第10話

 演奏会を観て、もう一度ルリアの絵の前にもどってきた四人は、人込みの中に新聞部のダインの姿をみつけた。

「新聞部のダインがきているね。彼、色々な所に現れるんだ。常に特ダネを探している」とアラオルがメロウに耳打ちした。

「ぼくらは、一緒にいてもおかしくないよ。同好会の活動中なんだし」不愉快そうにダインに視線を向けたグオンは口のなかで、小さくぶつぶつ言った。

「一回目の野外活動だしな。記事にするつもりなんだろう。そろそろ声が掛かるかもよ」とギルディ。

 入学式の次の日の夕方に号外を配ったダインは、愛想の良い笑顔で人に近づき、最初は当たり障りのない会話と質問で相手を油断させて、聞きたい事をちゃっかり聞いてしまうという特技をもっていた。ゆくりした足取りであたりをきょろきょろ見ながら、メロウたちの側までやってきた。「あれ、こんにちは。四人おそろいで、音楽鑑賞ですか?カナリヤ組がでていましたものね。新聞部のダインです、お話し聞かせてもらえますか?」

 グオンがメロウの肘に自分の肘を軽くぶつけて合図した。「こんにちは、ダイン。社会見学同好会の活動中なんだよ。メロウの初参加ってことで、ここになったんだ。知ってるよね、メロウ、この前の号外に大きく取り上げてくれたもんね」グオンが皮肉っぽく言ったが、ダインはにこにこ笑ってメロウに頭を下げてみせた。

「素敵ですね、ルリア様にそっくりなあなたが、この絵の前にいるのを見て感激しました。四人そろった今の気持ちはどうですか?」

アラオルがさりげなくメロウの前に移動して、「僕たち、うまくやっていけそうですよ。メロウはやっと同好会に慣れたところですが、僕たちが、先輩としていろいろ教えてあげられるから、これからの活動が楽しみですね」と言った。

「三人の求婚王子と幻の姫が一緒にいるということで、ますます世間の注目を集めることになると思いますがそこはどう考えますか?」

「三人の求婚王子と呼ばれることは、去年俺たちが新入生だった時も騒がれたけど、実際は、求婚は十八年前に終わったことなんだ。今だに求婚王子って呼ばれることは、正直、不本意ではあるが、せっかく、同じ学園に入ったんだから、仲良くしようってことで、同好会を作った。メロウを誘ったのも同じ理由。十八年前の出来事なんてどうでもいいんだ、俺たちは仲間になった」とギルディが言った。

「僕たちはかって求婚王子だったことがあります。親のしたことではありますが、女の子が生まれたら、息子の嫁にくれないかと僕らの親が言い、女の子が生まれたらいいですよと、メロウの父親が言った。シーナ家は三世代に一人くらいしか女の子は生まれない。親世代にエミナ様がいる。始めから可能性の少ない縁談だったんです。それも、世間話ていどのもだった。なのに、この話は、あっというまに国中にしれ渡り、女の子が生まれることを期待した人たちが、男の子が生まれたことを残念がって、メロウのことを幻の姫と呼んだ。僕たちもいまだに求婚王子とよばれている。でも、でももういいんだ。僕らはこの因縁を終わらせたい。今、困っているメロウを助けてあげたい」アラオルが真剣な顔で言った。

 ダインが少し考えこむよう様な顔をした。「そんなふうに考えていたんですか?僕は新聞記者のナグに会って話を聞いたことがあります。あの、貴方たちが三人の求婚王子と呼ばれるようになった原因の記事は小さな記事だったそうです。国王の従弟と歌姫だったエミナ様の結婚の宴のときの小さなひとこま。それが。あんな大きな話題になるなんて、書いたナグのほうが驚いたって」

「そうなんだ、そこが世間の怖いところだろう」グオンがぶつぶつ文句を言った。

「私は、入学するまで、三人の求婚王子のことをいろいろ考えて想像が膨らんで、会ったら普通の人で、気がぬけちゃいました」

「どんな想像をしたんだよ?」とギルディが笑った。

「ぼくらは普通の学生だよ。せっかく同じ学園で会ったんだから、三人の求婚王子や、幻の姫なんてどうでもいい、仲良くしていこうって思えたんだ。だから、仲間になったんだ。ぼくらは四人で愉快にいきるんだ」とグオンがメロウに言い聞かせるように話した。

 ダインは思わず笑ってしまった。三人の求婚王子たちの本音が少しみえたからだ。確かに、メロウは三人にとって特別な存在なのかもしれない。

不思議な縁で結ばれた四人がルリアの絵の前に立っていた。

その時、「あの、都民新聞のトニエルです。お話きかせてもらえませんか?」と声がかかった。

「うわっ、本物の新聞記者だ」とダインが驚いた。

 四人はトニエルの取材を受けて、写真を三枚撮られた。



 夕食の時、学生達で賑わう食堂で、三人の求婚王子とメロウとミオリが食事をしていた。ギルディがメロウに言った。「俺はきらいなものがほとんどないから、食べられないものがあったら、食べてあげるよ」

「先輩はリンゴにはちみつをかけて食べますか?」

「うん、バナナにもパイナップルにもトマトにもかけるよ」

「はちみつをかけて食べるのが好きなんですね?」

「バナナのつぶしたのをかけることもあるよ。あと、黒糖」

「おいしそうですけど、そのまま食べるのが好きです」

「美味しく食べる、工夫をするのが好きなんだ。美味しく食べたいからね」ギルディがおいしそうに夕食を食べるのをみながら、メロウが言った。「かけてみて、おいしくなかったらどうするんですか?」

「迷ったら、やってみる。命にかかわることじゃなかったら、やってみるべきだよ。そのほうがおもしろいだろ?」とギルディが笑った。

「食べるのにおもしろいって必要ですか?」メロウが首をかしげて聞いたので、ギルディが笑いながら、「お菓子とかもかわいいのや形のおもしろいものとかあるだろう?食べ物でも変わった組み合わせのものとか、おもしろいって、何にでも必要だと思うんだよね、だから、新しい食べ物がどんどんでてくるんだよ」

「メロウ、ギルディはただの食いしん坊だよ。欲張りなんだと思う。僕なんて、定番のものが一番おいしいと思うのに、もっとおいしくっていろいろやっちゃう」ギルディの側で黙々と食べていたアラオルが言った。

「ぼくなんて、最近食べ物を見ると、はちみつかけてみようかなって思っちゃって、ギルディに影響されてるよ、ああ、怖い」とグオンが笑った。

 夕食が終わって、ミオリが独身寮にもどり、四人はホールに移動して、話すことにした。

「何か困ったことはない?」とアラオルが言った。

「ありがとうございます、でも、今のところなにもありません」

「そう、何かあったらいつでも言って、ちからになるよ」

「ほんとだよ、いつだって君のために動くよ」とギルディ。

「先輩たちって、兄さんたちみたいだなって思いました。とっても過保護なんです」「そういえば、さっき、ラナン先輩を見たよ。中庭を歩いていた」とアラオルが言った。

「はい、私の好きな、チョコ菓子が売っていたからって、持ってきてくれて」

「シーナ先生といい、兄弟そろって、おせっかいだね。君が良い子に育ったのは彼らのおかげだね」とアラオルが笑った。

「五人もいるんだってね、兄さんばっかり、大変そう」グオンは正直だけど、一言多い。


 メロウはその夜も夢をみた。海を向いて立っている、あの人。いつもと同じ。靄の中にいるので、はっきり見えない。(でも、あれ、靄が晴れてきた……)あの人の姿がはっきりと見えてきた。後ろ姿のあの人は真っ赤なドレスを着ていた。(あ、あのドレスは……)メロウがじっと見ていると、あの人がゆっくり振り向いた。

(あ、ルリア様、ルリア様だ。あの人は、ルリア様だった…)

 今日みたあの絵そのままの姿で手を差し出して「メロウ」と名前を呼んだ。

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