第24話台風の夜に

 夏休みを、三日後に控えていたが、台風が近づいているという、情報が入って来た。メロウは、兄たちと、故郷に帰る予定だったので、少し不安になった。

「ミオリ兄さん、台風が近づいているって聞いたんだけど、大丈夫かな、予定どうり帰れるかな」「ああ、列車が走るかが、問題だな。入学して、初めて帰るのに、災難だな、台風なんて。明後日には、台風、直撃しそうなんだ。帰るのは延期しようかな」食堂の前で、兄のミオリに会ったので、メロウは、心配な事を、聞いてみた。

「僕も延期するんだよ、ギルディもアラオルも延期するんだろう」とグオンが言った。「うん、さすがに、台風の中出歩くわけにはいかないからな」とギルディが食事を受け取る列に並びながら言った。「ほとんどの人が残ると思うよ、首都の人以外は」とアラオルが言った。

「園芸部は、作物が、台風にやられないか心配している、去年の台風で、被害が、大きかったんだ。三つも直撃したからね。今度の台風も大きいらしい」ギルディは二年前に卒業した、園芸部だった従弟の畑を受け継いだのだ。準部員になっている。

「収穫できるものは収穫して、防風ネットかけたり、支柱を補強したりしなくちゃね」ギルディが腕組みして、考えていた。

「「社会見学同好会の会室も対策しなくちゃね、窓に外から板を打ち付けたりね、去年の台風で、壊れたから、ワイヤーで地面に固定したんだよ。あと、土嚢を周りに積んでおかなくちゃね」アラオルが言った。

「手伝いますよ」とメロウ。「気持ちだけでいいよ」とグオンががメロウを見た。

「メロウは風が強くなったら、出歩いたりしないで、部屋のなかでできることをしなさい」とミオリが言った。

「はーい」とメロウが言ったので、そのやりとりを見て三人の求婚王子たちが顔を見あわせて笑った。

 食堂のおばちゃんは買い出しに走り、教師や学生たちは、外に出ている植木ばちをかたずけたり、折れそうな木の枝を切ったりして、対策に大忙しだった。風や雨が強くなったら、危ないので、今のうちに、やれることはしておかなくては。


 メロウは空を見ているグオンの隣に立ち、「雲の流れが速いですね」と不安そうに空を見上げた。トンボが集団で飛んでいく。低く、垂れこめた灰色の雲が空を流れていく。遠く、夕焼けの空だけが鮮やかなオレンジ色だった。台風のまえにみられる光景だ。「メロウは雷が苦手だったね、ぼくらがいるから、心配しないで。家から遠く離れた場所で、台風にあうのって不安だよね、早く帰りたかったんだよね」

「はい、でも、皆も同じですから。天気に文句言ってもしょうがないですからね」

 雨になりそうだ。「台風の時は、特別でね、ホールや、談話室で、皆で集まっていてもいいことになってるんだよ。台風の時、一人は嫌だからね。皆で、話をしながら、台風をやり過ごすんだ」とグオンが言った。「そうですか、良かった」

「シーナ先生も来てくれるよ」


 風が強くなり、横なぐりの雨が降り、人々の不安をかきたてた。台風の時にはじっと、家の中に閉じこもり、台風をやり過ごすしかできない。

人は天候には勝てない。雨も、風も、暑さも、寒さもなんとかしのいでいくしかない。良い天気の時は、ありがたいと思って、日々を暮らしていく。時々、空も海も違う顔を見せる荒れ狂う風雨、自然は時に無情なものだ。

 学生達は、台風の真っ最中、何をどうこうすることもできないので、談話室や、ホール、食堂などに集まり,持ち寄ったお菓子を食べながら話をするくらいしかできない。雨戸を締め切った部屋の中は暑いし、日中でも薄暗い。

 離れて暮らす家族に思いを寄せる。「海に漁に出ていた人はいなかったかな、兄さんたち、大丈夫かな」とメロウがお菓子をつまみながら、言った。「大丈夫だろう、漁協とかには、早くから、台風の情報が入るから」とミオリが言った。「あまり、被害が大きくないといいが」とメロウから、お菓子を受け取り、ミオリが言った。

「メロウは末っ子だから、兄弟皆から、甘やかされていたからね、他の兄弟たちの方が、心配してるよ、メロウがいない、初めての台風だから」と、ミオリが、三人の求婚王子たちに話した。「ラナンも僕にメロウを頼むって言ってたしね」

「いつものメロウを見ていたら、甘えん坊には、見えませんね」とグオン。

「それがね、とても、意地っ張りなんだよ。とくに、外部の人にはね」とミオリが笑った。

「ミオリ兄さん、変なコト言わないでよね」と、メロウがお菓子を食べる手を止めた。三人の求婚王子たちは、笑いをこらえて、メロウが、「なんですか?」と言ったのに対して、「いや、なんでもない」と答えた。

台風が通り過ぎるのに一昼夜かかる事があるし、それ以上かかることもある。

窓ががたがたいって、建物に吹き付ける風がビュービューと鳴り、雨が激しく打ちつける音がしている。夕方になってきて、ランタンが配られ、明かりがあるだけで、ほっとするね、と非日常を感じながらも明かりの存在がうれしかった。

「すごい風だね、雨もすごそうだ、雨龍と、風龍が暴れまわっているんだね、こんな日には、そう思えるよ」」とグオンが言った。

「あっち、こっち、風でがたがたいってるし、風のうなる音が怖いし、とても、一人ではいられないです。こうやって、皆でいられるのは心強いです」

 口笛部員たちが口笛を吹いていた。寮の二階の一番奥に音楽準備室兼練習室がある、ピアノや、他の楽器、楽譜などが置いてある部屋に集まって口笛を吹いている。

『きっと必ず帰るから』だ。歌い手担当の者が歌っていた。

「口笛部は、台風のときにこの歌を歌うんだよ。恒例になっていてね。僕も学生のとき準部員でね、時々、歌っていたんだ。ラナン程上手くないけどね。台風の時、避難してきた、ボナルド国のジェルディン王子のために、ルリア様が歌ったこの曲は、台風の時に港に急ぐ船乗りの男が恋人に向かって歌ったものでね、ようするに台風の歌なんだ」

メロウは夢に現れるルリアを思った、百三十年前の二人の姿が目に浮かぶようだ。


 つぎの日の昼頃、暴風域をぬけたが、まだまだ、強風が吹き荒れていたので、風にあおられて転倒する人がいた。学生達が窓を開けて、外の様子をうかがった、折れた木や、飛ばされてきた様々なモノ、壊れて落ちた瓦や木片、などが散乱していた。

浸水被害や半壊の建物などが多数あり、飼育小屋の倒壊、家畜が死んだり、農作物にも大きな被害がでた。

「大きな怪我した人がいないといいが」ミオリがため息をついた。

「まだ吹き返しの風がしばらく続くから、外を出歩かないほうがいい」とミオリは学生たちに注意した。

「台風が去ったら、ほっとするけど、被害の状況を聞くと、心が痛いね」とアラオルが言った。

「売店の側の木が倒れて、倉庫が壊れたって」とグオンが言った。

「うわ、おばちゃん、かたずけるの大変だな。あとで、手伝いに行こう」とギルディ。毎年繰り返されることではあるけれど、後片付けが大変だ。風がおさまったらすぐ、始めよう。






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