異世界12(後編).爆速で悪の組織のロボットをぶっ壊す【投射必中】女子高生と【   】女子高生

「まったく……巫山戯ふざけ機関システムだ」


 理空は吐き捨てるように言った。


 アチョウとウンハンの動力である「幸運波動機関バクチエンジン」は、人が博打を行った時に生じる「運」の乱高下をエネルギーに変換するシステムだ。

 アチョウとウンハンには、ポーカー、花札、チンチロ、スロット、ルーレット、ブラックジャックなど、様々な博打ミニゲームが搭載されている。それで良い成績を残すことによって、エネルギーが増えたり、機体が強化されたり、新しい武器が得られたりするのだ。


「……要するに、ミニゲームをクリアしてポイントを貯めると、戦いが有利になるってことなんだが」


 理空は、ハンゼ・オーの頭部に銃口を向ける。

 この銃は「3Cライフル」という。ポーカーでスリーカードを達成することによって使用可能になる武器である。「2Pバレット」という、ツーペアを達成することで装填される銃弾を発射する。

 理空は細く息を吐いた。このふたつを入手するまでに、30回以上をした。


「くっくっくっ……ゲンジローの作ったポンコツが一つ二つ増えたところで、我がハンゼ・オーの敵ではございません!」


 ハンゼ・オーが怪しく光りはじめる。エネルギーが、機体に集まるのが目視できた。ハンゼ・オーが搭載している不幸波動機関バッド・ラック・エンジンは、周囲の不幸を集めてエネルギーにする。オエードの街を破壊することによって、膨大なエネルギーが発生していた。

 理空は、こうしている間にも丁半博打を12回連続で外していた。ハンゼ・オーのエネルギー値の急激な上昇がモニターに映し出されていた。

理空は息を飲む。この膨大なエネルギーを防ぐ術は、無い。


「さあ、リュウゾウジとやら、まずは貴女から塵芥にしてやりますよ!」

「……くっ!」


 ふいに、ブチブチブチと、何かが切れるような音がした。

 アチョウが、ウンハンとハンゼ・オーの間に立っていた。機体から、炎のような光が立ち昇っていた。


「馬鹿な!? あの拘束を解いただと!?」

「お前は話が長いんだよ!」

「くっ!」


 ハンゼ・オーの左腕が爆ぜる。アチョウが投げたRSFブレードが、直撃していた。


「お陰でエネルギーがかなり溜まったぞ! うおおおお!」


 エネルギーの奔流が走る。

 アチョウは、その両手に刀を携えていた。五光剣である。花札(こいこい)で五光を作ることによって発動する刀だ。それが、二振りあった。

 剣閃が疾る。ハンゼ・オーの胸部にひびが入る。


 ショーセツの額に冷汗が滲む。大砲ですら傷をつけられない装甲のはずだ。


「このままでは分が悪いですね……かくなる上は!」

「おい、逃げる気か!」

「問、後ろに跳べ!」


 地面が、揺れた。いや、地面ではなかった。

 は空へと浮き上がる。アチョウはかろうじて離れた。

 問は上を見上げて絶句した。地面だと思っていたもの、それは巨大な絡繰人形であった。


「HRタワーよりデカいな……」


 神居駅横に隣接している高さ173メートルの商業施設のことだ。


「これぞ15年かけて準備した最終兵器アマクサーΔだ! この兵器を以って私は天に立つ!」


 街に巨大な影が差す。アマクサーΔが、冷たく見下ろしていた。

 アチョウの機内にアラームが鳴り響く。アマクサーΔが、胸にエネルギーを溜めていた。オエードを丸ごと吹き飛ばすほどのエネルギーを。


「すぐに楽にしてやりますよ、死ねぇ!」


 世界が震える。血の色をした極大のレーザーが放たれる。それは神が振り下ろす槍を思わせた。


「くそっ!」


 問は、レバーを前に倒す。五光剣二刀流で、光線に立ち向かう。理空。真横にいた。巨大な盾を展開していた。


「うおおおおおおお!」


 2人は叫んだ。エネルギー同士が衝突する。地上から、人々が祈るように見ていた。

 押し合う。光が、激しく明滅する。2人は、レバーを前に倒し続けた。機体が、軋んでいた。


 閃光。一面に疾った。突風が、同心球状に吹いた。まともに立っていられないほどの突風だ。人々が、後ろに転げ、倒れる。それでも、なんとか上を見続けた。空に、濃い煙が立ち込めていた。


 微風が草木を揺らす。煙が、徐々に晴れていく。陽光が、隙間から注いでくる。

 そこに、アチョウとウンハンがいた。人々は一斉に歓声を上げた。

 機体は傷だらけだ。腕や脚も取れかかっている。しかし、斃れなかった。確かにショーセツの攻撃を凌いだのだ。


 ショーセツは絶句していた。全てを終わらせるはずの一撃だった。二の矢は考えていなかった。

 仕方なく、防衛モードに切り替える。エネルギーは、なかなか上昇しない。辺りに、絶望している人間はいなかった。


「理空、畳み掛けるぞ!」


 問が叫ぶ。理空は、逡巡した。

 自分のせいで危険な異世界ばしょに引き込んだ。その負目があった。1人で全てを終わらせるつもりだった。しかし、そうは出来なかった。問がいなかったら、間違いなく死んでいた。それは事実ではあるが、これ以上、無茶な戦いに巻き込みたくなかった。


「理空」


 問は呼びかけた。学校で会った時のように。


「私はだいじょーぶだ。強いから」

「……なんだそれは」


理空は苦笑した。目が合う。問も同じような表情をしていた。


「作戦があるんだろ? 教えろよ」


 理空は口元に笑みを浮かべる。友人の存在がここまで有難いと思ったのは、初めてであった。


「まず合体を。それが大前提だ」

「合体! 強そうじゃん!」


 アチョウとウンハンは、合体して巨大絡繰人形「バクチハンター」に変形する機能を持っている。合体することによって、全ての能力が10000倍になる。

 しかし、合体は簡単に出来るわけではない。


「問、BP《バクチポイント》は今どれくらいだ?」

「289だ。理空は?」

「……4234だ」

「なあ、合体ってどうやるんだっけ? 説明された気はするんだけど」

「合体用ギャンブル『コンバイン・ルーレット』を成功させる必要があるんだが……」


 コンバイン・ルーレットは、BPによって成功率が変化するギャンブルである。

 賭けるBP÷10000%が成功率になる。現在、理空と問が所持するBPは2人で4523。つまり、全部賭けたとしても、現状の成功率は0.4%だ。


 上空で、アマクサーΔがエネルギーを溜めていた。莫大なエネルギーを放った反動とエネルギー切れで動けなくなっている。しかし、その状態も長く続くわけではない。理空が計器の数値から弾き出した猶予時間は——


「95秒だ。それまでに出来る限りBPを高めるんだ」

「今の成功率は?」

「0.4%だ」


 理空の脳が高速で回転する。


 確実に合体を成功させるためには100万BP必要だ。50万BP、せめた10万BPは集めたい。短時間で効率良くポイントを稼げるギャンブルは何か。チンチロのピンゾロで21600、スロットの777で10000、ポーカーのロイヤルストレートフラッシュで649740、麻雀の四暗刻で42000。何を選べば、何を狙えば。秒針が進む。その1回1回が重い。何を選べば、何を狙えば。汗。掌に滲む。何を選べば、何を狙えば。


「えいっ」


 ボタンを、押す音が聞こえた。

 モニターに、ルーレットが映し出される。当たりの箇所ゾーンが極端に狭いルーレットが。

 機械の腕が、紫のボールを放つ。円周を、速やかに滑り出す。


「問ッ! 何を押した!」

「え? ルーレットのボタンだけど……」

「何故押したッ! 成功率0.4%だぞ!」

「いや、それは違う」


 問は、口元を歪めるように笑った。


「私たちが命を賭けるから、100%だ」


 高速で回り続けていたボールは、徐々にそのスピードを緩め、内側へと向かっていく。理空は祈った。ひたすらに祈った。

 無数にある「はずれ」のマスの中に、わずかにある「当たり」マス。入る確率は0.4%。1000分の4。250分の1。交通事故に遭う確率より低く、四葉のクローバーが出来る確率より高い。祈る。それ以外に出来ることは無かった。目は、ずっとボールを追っていく。入れ。入れ。


「大丈夫だ、理空」


 ボールは「当たり」に入っていった。まるで吸い込まれるように。


「私たちの勝ちだ」


 辺りが、光で包まれる。

 網膜を貫くほどの七色の光。アチョウとウンハンがその中で結合し、新しい形を象っていく。


「くっ……なんだこの異常なエネルギー値は!?」


 ショーセツの全身に粟が立っていた。計器は、あまりにも異常な高数値を示している。アマクサーΔと同等、いやそれ以上か。


 光が、破裂する。そこに、巨大な絡繰人形がいた。

 オエードの空に、対悪鬼超巨大絡繰人形「バクチハンター」が降臨したのだ。


 コックピットの中、問と理空が前後で並んでいた。

 アマクサーΔと向かい合う。全長は、ほぼ互角だ。


「……いや3メートルのロボット同士が合体してこの大きさはおかしいだろ!」

「細かいことは気にするな」

「細かくないだろ!」

「問、前を見るんだ! 来るぞ!」


 無数のミサイルが飛んできた。

 問がレバーを動かす。バクチハンターは背中に担いだ剣を構え、ミサイルをことごとく叩き落とした。数は多いが、威力は高くない。


「まだエネルギーが充分に溜まっていないようだな」

「よぉし、くらえ! ピンゾロキャノン!」


 問が叫ぶ。バクチハンターの肩に巨大な三口の大砲が出現する。

 3つの赤い砲弾が、アマクサーΔに向かって飛んで行く。しかし、砲弾はアマクサーΔの遥か手前で消滅した。


「……バリアが張ってあるんだっけ?」

「そうだ、あらゆる攻撃を通さない無敵のバリアだ」


 モニターに、ショーセツの顔が映し出される。


「そうです、このアマクサーΔには、あなた方が到底破れないバリアがあるのです。いくら強力な武器を使おうと——」


 ショーセツの映像がぶつりと切れた。理空が、通信を切っていた。


「問、私は賭けをしようと思う」

「へえ、勝率何パーだよ」

「50%」

「そんなの賭けって言わねえよ。四捨五入したら100%じゃんよ」


 理空が、口元に笑みを浮かべた。景色が、急速に動く。


 雲が、目の前にあった。突き抜けていく。躰が、空を舞っていた。眼下に、小さくなったオエードの街が見えた。そこで天馬問は現状を把握した。高度3000メートルに放り出されていた。

 問と理空はコックピットごと、空中に射出されていたのだ。


「お前何してんだよおおおおおおお!!」


 コックピットは、真っ直ぐにアマクサーΔに飛んでいた。


 バクチハンターに合体することによって、あらゆる能力が10000倍になる。

 それは、脱出機構の射出距離・速度・威力も例外ではない。


「おい、大丈夫かこれ!? バリアに消されないか!?」

「たぶん、大丈夫だ」

「たぶんってなんだよたぶんって!」

「これは"移動"であって"攻撃"ではない。それに」

「それに!?」

「私たちが命を賭けている」

「くそおおおお! なら勝率100%だよおおおお!」


 コックピットは音を置き去りにして飛ぶ。まもなくバリアに到達する。思わず息を止める。


「……なんとかなったな」


 2人はバリアを潜り抜けた。脱出機構は「攻撃」と判定されなかった。

 そして2人はアマクサーΔのコックピットに突撃する。

 理空の【投射必中】の異能チートは、脱出機構にも作用していた。


 ショーセツは呆気に取られていた。コックピット。もう避けられない位置にいた。


「……え、嘘、ひょっとしてこれ負ける流れ?」


 コックピットがコックピットに直撃する。アマクサーΔは、わずかにのけ反る。

 アマクサーΔのコックピット内はぐちゃぐちゃに崩壊していた。

 理空は立ち上がり、内部を見渡す。ショーセツが、足元で気絶していた。

 足首を掴まれた。問だ。理空は問の顔を見て怯む。顔から出せる液体が全部出ていた。


「……大丈夫か?」

「……見ての通りだ」


 問は、腕を離して顔を拭い、仰向けに寝転んだ。


「……まあ、上手くいって良かったよ。これで終わりなんだろ?」

「ああ、もうすぐ元の世界に戻れるはずだ」


 視線の先に、青空が広がっていた。現実世界と同じ色の空が。


「なあ理空、いっつも遅刻してる理由って、こんなことに巻き込まれているからか?」

「……ああ」


 理空も空を見ていた。雲が、ゆっくりと遠ざかっていた。


 問は、やおら立ち上がり、懐からスマートフォンを取り出した。地上に広がるオエードの街並みに向かって、シャッターを切る。


「問、帰ったら話したいことがある」


問は振り返る。理空が、射貫くような視線で見ていた。問は頷いた。


 アマクサーΔは、ゆっくりと降下していた。

 徐々に海面が近づいていた。

 海の色もまた、現実世界と同じであった。

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