第9話

           きっと必ず帰るから

 この雨がやんだら この風がやんだら

 きっと必ず帰るから

 愛しい人よ どうか泣かずに待っていて

 夜ごとあなたの夢をみる

 夢であなたの声を聞く

 二人で海を眺めた あの高台で

 一緒に歌った愛の歌

 あなたの頬にふれた僕の手に 

 その温かい手をかさねて 笑った

 ああ 愛が輝いた日よ

 僕にはまだあなたに言いたいことがある

 きっと必ず帰るから


 この雨がやんだら この風がやんだら

 きっと必ず帰るから

 愛しい人よ どうか泣かずに待っていて

 あなたと拾った白い貝殻

 肌身離さずもっている

 二人で歩いた朝の海岸で

 あなたは小さい貝をみつけて

 僕の手に二つ乗せてひとつをとり愛を誓った

 ああ 愛が輝いた日よ

 僕にはまだあなたと行きたい場所がある

 きっと必ず帰るから


 その夜も、あの夢をみた。薄暗い靄のなか、高台に立ち海を見ている後ろ姿の女性。長い髪が風にそよいでいる。また、あの夢だとメロウは思った。口笛が聞こえた。『きっと必ず帰るから』だ。歌姫ルリアの持ち歌のなかで一番人気のあった歌。

今でも人々に愛されていて、よく歌われている。



 三人の求婚王子と呼ばれている、ギルディ、アラオル、グオンは三人とも領主の息子で、いろいろな行事や催しに参加した時に挨拶するくらいで特に親しいわけでもなく、三人の求婚王子とよばれている者同士であったため、互いのことを妙に意識して入学当時は避けていたし、競争心むき出しにして張りあってもいた。父親が三人のお騒がせ王子とよばれていたことを知っていたので、あらゆる事で競い合った。今では仲良しなのが嘘みたいだ。 

 クラス対抗二百メートル走で、代表で走り、ゴールの直前でグオンが転び、アラオルが避けられずに転倒しギルディも二人のうえに覆いかぶさるように倒れた。三人共怪我をして医務室に運ばれた。

 三人を校医のミオリが手当した。「困った人達ですね。三人共たいした怪我ではないです。打ち身と擦り傷くらいで、ただ、問題なのは三人の闘争心です。また怪我しかねない」とミオリが険しい顔をした。

 三人に付き添ってきたガラクが言った。「僕が話してみるよ。ちょっと席をはずしてくれないか?」

「ええ、お願いします」

 校医のミオリが出ていくと、ミオリの椅子に腰かけたガラクが、ベットに寝かされているグオンと、もう一つのベットに少し距離をおいて座っているギルディとアラオルに話しかけた。「君たちは子供の頃から三人の求婚王子と呼ばれてきた。そのせいで、いろいろ不愉快な目にも合ってきたことだろう。この学園で共に学ぶことになって、さらに世間の注目を集めることになった。気持ちはわかる。いや、君たちこそ相手の気持ちがわかるんじゃないか?同じ年で、同じ領主の息子という立場で……わかるだろう他の二人の気持ちが」

 三人は黙ってガラクの話を聞いていた。

「このままではメロウをこの学園に入れることはできない」とガラクがそう言ったとき、三人は始めて声をあげた。

「なぜです?なぜメロウが入れないんですか?」とグオンが言った。

「メロウの兄たちも皆この学園で学んでいます」とアラオル。

「分からないかな?今の君たちではメロウは安心して学園生活をおくれない。校医のシーナ先生はメロウの兄だ心配しているんだよ」

「メロウが来ないかもしれないって言うんですか?」ギルディがガラクのほうを見てぎゅっと拳をにぎりしめた。

「シーナ家は、幻の姫と呼ばれているメロウのことが気がかりなんだよ。三人の求婚王子と幻の姫がそろったらどうなるのかって」

「メロウはぼくが守ります」とグオンが言った。

「はあーっ、何言ってる?」ギルディが怒った。

「メロウはうちの領民です、僕が世話します」

「俺の父親が軽はずみなこと言ったせいで、メロウに迷惑かけたんだ。俺が守る」三人が睨みあった。

「それなら、三人で守ってあげたら」とガラクが優しく言った。

「ずっと、ずっとメロウのことを気にかけてきたんだ。可哀そうに三人の求婚王子のせいでひどい目にあわせた」グオンが涙ぐんだ。

「君だって、その求婚王子の一人だ」アラオルが言った。

「まったく君たちは……メロウにとって一番警戒する相手は君たちだよ。三人の求婚王子たちの幻の姫なんて呼ばれて、自分ではどうしようもない状況におかれて、一年先に入学した君たちのいる学園に入学してくるメロウの身になって考えてみればわかるはずだ、今の君たちのいる場に来るはずがない」ガラクは三人に仲良くするように話した。三人の求婚王子たちはじっと黙り込んで、ほかの三人の顔を見ていた。


「ここに来るのは初めて?」グオンがメロウの手を引いてルリアの絵の前に連れてきた。「ほら、君にそっくりでしょう。ぼくこの絵が大好きなんだ」

 音楽堂の入り口からはいってすぐの所に、その絵は飾られてている。その絵を見上げながら、「うわーきれい」とメロウは思わず息をのんだ。(このひとがルリア様、私はこの人に似ているだろうか?この綺麗な人に)

 くっきり二重まぶたの美しい目元、にっこり微笑んだ愛らしい唇、長い黒髪に赤い花を挿していた。真っ赤なドレスの首元に三粒の真珠のついた首飾りをしていた。

「この絵はね結婚の記念にボナルド国からこの音楽堂が贈られたときに、一緒に贈られた絵で、ボナルド国の有名な画家の描いた絵だ。ルリア様はボナルド国の第二王子のジェルディンと結婚するため海を渡り二度と帰って来なかったんだよ」とアラオルが言った。

 じっと見上げていたメロウはなんだか鏡をのぞきこんだような気分になった。ルリアが優しくメロウに笑いかけてくるような気さえした。

 その姿を音楽堂にきていた人々が見ていた。

「この絵をみるのが初めてなんて、そのほうが驚きだよ何度も首都にきてるだろう?」とギルディが笑った。メロウの父は成長するにつれてルリアに似てくるメロウにこの絵を見せたくなかったのと、幻の姫と呼ばれていることで、人が多く集まる所には行かせないようにしていたので、エミナの家によく行っていたにもかかわらず、音楽堂に来たことがなかった。メロウが入学して初めての日曜日、朝から四人でで、社会見学同好会の活動で、音楽堂にきていたのだ。


 ぴーぴーと口笛の音が鳴り響いた。演奏が始まる合図だ。

「始まるよ見に行こう」

 この音楽堂では毎週演奏会が開かれている。大・小二つのホールがある。合図の音から三分後に演奏が始まる。舞台の上に、口笛楽隊と今年の歌姫がいた。「今年の歌姫は中部から選ばれたんだ、ナルラって名前だ」とギルディが言った。

 四席空いている席を探して座った。ほぼ満席状態だった。口笛が始まった、『きっと必ず帰るから』だ。ナルラが客席を見渡した。メロウを見つけて、視線が止まった。メロウをますぐ見つめた。ナルラはこの音楽堂で毎日ルリアの絵を見ていた。

 (ルリア様……)歌が始まった、

 この雨がやんだら この風がやんだら

 きっと必ず帰るから

 愛しい人よどうか泣かずに待っていて……

 メロウはまっすぐに自分を見ているナルラの視線を感じながら、彼女が見ているのは私じゃない、ルリア様だと思った。ナルラは美しい声で歌っていた。まるで、ルリアに聴いてもらいたいというように。メロウはほかの人々も自分を見ていることに気づいていた。(私は強くならなくてはいけない、表舞台にでてきてしまったのだから)

「この歌好きだな、良い歌だよね」とグオンが言った。

「はい、私も好きです」

「あっ、次は口笛部のカナリヤ組が演奏するよ」とアラオルが言った。

 メロウは兄のラナンが口笛部の後輩にメロウのこと頼むねと言ってくれていたから、口笛部の部員達に、優しくしてもらっていた。特にカナリヤ組のイオルは兄にかわいがられていたので、メロウのことを気にかけてくれていた。

舞台の中央に立っているカナリア組の三人はオレンジいろのスーツを着ていた。キオが口笛を二回吹き鳴らした。続けて演奏する場合は口笛を鳴らしてすぐ演奏が始まる。ナルが前奏を吹きき始めたイオルが歌った。

          春の一日

  春の朝はまどろみの中

  小鳥のさえずりをぼんやり聞いて

  もう起きようかと思っていたら

  卵焼きの匂いがここまで流れてきておもわず笑ってしまった

  こうやって春の一日は始まる

  幸せはなにげない日常の中に

  家族や友達や好きな人とのやりとりの中に

  そんな春の日が皆にも訪れますように

  僕には願うことしかできないけれど

  春の日には優しさが胸がしみていく  そんな春の日


 イオルの歌声を聞きながらメロウが「イオル先輩はかっこいいです」と言った。グオンがむっとして、「イオル先輩がいなかったら、ぼくが美形一番だったのに。でも、メロウが来てイオル先輩も二番におちたけどね」と言った。

「僕なんてちょっと頭がいいくらいしか取り柄がないけど」とアラオル。

「おおー、顔と頭が良い奴は自慢できるのがあっていいよな。俺なんて腕ぷしの強さしか自慢できるのがない」とギルディが「まあいいけど」と言った。

メロウはうっかりイオルをほめたことですねてしまった三人におもわず苦笑してしまった。「ギルディ先輩はくせげの茶髪が良く似合っていて、グオン先輩はさらさらの長いかみが品のいい顔立ちに似合っていて、アラオル先輩は理知的な顔にくろぶちメガネがよくにあっています」と言った。

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