第15話台風とルリアの恋

 台風が近づく中を航行中の船は、激しい雨と、強い風で、荒れ狂うような海を近くの港へ急いでいた。大国ボナルド国の第二王子一行は緊急的に避難した島国で王家の別邸に滞在することになった。

 十年前の台風の時に避難してきた船に乗っていて、帰らずにこの国に残った、ボナルド国出身のドーベンが通訳としてよばれた。

 その年の歌姫のルリアがボナルド国の第二王子ジェルディンの為の宴によばれた。急遽整えられた宴だった。

 ルリアは美女と評判が高く、歴代の歌姫の中でも一、二番と言われるほど、美しい歌声で、人々を魅了していた。

 この日、ルリアが歌った歌は、『きっと必ず帰るから』とドーベンから教えて貰った、『金色狐のレックさん』だった。

 この曲は、ボナルド国の人なら誰でも知っていると言われている童謡で、外国の曲を急いで憶えるなら、簡単な曲のほうが良いだろうと、ドーベンが選んだ。

激しい風と雨にもみくちゃにされた一行は、風呂に入って、食事を取ったら一刻も早く休みたいと思っていた。台風の近づく中で宴を開いてくれたのはありがたいが、と思っていたのだ。

ルリアと口笛楽団が部屋へは入ってきた時、ジェルディンは、あまりの、メロウの美しさに見とれてしまった。(うわー、女神……)

 口笛が吹きならされ、ルリアが歌った。

    この雨がやんだら

    この風がやんだら

    きっと必ずかえるから

    愛しい人よどうか泣かずに待っていて

    夜ごとあなたの夢をみる

    夢であなたの声を聞く……

 美しい声だった、自国の言葉ではないので、意味はわからなかったが、トーベンが通訳してくれた。

 ルリアは少し緊張しながらも、しっかり前を向いて笑顔で歌った。次の『金色狐のレックさん』をルリアが歌い始めると、「おお」っとボナルド国の一行が感嘆の

声をあげた。ルリアはトーベンにボナルド国の歌を教えてほしいといって、この曲を教えてもらったのだ。

     金色狐のレックさん 青い瞳の

     金色狐のレックさん 山の友達

     まるい月夜の晩にお散歩

     金色狐のレックさん 一緒に 歌おう


     金色狐のレックさん 青い瞳の

     金色狐のレックさん 僕の友達

     雨の夜はうちにおいでよ

     金色狐のレックさん 一緒に 寝ようよ

 異国の地で、思いがけず自国の言葉で歌が聞けるなんて……

「今年の歌姫のルリアが私にボナルド国の歌を教えてほしいといったんです」と言った。

(ああ、こんなところにいた、僕の運命の人)ジェルディン王子はただ、みつめていた。(恋ってこんな風に始まるんだな)長い黒髪、細い肩、つぶらな瞳の美しい人、たどたどしいボナルド語で、一生懸命歌ってくれる人。短い時間で、僕のために憶えてくれたんだとわかるから。ジェルディンは立ち上がり、歌い終わったルリアに近寄っていって、ルリアの手を握った「ありがとう、元気がでました」とボナルド国の言葉で言った。トーベンが訳した。はにかんだ笑顔で。ルリアが握りしめられた手を見ていた。

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