終 嫌な予感

 巨大な宇宙船を見下ろす。木漏れ日のような淡い緑の光をゆらゆらと、地球人類には作れないリズムで放ちながら、宇宙船はゆっくりと下降していく。

 ふいに、抱えている植木さんが腕をぶんぶんしたので、アゴにぶつからないように必死で避けた。宇宙船はチカチカと応答するように光り、ゆっくりと僕たちのいる軌道エレベーターの入り口に近づいてきた。


「私が話をつけた。乗せてもらって地球に帰ろう」


「いいんですか!?」


 宇宙の高度な文明にコーフンするレモンさんはともかく、現状そうするしか地球に帰るすべはない。宇宙船が横付けされてハッチが開いた。


 乗り込んでみると、そこは「とてもきれいな森」であった。小学生のころ遠足で行った山を思い出した。なんと小学校の遠足だというのに文字通り遠足でバスではなく歩きだったので、僕を含む同級生全員が「ないわー……」と言いながら、5月のビカビカの陽気の下を歩いたのだが、それはともかく。


「これが植木さん谷さんのもといた世界ですか。種の形で来て人の形になる予定だったんじゃないんですか?」


「みんな待ちきれなかったのよ。地球にたどり着いたら人型になるわ」


 谷さんが嬉しそうに笑う。


「あの手塚●虫の名著『火●鳥』みたいなグロテスク生物はいないんですね」


「あれは故郷の星に適応した姿だからね。地球の植物を模した形態に品種改良したんだ」


 植木さんの説明をしみじみ聞いていると、むこうからのそのそと、ドラ●もんの●ー坊みたいな姿の、樹木人といった感じの人が近づいてきた。


「地球の方ですか?」


「はい。植木さんと谷さんに、地球の人々へ広報してほしいとお願いされたのですが、力及ばず」


「まあ概ねそうなるだろうなと思っていました。地球は身分差別や年齢差別の激しい土地であるからにして」


 そうなのだろうか。僕はそうだと思わない。しかしこの植物質宇宙人からしたら、地球というところは差別まみれであるのだろう。

 ふと思い出す。僕はクラスで陰キャ扱いをされており、いちばん面倒くさい花壇委員を押し付けられた。僕は花がわりと好きなので気にしていなかったが、これこそが差別ではないだろうか。


「地球人は宇宙人を創作するのは好きなのに、いざ会いたいと言うと怯える民族ですね。いまアメリカ大統領府に地球人の分かる形で通信を行っているのですが、返事がくる気配すらない」


 まあそれはそうでしょうね。地球のメディアがこの状態をどう報じているかは分からないが、きっといいものだと思う人はいないだろう。

 しかし、植物質宇宙人たちが北極や砂漠地帯をハビタットとするなら、温暖化のリスクは大幅に減り、ウィンウィンの関係というやつではないだろうか。まだ分からないけれど……。


「きみの考えているとおり、我々が地球で暮らすことによって、地球人も潤されることになります」


「うおっ」


 読心されていて変な声が出た。


「植木委員、谷委員、ご苦労でした」


「いやあ私はなにもしてませんよ」


「同じくです。この勇敢な若者たちに助けられたのですから」


「さて……ほかの委員とも連絡をとります。まもなく地球に到着しますよ」


 そうして、僕とレモンさんは無事に地球に帰ってきたのだった。


 ◇◇◇◇


 きょうも僕は花壇委員の仕事をしている。マリーゴールドやサルビアに、ざばーっと水をやる。朝の太陽にしずくがきらきらと煌めいて、それはそれはきれいだ。


 宇宙からやってきた植物質宇宙人たちは、北極や砂漠、人による伐採の進んだ地域などを中心に暮らしはじめ、人間が排出した二酸化炭素をガンガン酸素にしている。

 なお地球の植物は夜になると酸素を取り込む呼吸をするわけだが、宇宙人たちはそれをしないのだった。まさに渡りに船であった。


 街は急に緑が増えた感じだ。人間の暮らす地域にも植物質宇宙人たちは暮らしている。街路樹の代わりに宇宙人が植わっていたりして、水をやると感謝されたりもする。


 植物質の文明は平和なものだ。戦争などする意思はないようだった。

 なおメタルビーバーはすでに絶滅した。餌が半日ないだけで死んでしまううえに、植物質宇宙人を植わっている状態でしか認識できないのであった。


 花壇委員の仕事をちゃんとやってから受ける授業はとても楽しい。クラスの連中はもう僕をバカにしないようだった。


 学校が終わってアパートに帰ると、まぁた植木さんが全裸で日光浴をしていた。まるでサボテンに子株がつくがごとく、「腕つきゆっ●り」から人間の姿に戻ったのである。


「全裸はまずいですよ!」


「そうかね? この生殖器は飾りなんだが」


「飾りとかそういう問題じゃなくてですね」


 なぜこうも変態なのか。呆れるわけだがまあ仕方がない。

 ……待てよ。


「それが飾りということは、宇宙人のみなさんは花粉で繁殖するということですか?」


「そうだが、どうしたんだい?」


 嫌な予感がする。とにかくその年は、猛暑があり夏と変わらないような秋があり、わりと暖冬の冬があって、四季は巡って春になった。


 その春、世界じゅうで花粉症のパンデミックめいた大騒ぎがあったのはここだけの話にしておく。(おわり)

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植物質宇宙人あらわる 金澤流都 @kanezya

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