第3話 虚舟

 ――男のいっていた人魚か?


 そっと海馬は、海彦の小屋を覗いてみると、見たこともない女と話しているではないか。しかも、よく見れば人外……人の身体にクジラの下半身、そんなモノは見たこともない。

 そう思ったが村人の話していた人魚とは姿が違っている。

 判らないが、これがあの男に言っていた人魚なら金がもらえる。と、海馬は金に目がくらんだようで、きびすを返すと村人を集めた。

 そして、人魚を手に入れたい村人達は海彦の小屋を取り囲んだ。

 それを海彦は目にしたところだ。

「海彦はいるか?」

 と、海馬は声をかける。

「どっ、どうかした?」

 海彦は、恐る恐る入り口のムシロを少しめくり外を覗いた。

 途端、数名の村人が彼を蹴飛ばし、小屋になだれ込んだ。

「なッ、何するんだ!」

「触らないでッ、無礼者ッ!」

 人魚の彼女が数人の村人に担ぎ上げられて、小屋の中に出される。その間にも海彦は邪魔とばかりに、他のモノに蹴飛ばされて踏みつけられた。

「妖怪だ、人魚だッ!」

「金だ、金だッ!」

「肉だッ、不老不死だッ!」

「やッ、止めろ!」

 と、海彦の声などとかない。

 彼女を担ぎ上げた村人達は、狂ったように暴れている。

 あの男が示した金もそうだが、彼女の肉を食らうと長生きできると言う情報が、間違った方向に進んでいるようだ。不老不死になるなどと。

「キャッ、痛い! 止めてッ。痛い!」

 傷ひとつ付けることは許さない、と釘をされていたではないか。だけれど、彼女の髪を引っ張るモノも入れは、腕やヒレを引き剥がそうとしているモノまでいる。

「止めてくれ! 彼女は関係ない!」

 海彦は必死に起き上がると、彼女に襲いかかっている村人共に飛びかかった。だが、体格も年齢も、数も彼より上だ。

 簡単に振り払われ、殴られ、蹴られ――


 バンっ!


 突然、何かがはじける音がこだました。

 村人の動きが止まった。

 気がつけばあの2人組のひとり、副長と呼ばれていた小柄な男が天に向けて鉄の筒……小さな種子島火縄銃のようなモノを掲げていた。鉄砲なのだろう。だが、火縄が無い物は見たこともない。

「傷ひとつ付けることは許さない、と言ったはずだ!」

 バンっ! 再び、引き金を引いた。

弁慶べんけいっ!」

「承知!」

 小柄な男が鋭く命令すると、保安長と呼ばれていた大男が動いた。その巨体、その年齢にしては驚くほどの素早さ。数人の村人を蹴散らすと、人魚の彼女に取り付いている者を引き剥がした。そして、彼女を抱え上げる。

「何するんだ!」

 人魚を取られまいと叫んだ男がいた。その途端、男の顔、目がけて拳が飛んでくる。

「見つけたんだ! 金をよこせッ」

 小柄な男に取り付く者もいるが、その後ろから彼女を抱えた保安長が蹴りを入れる。その勢いで、副長にぶつかりそうになるが、彼はさらりとかわした。

「貴様達は、ルール決まりを破った。わたしは、傷ひとつ付けることは許さないと、言ったはずだ!」

「そっ、そんなッ!」

 それでも食ってかかろうとする。だが、副長は、

「やかましい!」

 と、あの短い鉄砲をその男の足元に向かって撃った。たまによって、土が跳ね上がる。

 続けて副長は、懐から別の鉄砲を取り出した。手にした鉄砲よりも一回りは太い。

 それを天に向けると、引き金を引く。まるで打ち上げ花火のようにスルスルと煙を引くと、上空で音を上げてはじけた。

「――あれは何だ!?」

 ほとんどの村人は上空で弾けたを見ていたが、ひとりだけ違うところを見ていたようだ。

 海の方を……沖を見ていたものが、指をさす。

 クジラかと思われた。だが、水しぶきを上げながら浮かび上がると、日光で黒光りしている。

「何だ!? 化け物だ!」

「亀の化け物だ!」

虚舟うつろぶねだ!」

 それは巨大な鉄のウミガメに見える。甲羅少し前後を引き伸ばしたような姿だ。全長は30尺――9メートル――ほど、幅17尺――5メートル――はあるだろう。

 それが浜に上がると、キュルキュルと音を上げてこちらに向かってくるではないか。

 胴体の下に6個の大きな車輪が付いていて、それが地面を蹴って進み、巨大な副長達の前で止まった。

 その虚舟の脇の壁が突然、開いた。

「――おまたせしました!」

 梯子のようなものまであり、中から別の男が顔を出す。

「行くぞ、保安長っ!」

「承知!」

 副長のかけ声と共に彼女を抱えた保安長共々、虚舟に駆け込む。

 村人達が現れた虚舟に呆気にとられている間に、扉が閉まると来た道を戻って行ってしまった。


 ――あれは……兄貴じゃなかったか!?


 一瞬、虚舟から顔を出した男。海彦は……いや、村人はその男の顔には見覚えがあった。

 しかし、そんなはずはないと疑った。

 顔を出した男は、海彦にそっくりだった。そう双子の兄、山彦やまひこがそこにいた。

 そう見えた。しかし、彼は数年前に漁に出て以来、帰ってこなかった。

 では、あそこで顔を出した人物は何者なのか。それに消えた頃よりは幾分は歳は取っているように思えるが、双子である海彦よりも確実に若く見えた。

「虚舟とはなんだ!?」

 誰かがそう叫ぶ。

「神様の乗り物らしい」

「よその国で許されない恋をしたモノを流している、とも言われているぞ」

「だとしても――」

 集まっていた村人の視線が、転がっている海彦に集まった。

「お前の所為だ! 人魚の肉が取れなかったのはッ!」

「金がもらえなかったのは、お前の所為だ!」

 不満を爆発させた村人達が、海彦に一斉に襲いかかった。

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