめいたように見える。

「ん? ああ、潜望鏡だな。あそこにもあるだろう」

 と、山彦は正面にある台形の建物の上にある竿を差した。


 ――と言うことは、この艦と同じものが、もう1隻あるというのか?


 そう思ったが、本体が出てきた。カメの甲羅のような……そう、あの潜水艇・蓑亀みのがめ号と同じ形のものが、波間から現れた。

「――なんだ? 珍しい」

 艦内に入りかけた山彦が再び戻ってきた。それが何か、どうやら知っているようだ。

霊亀れいき号。ミノと同じ潜水艇だ。こんなところに来るなんて珍しいな」

 よく考えて見たら、こんな艦を造る事のできる竜の民達だ。蓑亀号1隻というわけではないだろう。

 ふと見ていると、竿が畳まれた。少しこちらに近づいてくる。

「あれは何だ? フカか」

 海彦はその後ろから近づいてくるものが視界の端に入ってきた。

 三角形の灰色のものが波をかき分けて、もの凄い速度で霊亀号の後ろから迫ってきていた。しかし、何かおかしい……そう、大きさが見たこともない。潜水艇の大きさは10メートルほどあるとすれば、3メートルはあるだろうか。


 ――そんなにデカいフカがいるのか? でも、世界は広いというし――


 海彦は見たこともない大きさのものもいてもおかしくない、と納得しだした。だが、山彦の反応は違っていた。

「ヤバい!」

 先程、ここに上がってきたハッチ入り口から叫ぶ。

「警報! 警報ッ! 敵だ!!」

 その間にも、突然、フカはその巨大を現した。


 ――デカいのにもほどがある!


 その大きさは、この和邇わに号より一回り小さいぐらい。だが、それでも100メートルはあるだろう。

 超巨大フカは霊亀号を目がけて飛び上がると、大きな口を開けた。そのまま潜水艇を飲み込むと、海深くに消えていく。


 ――どうなっている!?


 海彦が起きていることに理解できていなかった。巨大なフカが現れて潜水艇を飲み込んだことは確かだ。それを山彦は『敵』と称した。

「急げ! 飛び込め! 手すりをしっかり掴め!」

 山彦に誘導されるようにハッチに入る。長い手すりを掴むように言われると、肩を蹴飛ばされて滑り落ちた。掌が摩擦で痛い。だが、手すりを握っていなければ、転がり落ちていただろう。

 見上げれば、山彦が扉を閉めて車輪を回すと、自分と同じように飛び降りてくる。

「一体になに!?」

 蹴落とされる瞬間、海彦の目には信じられないのを目撃した。

 イカか、タコか、人の胴体もあるような太い腕が艦体に絡みつこうとしているところを。

「しっかり捕まってろ!」

 と、山彦の言葉にあわせるように、グラリと艦体が揺れる。

 床が経っていられないぐらいに斜めになったかと思うと、鉄の艦体がイヤな音を上げて軋んだ。この巨大な鉄の艦が海中に引きずり込まれていく感じだ。

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