第2話 一圓

 村の集会部分。祭りを行うときの空き地に村人が集まっていた。

 その中心には、ふたりの人物がいる。


 ――人魚の次は大入道か!?


 目に入ったのはひとりの大男だ。背の高さは六尺は――約190センチ――越えている。ヒゲ面の鬼瓦のような顔、歳もかなりいっているようだ。口をへの字に曲げて直立不動のままでいる。

 もうひとりはその脇にいる。背の高さは、日の本の普通の大人達と同じ5尺――約150センチ――ほど。隣の入道が大きすぎて、女のように見える。顔が能面の女面ように細い目をしているが、もみあげから顎にかけてグルリと薄い髭が生えているので、男であるようだ。歳は……海彦の父親ぐらいだろう。

 ただ、ふたりとも見たことの無い着物を着ていた。

 袴などではなく、鯉口こいぐちシャツや股引ももひきを分厚くしたような感じだ。頭の上も散切り頭に、半球の帽子を被っている。腰には一応、脇差しのようなモノがぶら下がっていた。

「見つけたモノには1圓を差し上げる。

 捜しているのは、あるお方……捜し物をしている」

 小柄な男が話していた。ちゃんと金を持っていると、思わせたいのか、掲げた手には金色に光るモノが見えた。

 しかし、人を探しているのか、捜し物なのかよく解らない。最初は『あるお方』となんだかエラい人のことをいていたが、急に物扱いをした。

「――九郞くろう様」

 それを村人以外にも大男も思ったのか、屈んで小柄の男に、小声で耳打ちするように言った。

「その名前で呼ぶな。保安長ほあんちょう

「申し訳ありません。副長ふくちょう……しかし、あまりミツヒメ様のことを――」

「いいんだ。あのお方は勝手だから」

「では、何も言いません」

 保安長と呼ばれた大男は、再び直立不動にもどった。

 副長と呼ばれた小柄な男は、パチンっと手を叩き注目を集める。

「さてッ! 我々が捜している物は……人魚だッ!」

 人魚。その言葉に村人がどよめき上がった。

「人魚とは……そのようなモノは、ワシは見たことがありませぬ」

 網元を務めていた村の長老が、歩み出していった。

 村人は――

「人と魚の合いの子らしい」

「食べると長生きできるそうだ!」

「猿と魚の体がくっ付いたモノだっていうぞ」

「そんなもん食べる奴がいるのか?」

「そんな化け物が、うちの村におるのか!」

「俺が見つける。金をもらうぞ!」

 混乱しているモノもいれば、馬鹿にしているモノもいる。金目当てで捜し出すと息巻いているモノもいる。


 ――彼女を捜しているのか?


 その中で海彦は、気が気ではなかった。しかし、村人達の口づたいに想像する人魚の姿は、自分が見つけた彼女とは違っていた。


 ――また別の人魚か?


 とはいっても、そんな珍しいモノが2体もこの村にいるとは思えない。

「あっああ。人魚を傷つけるのは無しだ。生け捕りにしろ。

 それから――」

 再びあの小柄な男が話した。

「捜す人魚は女の子だ。もう一度言う。傷ひとつ付けることは許さない!」


 ※※※


 村人達は海岸の方、砂浜や岩場、少し離れた入り江へと散っていった。全員ではない。

 捜す者もいれば、くだらないと切り捨てた者、そもそも歳だからと諦めて家に帰る者。

 海彦はその中で、自分の家のことが気になって仕方がない。

 皆の注意が海に向いている間に、悟られないように、そそくさと急いで家に戻ることとした。

 それを怪しむものはいないと、海彦は思った。だが、人の目なんてどこに見ているか分からない。

「あいつ、どこに行くんだ?」

 海馬が彼の妙な動きに気がついた。

 金がもらえるかも、と喜んでいたのに彼の姿がないのを不審に思ったのだ。


 ※※※


 海彦は自分の家に来てみると、中に人の気配があった。


 ――もう見つかってしまったのか?


 意を決して、入り口のムシロをめくり上げる。と、薄暗い家の中に誰かが座っている。

 その人影は、聞いたことのない透き通るような声を発した。

「どなた?」

 人魚の彼女が起きていた。

 上半身を起こし、キョロキョロと家の中を見回している。


 ――やはり人とは違う。でも……

 

 今まで目をつぶっていたから分からなかったが、キラキラした大きな瞳。人とは違う、見たこともない黄金色に輝いていた。

 それを見た瞬間、海彦は今まで感じたことのない感情がわき上がった。

「ここはどこ? あなたはどなた?」

 再び彼女が質問した。

「えって、あ……」

 海彦は息がつまった。顔に血が上るのが分かる。身体が固まって口が上手く動かない。

 彼女の方は、再びキョロキョロと家の中を見回し、最後には自分の着ていた着物が、そばに落ちいたのが目に入ったようだ。

 そして、自分が別の着物が着させられていることに気がついたようだ。

「どういうこと?」

 急に彼女は怪訝そうな表情を浮かべた。

 着替えたのは海彦だし、着ていた高級そうな着物と比べて粗末なのを着せたのも自分だ。それを説明しなければ、誤解をあたいかねない。

「ぬっ、濡れていたのを乾かそうと……磯で気を失っていたから――」

 テンパって時系列がバラバラだ。彼女を見ていると、やはり頭に血が上ってボーッとしてしまう。

「クスっ! 魚人なのに着物が濡れるなんて」

 ツボにはまったのか、コロコロと彼女は笑い出した。

「それで、幼気いたいけな少女の着物をむしり取ったのですか……クスクス……」

「いや、おッ俺は……」

 その表情を見ていると、やはり人間の少女にしか見えない。下半身がクジラである以外は。

 確かに、考えて見れば水の中にいつもいるのだから、着物が濡れようが関係ない話だろう。

「顔が真っ赤になって、カワイイっ!」

 とんでもない者を拾ってしまった。海彦はそう感じたが、急に彼女の顔が引き締まった。

「――それはそうと――

 見ず知らずのこのわたくしを、あなたは助けてくれた。それでよろしいですか?」

「えッ? あッ! そうです。磯にあんたが打ち上げられていたから――」

「それで助けてくれたと? ありがとうございます。

 何かお礼をしたいのですが……生憎と持ち物があまりありません」

 突然、口調がどこかの高貴な姫様のような変わった。


 ――只の人魚ではないような……いや、そもそも人魚に種類があるのだろうか?


 海彦は自分が助けた彼女のことを計りかねていた。

 あの村人のひとりが言っていた『猿の身体と魚の身体がくっ付いたモノ』とは、彼女の容姿はほど遠い者だ。

「あっ、ちょっと待ってくださいね。ひょっとしたら――」

 と、自分の着ていた着物をあさり始めた。そして、何かを見つけたようだ。

「これ、これを進呈します!」

 彼女が差し出したのは、キラキラした青色の透き通った石だ。水滴を固めたようにも見える。

「何ですか? それは……あっ!」

 キレイな細い指の上にあるその石に手を伸ばした。その時、彼女の指に触ってしまった。柔らかい……水掻きのようなものがあるが、少女と変わらないだろう。

 海彦はその柔らかさにビックリして、手を引っ込めてしまった。

「顔が真っ赤になって、カワイイっ!」

 またコロコロと笑い出した。

 そう言いつつ、彼の手を掴むと引き込んだ。人魚だからだろうか、見た目の少女とは思えない、かなりの力だ。漁で鍛えているはずの海彦の力でさえも侮れない。

 海彦は彼女の力にビックリはしたが、そのまま強引に掌に青い石が置かれた。

「これはお守りです。何かあった時に――」

 彼女は急にそわそわし出した。

 何ごとかと、海彦もあたりを見回す。

 ふと、隙間から入っていた光が、一瞬点滅したのだ。


 ――マズイ! 誰か来たのか?


 海彦も気になると……外が何やら物音が聞こえた。

 壁の隙間から覗くと、何と言うことか、村人が集まってきていた。


 ――どうして?


 海彦にわかりようがない。彼の行動に不振を思った海馬が、後をそっと追いかけていたのだ。

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