第21話

  青い海に揺れる小舟の上で、四人は動揺して、上手く考えることが出来ない。事実だけが重く目の前に突き付けられた。

「戻ろう。とにかく、濡れた服着替えないと風邪ひいちゃう」とアラオルが言った。

「そうだな」とギルディ。「メロウ、大丈夫だよ」グオンが優しく言った。ギルディ、アラオル、グオンの三人が交代で櫂を漕いで、急いだ。

  肩にタオルをかけ、三人に背を向けて、メロウが膝を抱えて座っている。

  岸を目指し、三人は必死に櫂を漕いだ。

  岸について、小舟をロープに繋いで、舟小屋に飛び込んだ。壁にかけてある、上着を取り、ギルディがメロウの肩にかけた。メロウが上着をぎゅっと掴んだ。

  荷物を少しだけ持って、四人は小屋を出た。

 メロウはずっとうつむき加減だった。家までの道のりが長かった。上り坂なので、なおさらだった。

  鍵を開けながら、ギルディが、「着替えたら。食事にしないか?夕食には少し早いけど、お腹すいただろう?」と言った。

「着替えて、そのまま休ませてください」とメロウが言った。

「メロウ少しでも、何か食べなきゃ」とアラオル。

「……、はい、わかりました。着替えたら、行きます」

「準備しておく、ゆくりでいいよ」とギルディが心配そうな顔をした。

「ぼくは、着替えなくていいから、お皿だしたりしておくね」

「メロウ大丈夫?」と、アラオル。


 ギルディが食べ物を温めそれぞれの器に入れ、それを、グオンが配った。

 四人は黙々と食べた。

 料理はどれもおいしかったが、この状況では、食事を楽しむことはできなかった。

「今日は早めに休んで、話すのは明日にしようか?」ギルディがちらっとメロウを見た。

「そうだね、今日は疲れたね」とアラオルがうなずいた。「メロウ、ゆっくり休んでね」とグオンがぎこちなく微笑んだ。

「ギルディ先輩、アラオル先輩、グオン先輩、今日は助けていただいて、ありがとうございました」と言い、メロウは静かに微笑んでみせた。

「先に休ませていただきます」

「ゆっくり休んで」

 メロウに続いて三人も廊下にでた。

 お休みなさいと言って、部屋に入るメロウを見守った。


 メロウは部屋に入り、ベットに腰かけると、大きなため息をついた。

涙がぽろぽろと、頬を伝っていく。(もう、終わりだ。もう、ダメだ)ベットの上に横になり、メロウはさめざめと泣いた。


 午前一時、シーンと寝静まった家の中で、メロウはベットからそっと起き上がった。三人の求婚王子は寝ているのだろう。小さな荷物を持つて、メロウは、音をたてないように、歩いた。部屋のドアを開け、そっと当たりを見渡した。誰もいない。薄暗い中をそっと進み、玄関のドアを開けた。少し、きしむような音がした。

 メロウはゆっくり、外へ出た。真っ暗な中、深く頭を下げた。

(ギルディ先輩、アラオル先輩、グオン先輩ありがとうがざいました。さようなら)

 メロウがくるりと向きを変え、立ち去ろうとしたその時、メロウの左手を誰かが掴んだ。その人物は、ピーっと口笛を吹き鳴らした。ギルディだった。

 玄関に一番近い部屋の窓から、アラオルとグオンが飛び出してきた。

「お前の考えそうなことぐらいわかるよ。俺たちの前から姿を消すつもりなんだろう。メロウ、俺たちに二度も失わせないでくれ」

「ひどいよ、二度も姫を失なうなんて」とグオンが泣いた。

「君の気持ちはわかるよ、僕たちの事を考えての事だろう。僕たちが争うのを見たくない。でも、僕たちの気持ちは?」とアラオルが言った。

メロウが両手で口を覆い肩を震わせた。

「ずっと、求婚王子と呼ばれていた。でも、肝心の姫はいない、心の中はいつももやもやしていた。一ピース欠けたジグソーパズルのようだった。君を仲間に入れたのはその一ピースを埋めるためさ、幻の姫、君じゃなきゃいけなかった。僕らは、かわいい後輩として欠けた一ピースを埋めるつもりだった。でも、きみは姫だった、本物の姫だった。今、居なくならないでくれ」とアラオルが言った

「ごめんなさい、私は、入学前に両親や兄たちと話合ったんです。正体がばれたらすぐ姿を消すと。病気を理由に、入学しない。死んだことにする、色々、話合ったんですけど、後、たった三年だけだからって、三人の求婚王子と世間の人たちに男としての姿を見せるだけだからって。その為に、私は今まで頑張ってきたんです」

「君は、それでいいのか?君の青春を捨ててもいいほど、ぼくらのことが嫌いなのか?ぼくらが過ごした四か月は、あっさり捨ててしまえるものだった?」とグオンが泣いた。

「俺は、お前が消えたら、どんなことをしても、探し出すよ、だって、こんなのって、ひどいじゃないか」

「私は、このまま楽しい日々がつづいていけばいいと思っていました。四人でいるのが楽しかったから……でも、白蛇むすめの話のように正体がばれてしまったら、終わりなんです。お別れしなけりゃいけない」メロウの目から涙があふれた。

「どうして去っていかなきゃいけないんだ。僕は、あの物語を読んで思った。正体がばれても一緒にいたら良かったのに、二人が望めばいいじゃないか。蛇だろうが精霊だろうがかまわないよ。一緒にいたいという思いだけが、一緒にいる理由だよ」

「でも、十八年、十八年ですよ、今更、三人の求婚王子の姫になれますか?」

「メロウ、僕らは、十八年前の、まだ子供だった頃とは違う。この問題を、僕らの手に取り戻さないか?これは、僕らの問題だよ、僕らが当事者なんだ、僕らが君を守るよ。だから、僕らの手に取り戻そう」とアラオルがメロウの両肩を掴んだ。

「私たちの手に取り戻す?」

「そうだ。僕らに知られたことを、隠すんだ。僕らも誰にも言わない。僕らだけの秘密にしよう。このまま、学園生活を続けよう、時がくるまで」とアラオルが優しく言った。

「時がくるまで?」

「そう、何かが動きだすまで、あるいは、僕らが動かなきゃいけなくなる時まで。僕らは、今はまだ、求婚とか、結婚とかはまだいいんだ。四人でいられたらそれでいい。君は姿を隠す必要なんかないんだよ。自分を犠牲にすることはないんだよ。君は君の人生を生きていいんだよ。今はこのまま、四人でいないか?」アラオルの優しい目がメガネの奥で輝いていた。

「今のままですか?」

「そうだ、今のままで。先輩と後輩として。求婚の事はずっと後でいい、君がいやなら、断ってくれていいんだ」とギルディ。   「私は、三人とも好きです。選べません」泣いてしまった、メロウの手を握り「ぼくらは、十八年間求婚王子と呼ばれてきたんだ、立場が違うだけで、それは君も一緒だね」グオンが言った。

「「僕らは、社会見学同好会を作るまでは、お互いの事を嫌っていたんだよ、嫌悪していた。子供の頃から、求婚王子と呼ばれて、……でも、肝心の姫がいない、求婚王子なんて名称は僕らにとって、何の意味もない。その虚無感から、お互いを憎むまでになっていた、とがった思いは、相手に向けられ、傷つけあった。無意味な争いだった。一年後に君が来る、それだけが僕らの希望だった、幻の姫と呼ばれた子、姫になれなかった子と世間から呼ばれた子、僕らより、よっぽど可哀そうじゃないか。守ってあげたい、幻でも君は僕らの姫だったんだよ」

「そんなの、メロウのせいじゃないのに、ひどいじゃないか。会って、少しでもなにかして、あげたかった。君らもそうだったんだろ」

「ああ、そうだ、メロウ、行かないでくれ、少しでも、俺たちの側にいたいと思っていてくれるなら、せめて、卒業するまでそばにいてくれないか?」

「メロウは嫌かい、ぼくたちと一緒にいるのは?」とグオン。

「いやだなんて、そんなことあるわけないじゃないですか。……楽しかった

この日々がずっと続けばいいと思うほど、口笛部の部員達や、三角ボールの部員達、食堂のおばちゃんたち、皆だいすきです」

「捨てていくのか、全部?」こらえきれず、ギルディが涙を流した。

メロウは、両親や兄たちとの約束が頭をよぎって、涙がとまらない。

「メロウ」三人の求婚王子が名前を呼んだ。三人とも泣いていた。

「メロウ四人だけの秘密にしよう。時が来るまで。このまま、先輩後輩のままで。今はそれ以上望まないから」アラオルが言った。

「四人だけの秘密にする、この問題を自分たちの手に取り戻す、そんなことができますか?」

「できるよ」と求婚王子たちが叫んだ。「四人が一緒にいたいなら、何だってできる。俺たち、何だってするよ。メロウ、俺たちが守ってあげるよ。始めて会った時も、そう言った、君は信じなかった?俺たちを信じてよ」

「私はどうすればいいんですか?正体がばれてしまった今、三人の求婚王子たちとどうむきあっていけばいいんですか?」

「君はいてくれるだけでいいんだ。一緒に学園生活を送ってくれるだけで。ただ、いつか、ずっとあとでいいから、僕たちに、求婚させてくれないか?断ってくれていい、求婚王子の僕たちに求婚させてほしい。それで、僕らの十八年が報われる」

ギルディとグオンもうなずいた。

「父がしたことは、私や、まだ幼かった求婚王子を守るためです、それだけは分かってください」

「うん、わかっているよ。君のお父さんの苦しみがわかるよ、だから、それはそれでいい。ただ、これからのことは、軌道修正していかなければね。僕らは、あの頃の子供じゃない、今の僕らに合わせてかえていくべきだ。だから、時が来たら、僕らは動き出そう。それまでは、このまま、一緒にいよう」とアラオルが言った。

「君が約束してくれたら、ぼくたちは、いつまでも待つよ」と、グオンが涙が止まらなくて、嗚咽しながら言った。

「僕らは、ずっと、求婚王子と呼ばれてきた、求婚には相手がいる、生まれる前とはいえ、それは君だった。求婚したのは親たちで、僕らではないけど。君が男だと思ったから、あきらめたんだよ。でも、女のこなら、話は別だ。僕らが結婚を考える時、一番に、頭に浮かぶのは君だよ。君は求婚王子と幻の姫を終わらせるために来たと言ったね、でも、僕らが求婚をして、君がそれを受けて、考えて、一人を選ぶ、あるいは、誰も選ばない、で他の好きな人を選ぶ、、それが、本当の正解じゃないか?僕らは、断られてもかまわないんだ。君が女性なら、君に求婚したい。誰でも、望んでも手に入れられない事はある、それでも、皆、挑戦するよね、隠されたまま終わりにされたくないんだ、」とアラオルが三人の気持ちを話した。

メロウは、三人の求婚王子と居る時に感じてをいたうしろめたさを、無理やりおさえこんでいた。自分は三人の求婚王子たちにひどい事をしている、ごめんなさいと心の奥で思っていた。

「ギルディ先輩、アラオル先輩、グオン先輩、私の事が好きですか?三人の求婚王子って呪縛にとらわれているだけじゃないですか?私じゃなきゃだめだと思っているだけじゃないですか?」

『僕は君が好きだよ、仲間として好きだ。君が女性なら、一番好きな女性だよ」と、とアラオルが、言った。

「僕も、君がすきだよ、女性として、恋愛対象として好きかと言われたら、今日それが始まったばかりだ。君は、君はずるいじゃないか、女性だという事を隠してぼくらのそばにいた、ぼくらの素をみてきた、今更かっこつけようがない。ずるいじゃないか」こんなときでもぐじぐじ文句を言ってしまう、グオンに、メロウは思わず笑ってしまった。

「俺も君が好きだよ、メロウ。確かに、今更、かっこつけようがないな。ま、これが俺たちさ、それじゃだめか?」

 メロウは、目を伏せて、うなずいた、どこまでも、この求婚王子たちは、メロウの好きな先輩たちのままだ。(やっぱり、先輩たちって、面白い)この人達が好きだ。

「わかりました、いつか、三人の求婚王子たちの求婚を受けましょう。断ってもいいんですよね?」とメロウが言った。

三人の求婚王子たちが喜びの声をあげた。

「うわーよかった」と一段と大きな声でグオンが泣いたので、

「泣かないでください。私が泣かせてるみたいじゃないですか」

「泣かせているじゃないか」と、グオンが泣き笑いで、文句を言った。



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