基幹世界12.異世界Q&A
「……へえ、これが異世界か」
「全体的に色使い独特ー、でもなんかどこかで見たことあるような?」
「外国人が映画にした『ニッポン』とか?」
「あー! そうそう、それそれー!」
燈里とイブの口元で、吐息が白くはずむ。
深夜の公園は、空気が澄み切っていて、声がよく通った。4月下旬ではあるが、北海道の夜はまだ肌寒い。
「こんなとこに居たんなら、探しようがないっつーの」
「ほんとにさー、異世界行くなら行くって言ってくれたら良いのに」
「言えるわけねーだろ、気がついたらあっちだ」
燈里とイブは肩を寄せ合って問のスマートフォンを見ていた。液晶の光が照らし出す顔は、目が赤く腫れていた。理空と問がこの世界から消えていた30分間、ずっと周囲を探し回っていたらしい。
「……まあ、ごめんな。色々と」
「……ほんとだわ、お土産とかないの?」
「服に引っかかってた金属片とかなら」
「いらねー!」
3人は笑い合った。声はやはりよく響く。
理空が、3人の元に小走りで駆けつけた。手にはサイコーマートのレジ袋をぶら下げていた。袋の口から、湯気が昇っていた。
理空は、3人に向かって頭を下げる。
「まずは改めて謝らせてくれ。今まで約束を蔑ろにすることばかりで、申し訳なかった」
3人は、口元に笑みを浮かべる。
「謝るなよ、不可抗力だろ」
「問……」
「あんなことが毎日起きてるんだろ? むしろ、何も知らないでキツいこと言ってごめんな」
「そーだよ! 問は厳しすぎるんだって! ウチみたいに大らかな心を持ってさ」
「……まあイブみたいに、普通に1時間寝坊するとかよりはマシか」
「えへへ」
「いや、少しは申し訳なさそうにしろよ!」
問がイブの頭に軽くチョップを当てる。理空の頬が緩む。
理空は、レジ袋の口を広げて、3人に見せた。
「好きなの選んでくれ」
燈里がすぐに手を伸ばす。イブと問も続く。
「じゃあコーヒーで」
「ウチはココア!」
「コーンスープくれ」
「じゃあ余った天ぷらうどんとカツ丼は私が……」
「いや、ホット飲料とメシを同じ扱いにするなよ」
理空は天ぷらうどんを袋から出し、フタを手早く開ける。湯気が、電灯の光の中で揺れる。
ずっと心に秘めていたこと。家族にすら言えなかったこと。それを話せることが、とてもありがたいと思った。
理空は、ゆっくりと口を開く。
「ほほははははへはひひは、ははははひんはは……」
「いや、食いながら喋るなよ」
「どこから話せば良いか、わからないんだが……」
「いや、もう食ったのかよ!」
理空は空いたレジ袋に、空になった天ぷらうどんの容器を入れ、カツ丼のフタを開ける。濃厚な鰹出汁の匂いが、冷たい空気に漂う。
「とりあえず、現状を教えてくれよ。毎日、理空の身に何が起きてるのか」
「そうだな、そこから話そう。わからないことがあったら、その都度質問してくれるとありがたい」
理空は、空になったカツ丼の容器をレジ袋に入れる。今度は、誰も何も言わなかった。
「私は、1日に1回、異世界に呼ばれている。タイミングは日によって違う。24時間、いつに呼ばれるかはまったくわからない。そして、異世界で与えられる課題をクリアするまで、こちらに戻ることが出来ない」
問が小さく手を挙げる。
「課題って、悪い奴をぶっ倒すってことか?」
「いや、異世界によって課題は色々だ。今回みたいにボスを倒せば終わりというときもあれば、アイテムを手に入れろってときもあるし、何かしらの競技で1位になることが目的のときもある」
「それが終わらない限り、1時間経とうが2時間経とうが、こっちに戻って来れないの?」
口を開いたのは燈里だ。
「そうだ、クリアするまで永遠に戻ってこれない。2週間戻ってこれなかったこともある」
「にしゅ……」
燈里は絶句した。
イブが空に触れるほど真っ直ぐに手を挙げる。
「ゲームみたいに、わざとゲームオーバーになって戻るみたいなの出来ないの?」
「出来ない。異世界で死んだら、そのまま死ぬだけだ」
沈黙が、訪れる。
死。その言葉は、あまりにも重く響いた。3人とも言葉を失っていた。
「だけど心配しないで欲しい。私が死んだとしても、おそらく誰にも気づかれない」
問がベンチから立ち上がる。
「気づかないわけないだろ! 私ら友達じゃないのかよ!」
「いや、気づかないだろう。これは異世界の仕組みのせいだ」
「どういうことだよ、つーか
「辞めようと思えば今すぐにでも辞められる」
「はあ?」
理空はコートの内側から懐中時計を出した。真鍮で縁取られた、手のひらに収まるサイズの時計だ。
「これは、異世界にいても、こちらの世界の時計を正確に刻み続ける時計だ。これを、自分の意志で壊せば、その瞬間から異世界に呼ばれなくなる」
「じゃあ壊せよ、そんなもん」
視線が、問を射抜いた。
問は言葉が出てこなくなった。理空の目の光は深く、そして冷たい。
理空は果てしないほど遠くを見ていた。その視線を、たまたま問が遮っているだけだ。
「私には、異世界に行き続けなければならない理由がある。それは、何よりも優先される」
星の無い夜であった。雲の、擦れあう音が聞こえそうだった。
理空は、空に視線を逸らして、口を開く。
「私が初めて異世界に呼ばれた時のことを話そう。中学2年生の冬のことだ」
【チートガチャ】を回せっ! 〜異世界に何回も何回も召喚されるので仕様のウラを突いて爆速で攻略します〜 北 流亡 @gauge71almi
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