第6話 アイシャ=ノースライン


今日は彼の贈剣の儀だ。

いつもはただ広いだけの空間に、大勢の人が集まっている。

小さな領地の弱小貴族に過ぎなかった私が、この列の先頭に立っているなんて、可笑しな話だ。



「皆の者、本日はよく集まってくれた。」



ドアが開かれ、グラウス様の声が響く。

最後尾から歩いてくる少年を見て思わず笑みが溢れる。

主役の癖に最後尾から来るなんて、実に彼らしい。



「リョーマ、前へ!」



だけど心なしか、少し大人の顔付きになった気がする。

真っ黒な剣を受け取った彼はいつもの少年の表情ではなく、青年の顔付きをしているように見える。

彼も成人になったのだと実感されられた。






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「リーシア様、おめでとうございます。」


「ありがとうございます、アイシャ様。」



私は可愛らしい笑顔で微笑むこの人が、私は大好きだ。

リーシア様は戦争で身寄りを亡くした私を、実の娘の様に育ててくれた。

ノースライン家後継者、なんて言うと聞こえは良いけれど、その実態は弱小貴族の戦争孤児。

そんな厄介ものを引き取って下さったご恩は決して忘れない。



「リョーマのやつ、ちょっと大人の顔になりましたね。」


「まだまだですわ。今日もこんな大事な日に寝坊して。…さっきもジュリア様に散々お叱りを受けたところなんです。」



小さな声で囁くその姿は、年齢を感じさせない可愛らしさがあった。

同じ女性から見てこう思うのだから、グラウス様が惚れてしまうのも無理はないと思う。


それにしても寝坊だなんて、どうやら大人になったと思ったのは間違いみたいだ。

リーシア様はご懐妊して使用人になるまで、誰よりも早く起き、鍛錬に励んでいたと聞いている。

彼にも勤勉さは遺伝していると思っていたけれど、こんな日に寝坊しているようではその認識も改めないといけないかもしれない。


どれどれ、からかいにいってやるとするか。



「貴方も15歳になったのね。泣き虫リョーマももう泣いてられないわよ。」



振り向いた彼は呆けた顔をしてこちらを見ていた。



「何よ、ボケーっとした顔して。聞いたわよ、寝坊してジュリア様に怒られたんですって?」


「えーっと、ごめんなさい誰だったっけ?」



思わぬ返答に面食らったが、弟分に舐められる訳にはいかない。



「ほー、遅めの反抗期ってわけ?生意気な!」



カウンターパンチをみぞおちにお見舞いしてやる。



「アイシャ様に歯向かうなどあと5年は早いわね!」



まぁ5年したら、その時は私の上に立つ人間であって欲しいとは思うのだけど。



「アイシャ、今日の夜何処かへ行く予定はあるのか?」



男子3日会わざれば刮目せよとは言うけれど、これほどにも変わるものなのかしら。

いつもと違う、雄々しい物言いに少し戸惑ってしまう。



「あんた本当にまだ寝惚けてるんじゃないの?当然いつも通り本殿にいるわ。何?それともデートのお誘い?残念ですが、丁重にお断りします。」


「違うわ!ちょっと気になっただけじゃい。」



そう言うと彼はそっぽを向いてしまった。

いつもなら「ち、ち、ち、ちがうよ!」とか言って慌てそうなものなのに。


思えば彼とも長い付き合いだ。

3歳の頃に彼が産まれて、彼が7歳になるまでの7年間は一緒に別棟で過ごしていた。


リーシア様は肩身が狭いから、なんて言っていたけれど、本当は私の為に別棟に残ってくれたんだと思う。

あの時、グラウス様のお誘いを断らず本殿入りしていれば、ジュリア様に今みたいな扱いをされることはなかったんじゃないかと思う。








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剣を振っていたらあっという間にこんな時間になってしまった。

そろそろお風呂に行かないとルークとの交代の時間に間に合わない。

西の空が朱く染まり、1日の終わりを告げようとしている。


自室に戻り、着替えを取り浴場へ向かう。

正面からキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いてくる見知った姿が近付いてくる。



「あら、儀礼は終わったのね。」



彼の姿を見た時はもうそんな時間かと焦ったけど、肩身の狭い第二王子は早々に退散してきたらしい。

今頃ルークが慌てて探しているかもしれないと思うと笑えてしまう。


そんな彼の後ろから、最愛の人の姿を見つけた。

今日は2度も会えるなんてついている。

本殿暮らしとなってからは中々会えなくなっていたから、思わず声が弾んでしまう。



「リーシア様!」


「アイシャ様、本日はありがとうございました。」



この敬語だけは出来ればやめて欲しい。ずっと『アイシャちゃん』だったのに…。

リーシア様曰く、騎士階級のトップに立つ人間にちゃん付けなんてしたら首が飛ぶわ!らしい。


でもこれも本当は私の為なんだと思う。

身分に相応しくない立場にいる私のことを良く思わない人は沢山いる。

でも王国夫人であるリーシア様が敬称をつける以上、それに倣わない訳にはいかない。

全く、私はこの人に護られてばかりだ。



「ルドルフ様も喜んでいることでしょう。」



母は私を産んですぐ亡くなってしまったけど、父のことはうっすらと覚えている。

父もきっと安心してくれている筈だ。

私はこんなに優しい人に出会えたのだから。



「さて!暗い話はおしまい!私はお風呂に入ってくるわ。どう?あんたも来る?」


「バーカ、はよ行って来い。」



シッシと手を振る彼の視線が私の胸元へと移ったのに気付いてしまった。

男の子だなぁ。



「何よ、つれないわねぇ。」



そういうと彼は悪戯っぽくにこりと笑った。

いつも私がやるやつをやり返されてしまった。

本当に今日は彼が大人びて見えてしまう。

成人おめでとう、リョーマ。







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本殿に移って良かったことは湯船に入れることだ。

この時間の為に汗を流しているといってもいい。

湯船に浮かぶ濡れた白い胸が視界に入る。ふと先程の彼の視線を思い出してしまった。

誰もいない浴室内で、思わず胸を隠す。



「変態野郎…。」



自分でもびっくりの謎行動に頭をブンブンと振る。

何故彼ごときに恥じらってやらねばならないのか。

なんだか腹が立って、予定より5分早く湯船を出ることにした。






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自室へと歩いているとなんだか本殿が騒がしい。

彼の自室の前で使用人達が大勢集まっている。

彼は使用人達からとても好かれている。

サプライズのお祝いでもされているのだろうか。



「グラウス様を呼べ!」


「医者はまだなのか!」



ただならぬ雰囲気に、慌てて走り出す。

風呂上がりでまだ残っていた火照りが一気に冷めていく。



「通して!通してよ!」



使用人達が私に気付き道を開ける。

部屋の中にはリーシア様が力なく座り込んでいた。


リーシア様の目線の先を追うと、変わり果てた姿の彼の亡骸があった。

そう亡骸。胸に深く刺さった黒い剣は、彼の生存の可能性を完全に否定していた。



「アイシャちゃん…」



リーシア様は糸が切れた様に号泣した。


私は泣かなかった。

自分への怒りでそれどころではなかった。

何の為に護衛の任についたのか。

自分で自分を許せない。


あぁお願いです神様、時間を巻き戻して下さい。

お風呂になんかいかなければよかった。

いや、5分と言わずもう少し早く戻っていればよかった。


強く握り込んだ拳から、一筋の血が流れていた。


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残機X〜回数制限有りの死に戻り生活〜 @simosaka

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