第18話


  君の人差し指で 僕の心をなぞられたそんな気がした

  夕暮れの帰り道 ぽつぽつふる雨

  大きな木の下で雨宿り

  君がふいに僕の背中に 指で好きと書いた

  背中からむずむずと 好きが広がる

  ああ、君って……

  ああ、僕は……

  もう 土砂降りでもいいや

  君と このままぬれていたい


 ラナンがヒヨコ組を励ますために歌っていた。メロウから、今年もヒヨコ組だと聞いたからだ。「やっぱり、ラナン先輩は歌上手いな」とロンが隣のシドにささやいた。ラナンが歌うと聞いたら、部外の見学者も増えるんだ。やんちゃ坊主みたいな性格のラナンだが歌うと男前が三割増しになる。メロウは、その変わりようがおかしくてたまらないが、さすが、前のウグイス組だなと思う。


 木々に囲まれた山裾の道を歩いて行く。緩くカーブした坂道を降りていくと、池が現れた。

「ほら、あれが台風のときに現れるという風龍と雨龍が水を飲みにくるという

二龍池だよ」グオンが指さした先にその池はあった。

「ものすごく、風や雨が強くならないと現れないから、実際、見た人ってあまりいないんだよね」アラオルが隣を歩いているメロウに言った。

「伝説の龍ですよね、すごいです」

「見たという人もいるんだよ」とギルディが言った。「見間違いだと言う人もいるよ」とグオン。

「突風がふいたりするだろう、龍が暴れているんだって、風雨の中を」メガネをかけなおしてアラオルが言った。「それだけ、台風がすごいってことですね」とメロウ。

「風が水面を巻き上げて、水しぶきが上がって、雨が強風にあおられて目を開けていられないようななかで、雨龍と風龍が暴れているなんて見えないだろう」とギルディが笑った

 池の周りをゆっくり歩きながら、四人はぐるりとあたりを見渡した。

「ここ、静かで雰囲気いいね。雨龍と風龍が来るなんて、たくさんある、台風にまつわる話としては凄いね」とアラオル。

 木々の緑の梢をざわざわと揺らす、風の音を聞きながら、池を見ていた。魚が泳いでいるのを見て、「魚がいるね」とのぞきこんだ。亀が一匹泳いでいた。「あ、亀」グオンが指さした。「亀って、かわいいよな」とギルディが言った。「四人は、木製の長いすをみつけて座った。「おやつにしようか?」とギルディ。

「今日のおやつはなんですか?」「今日は、芋を混ぜて炊いたご飯にばななの輪切りを入れて拳大ににぎったものを平たくして焼いたもの」

「先輩、最近うけねらいすぎですよ」とメロウが苦笑した。三日前もパンにばななとミカンを切ったものにはちみつをたぷりかけてはさんだものを食べさせられたのだ。「おやつなのか、ご飯なのか……罰ゲームてきな」とグオンが言った。

「ばななを減らすために工夫してるんだろう」とアラオル。

「なんだよ、まずいって言えよ」

四人は、食べながら感想を言い合った。

「まずくはないよ、まずくはないけど、好んで食べるものではない」

「ギルディ先輩、お腹すいてたら、食べられます」

「まずいって」とグオン。

「景色をみながら、仲間と食べる、最高だろ」とギルディはめげない。

「二龍池の名前を聞いたら、思いだすんですね、この景色とこの味を」とメロウがしみじみと言った。グオンはそんなメロウを見て、口元に手をを当てた。「実は、ぼくは、十歳の頃君を見たことがある。ていうか、君を見たくて、わざわざ君の住んでる町に行った」少し気まずそうな顔をして言った。

「へえー、グオンもか?俺もメロウのこと見たくて、メロウの住んでる町に行った。俺は十一だった」

 メロウは少し下を向いた。「なにをしているんですか、先輩たちは……」

「だって、三人の求婚王子ってまわりから言われつづけて、一度見てみたいって」

「うん、俺も」「わざわざ見に来たって、うちの領まで?」とアラオルがあきれ顔で言った。「だって、君は会いたいと思ったら、会えるだろう」とグオン。

「それはそうだけど。僕は六歳くらいの頃メロウをみたことがある。子供の頃、僕は意固地なところがあって、メロウを避けていたんだ」

「知らないうちに見られていたなんて嫌ですよ」メロウは胸がちくりと痛んだ、三人の気持ちが分かったからだ。メロウにも憶えのある痛みだった。子供の頃、三人のことを考えたことがあった。アラオルを何度か見たことがあったが、『アラオル様』と呼んで遠目で見ただけだけだった。

「でも、さすがに声はかけられず、遠くから見ただけ」とグオンが言った。

「俺も、あの子かって、見ただけ」

「ぼくはうれしかったよ、あの子が女の子だったら、求婚王子の姫になるはずだった子かって……かわいい子だったから」

「そうか?俺は腹がたったよ、かわいい子だったから、もし女の子だったら、俺のお嫁さんになるはずだったのに……って」

「うわーっ、メロウはうちの領民だよ、もし、女の子だったら、僕と結婚する可能性が高いじゃないか」とつい、アラオルがむかついた。

「うちの父が最初に申し込んだんだぞ、俺に決まってるだろ」

「こういうことは、申し込み順じゃないでしょう」とグオン。

「そうだね、僕もそう思う。本人が決めることだ」「そうだな、うん、そうだ」とギルディが笑った。立場が違うだけで四人はおなじような子供時代をおくってきた。

 メロウは求婚王子たちと仲良くなるにつれて、辛い思いをすることが増えてきた。それでも一緒にいたいと思う。(先輩たちといると楽しい。今はまだ、側にいたい)

 四人おそろいの狐のぬいぐるみに、くすぐったい思いをしながら、メロウは求婚王子たちのそばにいた。(いつまでも、この日々が続きますように)


 その夜、メロウはルリアの夢をみた。ルリアが椅子に座ってうたっていた。膝に狐のぬいぐるみを置いて。「金色狐のレックさん」を楽しそうに歌っていた。歌い終わると、手を伸ばし、「メロウ」と名前を呼んだ。


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