第8話

  入学式から二日目、メロウは少し疲れていた。入学式が終わりほっとしたのもあるが、まだまだ慣れない事ばかりで、少し一人になりたかった。授業が終わり、同好会に向かうはずが、いつしか図書館に足が向いた。図書館の裏なら一人になれそうで。けれど、先客がいた。

「誰かと思ったら、シーナ先生の弟君じゃないか?ここは社会見学同好会の会室とは逆方向だけどどうしたの?一人になりたくてここへきた?僕と同じだな」

「すみません、お邪魔しちゃって……先生ですよね?」「歴史のガラクだ。コーヒーを飲みにきただけさ」

コーヒーのいい香りがした。水筒からカップに入れて飲んでいたのだ。「君も飲む?」「いいえ、ありがとうございます」

 ガラクが優しい笑顔で「ルリア様の子孫のメロウさん、歴史の中で注目をあびる一部の人間となった君はしんどいだろうね?今を生きている君と百五十年前に生きていたルリア様はなにも変わらない普通の人であったはずだよ。歌が好きな美しい女性、大国の王子に見初められ恋に落ち、遠い異国に嫁いでいった人。シーナ家はあまり女性が生まれない家系でそのかわり、女の子が生まれたら美女になるという話があるよね。エミナ様も歌姫だったとき、その美貌でとても人気があったんだよ」と言った。「私なんて歴史に名前が残るなんたことはありませんよ。幻の姫です、すぐに忘れさられます」

「君のお父さんも男の子が生まれると思っていたから、まだ生まれていない子の求婚話に女の子が生まれたらいいですよと言ったんだよね。そこで、話がとまればよかったが、そこに居合わせた新聞記者のナグが記事にしてしまって大きな話題となってしまったんだよね。三人の求婚王子と呼ばれるようになり、三か月後に生まれた男の子のきみは幻の姫とよばれている、今でも」

「はい、ここに来て痛いくらいに感じます」

「三人の求婚王子たちは、一年前すごくぴりぴりしていたんだよ。色々あって今は仲良しだけど、あの三人は君が幻の姫と呼ばれるようになった原因が自分たちなんだと心を痛めていた。君の事を守ってあげたいと言っていた。彼らを頼っていいと思うよ」ガラクは一年前から三人の求婚王子とメロウのことを気にかけていた。

「ありがとうございます。私はこの学園に来る前とても怖かったんです。彼らを知って少し安心できるようになりました。知らずに恐れることが心の安定に一番悪いですね、悪い方、悪い方に考えてしまって。早く皆に見られることに慣れてしまいたい、三人の先輩たち(三人の求婚王子たち)と一緒にいることにも慣れなきゃいけないんです。もう行きます、先輩たちがまっているでしょうから」

ガラクが笑って言った「そのうち、授業で会えるよ」


 図書館でガラクに会った後、気をとりなおして社会見学同好会の会室に向かっていたメロウは、園芸部の畑が見える場所まで来た所でガントががじゅまるの木にもたれかかり、口笛を吹いているところに遭遇した。かなりうまい。メロウが「こんにちは」と言って通りすぎようとすると、「どうしてこの学園に来た?おまえはばかなのか?すました顔しやがって、何も気にしていませんよってふりして、本当はめちゃめちゃ気にしているくせに。あの三人の求婚王子たちと仲良くしやがって」

「だからなんですか?あなたと関係ありませんよね」

「むかつくんだよ、おまえも、あの三人の求婚王子たちも」

「起ったことにたいして、どう対応するかその場に立ってみないとわかりませんよ。受け入れられないと反抗するか、ただ黙って受け入れるか、あるいは不本意だけど、表面上受け入れて我慢するか……」

 ガントがメロウをにらみつけた。

「貴方が私を嫌いなら、それでいいです。ただ、嫌ってもいいですから、私のことはほっといてください」

「メロウ」と背後から声がした。

「探したぞ。ガント、メロウ連れていくね」とアラオルが言った。

いつのまにか、メロウの後ろに三人の求婚王子たちが来ていた。

「メロウ、大丈夫?」心配そうにグオンが言った。

「あいつのことなんて、気にするな」ギルディがメロウの肩をぽんぽんと叩いた。

社会見学同好会の会室に向かいながら、三人がメロウを慰めた。「先輩たち来てくれありがとうございます」メロウは下をむいて歩いていたが、顔を上げて少し笑って見せた。まつ毛が濡れているように見えた。

「メロウ、泣いてる?」グオンが心配そうに言った。

「泣いてないです。ただ、痛いんです。嫌われると、心が痛いんです」

 アラオルがメロウを見て、可哀そうにと思った。(何故メロウがこんなめにあわないといけないんだろう)

「わかるよ。でも、こっちがなにもしてないのに嫌われることがあるんだ。ひとめぼれってあるだろう?あれの逆のこともあるんだ。」

「分かります。でも、ああっ、むかつくー」

「あいつもこじらせてるからな、すべてが気に入らないらしいよ」

ギルディがメロウの頭に手を置いて「気にするな」と言った。

グオンがぶつぶつ言い、メロウを守ってあげなくちゃと決意を固めた。



 「ギャー」突然悲鳴が響いた。

ホールに集まっていた学生達のなかで、驚いてあたりを見まわしたのは、一年生だけだった。

「あれは?」「なんだろう?」と口々に言った。

「あれは、わが学園の名物の一つ、三角ボール部のナライの大絶叫さ」二年生のオルが言った。「三角ボール部副主将のナライは、大男で強面の奴なんだけど、ごきぶりが大嫌いなんだ」

「ごきぶりですか?」

「大掃除させられるぞ」

「大掃除ですか?」一年生のカナルが不思議そうな顔をした。

「壁にごきぶりがいたってことはさ、壁にごきぶりの足跡がつきまくっているんだよ。そう思ったら、おまえ、壁さわれる?って言ってた」

「ごきぶりの足跡ですか?」

この後、何度かナライの叫び声を聞くうちに一年生も慣れて気にならなくなるのだが、大掃除には閉口させられた。」


 授業が終わってからの教室をナライと何人かの三角ボール部の部員が回っていた。「あれがナライだ」

「えっ、ギャーの人?」「三角ボール部の副主将さ。あれが、ごきぶりがでると『ぎやー』ってだれかれかまわず背中に抱き着くんだぞ」一年生のカナルも二年生のオルも口笛部だ。


「三角ボール部のナライだ。今度の新入生歓迎三角ボール大会の進行約を任されている。各クラス選手八人と補欠二人を決めて、三日後までに名簿を僕のところに提出してほしい。まず、各学年で試合をして、一位になったチームが学年代表として戦う。賞品がでるから、楽しみにしてくれ」とナライが各クラスをまわって説明した。

 朝、ギャーの声を聞いたばかりで、当人の登場に、一年生達は笑いをこらえた。


「ナライおまえ、またやっただろう?」ナライに主将のリオンが声をかけた。

「リオン怒るなよ、分かっているよ。俺もなどうにかしようと思ってはいるんだ」

 三角ボール部の後輩から今朝の騒ぎの話を聞いたリオンは親友の顔を見て笑った。

「怒っちゃいないさ。中学のときからおまえのぎゃーにつきあって、ごきぶりをやっつけてきたんだ。今ではおまえといるとごきぶりがいないか確認するようになってるよ」「ほんと、悪いな」

「三角ボールやってる時のおまえはめちゃくちゃかっこいいのにな」リオンが笑った。


 そのやりとりを近くで見ていたメロウと三人の求婚王子たち。「あの二人は仲良しで、リオンは主将に選ばれたとき、『主将はナライがなるべきだ、彼が一番上手い』って言ったんだって。そしたら、ナライが『おまえのほうが人望がある、人をまとめるのが上手い。適任だよ、俺がちゃんと補佐をする』って言ったんだって。」とグオンが言った。グオンは感性の強いほうなので、二人の友情にあこがれをもっていた。

「試合のとき見ました。すごく迫力のある人でしたよね」メロウが言った。

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