潜水艦

第1話 鳥の島

「――こっ、ここはどこだ?」

 海彦うみひこが目を覚ましたのは、どこともわからない浜辺であった。

 強い日射に照らされて髪の毛が熱い。その不快感で目を覚ました。


 ――助かった。


 そう思ったが、同時に絶望を感じ始めた。

 自分は村から捨てられた。人魚を助けたことが、村に凶兆をもたらすと思われたのだ。追放するよりも、漁に出て事故に見せかけて殺す……そうやって片づけられた。

 しかし、彼は助かった。

 ここがどこなのか分からないが、命が助かったことには変わらない。

「とにかく日陰を探そう」

 頭がヒリヒリして痛い。海馬に殴られたあたりを触ってみたが、いつの間にか傷は塞がっていたようだ。だが、皮膚は海水に浸かり、そのくせ強い直射日光に照らされた。ところどころ海水が蒸発して塩がこびりついている。

 どこか日陰で休みたい。せめて海水を真水で洗い流したい。できれば、風呂に入りたいとは思ったが無理な話だ。

 この打ち上げられた島は、今のところ海鳥の甲高い鳴き声以外、人の気配が感じられなかった。

 沖に目をやった。だが、水平線の彼方まで何もない。

 空を見上げた。ぎらつく太陽。そこには大きな鳥が翼を広げて、優雅に飛んでいる。

 陸の方を見る。急勾配の斜面が続いている。植物はまばらだ。

 ともかく、目の前の急勾配を上がって、どこか見渡せる場所へ。


 ※※※


「やはり何もない……」

 急勾配を上がり、島が見渡せる場所にきた。だが、見回しても木など生えていなかった。

 あるものといえば、わずかばかりの下草ばかり。それに人の子供ほどもある大きな海鳥だ。地面に座り込んでいるところを見ると、卵を抱えているかもしれない。

 海彦は、自分の懐に手を突っ込んでみると……幸いにも、漁に出るときに貴重品を入れていた小袋が入っていた。身体に括り付けていたことが幸いしたのだろう。

 中身は、雑用担当であったため、火打ち石と調理用の小さな小刀が一本。それと人魚の彼女がくれた青い透明な石だ。お守り代わりに入れていたが、それだけだ。

 火打ち石があれば、火がおこせる。こんな外洋の小島では夜は冷え込むだろう。とはいっても、火を熾す道具はあっても、火をつけるものはあまりなさそうだ。

 そのあたりに生えている下草も見渡す限りでは、新芽ばかりだ。


 ――浜辺に一旦降りるか……


 自分と同じように流されてきた物で、使えるものがあるかもしれない。

 体力の消耗を気にしつつ、再び浜辺へと降りた。


 ※※※


 浜辺に降りると、先程は気にしていなかったが、結構な本数の枯れ木が流れ着いている。しかも直射日光で乾いているものばかり、種火たねびさえ起こせば火は確保できるかもしれない。


 ――これは使えるかな?


 枯れ木もそうだが、何かよくわからない木の実、子供の頭ほどもある巨大なものだ。

 さすがになんの木の実なのかわからないので、中身は口にする気にはならなかったが、器としては使えそうだ。実は先程浜辺へ降りる際中、岩の割れ目に水たまりを見つけた。

 上るときには見つけられなかったが、海水ではなく雨水が溜まっているようだ。だが、片手を伸ばしてようやく届くような場所。貪るように手についた水滴をなめて飲んだ。


 ――これを使えば、もっと飲めるかもしれない。


 巨大な木の実を岩場にたたきつけて割り、腐っているように見える中身をほじりだし、二つにした片方を持って再びあの水たまりに上った。

 そして、即席の器で水を掬うと、ようやく喉を潤すことができた。


 ――水は確保した、火もおこせそうだが。


 残るは食料。思い浮かんだのは、あの子供ほどの大きさの海鳥だ。

 そうと思ったら、まず行動だ。

 一旦、浜辺に戻ると手ごろな長めの枯れ木に目を付けた。着物の一部を切り裂き、縄として、先端に小刀を付け、即席の銛を作った。

 そして、再び島の頂上へ……海鳥の巣へと向かう。


 海鳥は海彦には無関心のように見える。じっとこちらを見て、逃げる気配はないが、何を考えているのか分かったものではない。

「南無三ッ!」

 即席の銛で鳥を突いた。

 一瞬、目を瞑ってしまったが手ごたえがあった。目を開けてみると、もがき暴れている。再度、銛を突く。

 そして海鳥は動かなくなった。

 1羽、捕ることができたが生で食べられるわけにはいかない。やはり火は必要だ。

 再び海岸に降りると、雨に降られなさそうな岩場を探した。火をつけたとして、雨で消されては努力が無駄になる。

 そんな条件の場所を見つけるのが一番大変だった。ようやく条件に合いそうな場所を見つけられたのは、かなり日が傾いてからだ。夕日で海が赤く染まっている。


 ――早く火を熾さなければ、凍えてしまう。


 細かい流木を重ねる。

 そして、海彦は再び着物の一部を切り裂くと、懸命に岩にこすりつけて綿のようにした。火打ち石の火はすぐに木に付くものではない。一旦、綿のようにした布に火をつけて、火種として小さな流木から順番に大きくしなければ、焚き火は不可能だ。

 海彦はそうやって、何とか火を熾すことが出来た。

 次はあの海鳥の処理だ。羽毛は食べられない。念入りにむしったところで、小さな羽毛が残ってしまう。それは火で炙って焼き落とすので、気にしない。

 問題は内臓だ。この鳥が何を食べているかわからないので、小刀で腹を切り裂き取り出す。そうやって調理できる準備が整った。

 後は焚き火に放り込んで焼き、ようやく口にすることができた。鳥の肉などあまり食べたことはないが、空腹にはたまらない。

 貪るように食べ、骨までしゃぶった。

 腹が膨らむと、急激に眠気が襲ってきた。よくよく考えてみれば、この島についてから動きっぱなしだ。

 火を見つめながら横になると、一気に瞼が重くなり、そのまま眠りについてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る