第5話 容疑者
「…ッッ。」
慌てて胸を触る。先ほどまでそこにあった黒刀はない。
荒くなっている呼吸を必死に落ち着かせ、辺りを見回す。
俺はまたあの真っ白な世界に戻って来ていた。
「おかえり柊真。大丈夫…ではないよね。」
リョーマが心配そうにこちらを見ている。
俺は大きく深呼吸をして、額の汗を拭った。
「…時間がズレるのは予想外だったわ。」
一度目の死亡は就寝後だったはずだが、今回はまだ夕暮れなのに殺された。
「今回は夕暮れ時に殺されるパターンだったね。」
「!!前にも同じパターンがあったのか?」
「うん、僕が早くに本殿に戻った時は、夕暮れ時に殺されてしまうんだ。」
確かに一度目は後片付けが終わった後も広間で立ち尽くしていたせいで、誰かに自室まで連れて行かれた気がする。
少なくとも、今回より長い時間広間にいたことは間違いないだろう。
「リョーマ、今回は後何分で戻らなきゃならないんだ?前回みたいにいきなりレッツゴーは勘弁してほしいんだけど。」
「今2回目だから、後10分かな。回数が増える毎に5分ずつ伸びるよ。」
「前回よりかは猶予があるのか。親切設計で助かるよ。よし、聞きたいことが沢山ある。リューク、死ぬ前の日の晩何してた?」
「寝てただけだよ。」
「は?皆リョーマが夜更かししてたって言ってたぞ。」
「うん、僕もそれは不思議なんだ。でも前の晩は本当に寝てただけなんだ。
翌日は儀礼だから準備もある。だから早く寝ないとって思って、すぐ寝たんだよ。寝付きはいつもより良かったくらいだもん。
柊真が来るまでに、皆が何故そう思っているのか調べてみたんだけど、物音が夜中までしてたらしい。」
これはきな臭い話だ。
寝ていたはずのリョーマの部屋から物音がしてたんなら、誰かがいた可能性がある。
「それは俺も改めて調べてみたいな。リョーマ、アイシャとルークは信用できるのか?」
「アイシャは信用していいと思う。アイシャとは小さい頃からの友人なんだ。あんな感じだけどいい子だよ。」
「ルークは?」
「ルークさんはアイシャ程知ってる仲ではないけれど、いい人だと思うよ。
僕は剣術が苦手でね。来賓の方が来るとよくシュルツ兄さんの当て馬にされるんだ。シュルツ兄さんは手加減してくれるんだけど、それでもボロ負けしちゃう。
ルークさんはそんな僕に剣術を教えてくれてる。自分の仕事が終わった後にだよ?
ルークさんが僕を殺すなんて、想像したくないな。」
「リョーマも見たと思うけど、死の間際に扉の向こうに白い布が見えた。
あの日、俺が白い服を着ていたのを確認したのはシュルツ、アイシャ、ルークの3人だ。
アイシャ、ルークでないとするとシュルツしかいないぞ。」
「白い服はアルムハインの騎士階級の制服だよ。だからその3人だとは限らないんじゃないかな。
シュルツ兄さんもいつもジュリア様から僕を庇ってくれるし、あまり考えたくないよ。」
「他にも騎士っぽいやつは沢山いたけど、白じゃなかったぞ。」
「鎧を着ていた人のことを言ってる?あれは従士だよ、騎士は貴族出身の人しかなれない。
贈剣の儀はある種社交の場だからね。あの場で制服を着ている騎士階級の人間がさっきの3人だったってだけだよ。」
「ということは制服を着ようと思えば、騎士ならいつでも着れるわけか。容疑者を絞り込むには弱いと。」
せっかくの手掛かりが不発に終わり溜め息が漏れる。
「本殿で暮らすことを許された人間については把握したけど、それ以外の人間が本殿に立ち入るとどうなるんだ?リーシアは普通に入ってきてたけど。」
「騎士階級以上は問題ないよ。勿論国王夫人である母さんもそれに類するよ。本殿の門兵に誰に何の用かは聞かれるだろうけどね。」
うーん、そうなると前回得た情報だけで絞り込むのは難しそうだ。
とはいえ、一度目から何の進展もないんじゃ話にならない。
少ない情報からあたりをつけるのは、人狼ゲームじゃ当たり前、腕の見せ所だ。
「リョーマ、今までアイシャと夜を過ごしたことはあるのか?」
「な、な、な、な、何をいいだすんだよ!僕達はそういう仲じゃなくて、姉弟みたいなもので…」
「バカバカそうじゃない、この事件の起こる晩に、アイシャに夜間の護衛を頼んだことはあるのかって聞いてるんだよ。」
「…はじめからそう言ってよ。アイシャには護衛の任があるからね。改めて頼んだりはしてないよ。」
「前回も今回も俺は自室で殺されている。護衛っていっても、部屋の中でお前をずっと見てくれてるわけでもないんだろう?」
「そうだね。基本的には廊下を見張ったりしてくれてる。勿論何か不審な物音がしたりすれば駆け付けてくるよ。」
となると今回の件と辻褄が合わない部分が出てくる。
「王の護衛なんて大層な任務は、飯の時間も寝る時間も稽古の時間もきっちり決まっているんじゃないのか?勿論、風呂の時間もだ。」
「そうだね、父さんと僕の護衛に関していえば、ルークさんとアイシャのどちらかが必ず残るように時間が決まっているよ。」
「俺が殺される直前にアイシャは風呂に行くと行っていた。じゃあ護衛に当たっているのは誰だ?」
リョーマはハッとした表情をし、躊躇うように答える。
「…ルークさんだね。」
「この城の人間はルークやアイシャがリョーマを護衛していることは知っているはずだ。にも関わらず、犯人は護衛が見張っているであろう廊下に逃げたんだ。」
「…ルークさんが怪しいって言いたいの?」
リョーマは少し怒っているように見えたが、そんなことを気にしている時間はない。
「断定はできない。ルーク自身が犯人でなくとも、ルークが護衛に当たっていても問題ないと犯人が考えているかもしれない。
となるとルークが関与している可能性は高い。勿論、護衛の情報が全くない部外者の犯行ならそんなの関係ないけどな。
今まではどうだったんだ?犯行時にルークが駆け付けてきたことはあったか?」
「いや、僕の意識がある内にルークさんが来たことはなかったよ。でもルークさんは父さんの護衛もしなくちゃならないんだ。そもそも護衛と言っても24時間ついて回っているわけじゃないし。」
「にしたってアイシャがいない時ぐらい調整するもんじゃないのか?」
「…」
リョーマは俯き黙り込んでしまった。
ルークに恩があるリョーマには酷な話かもしれないが、現状こうした矛盾を潰していくしかない。
「皆が犯行時刻にどこにいるかとか分かってないのか。」
「夕暮れ時に関しては、アイシャはお風呂、母さんは僕にプレゼントを渡して別棟に戻ることは知ってるよね。
父さんはセムガルド国王のガリオン様との会談を終えて、自室で作業をしているよ。
ジュリア様は応接室で来賓の方と会談している。護衛のラプラス様も一緒だよ。
シュルツ兄さんは中庭で護衛のフラン様と何かお話しているみたいだった。
ルークさんは父さんの会談の間は護衛についているけど、その後は稽古場で兵士達の訓練をしている。」
「なんだ全員にアリバイがあるじゃないか。」
「でもこれは僕が夜まで生きている時に見たことだから、アリバイとしては…」
そうか、夕暮れ時にリョーマが殺されるにはそのタイミングで自室に自分がいる必要がある。
当然自分が死んでいる時のアリバイを確認することは不可能だ。
あくまで『殺されなかった場合に皆が何をしていたか』しか分からないのか。
急にリョーマが手元の黒刀を見つめた。
「ごめん、もう時間みたいだ。」
「次の死に戻りではアイシャとなるべく一緒にいるようにしてみる。複数人いる場面ではルークとも会話をするつもりだ。リョーマも何か気付きがないかしっかり見といてくれ。俺じゃ分からないこともお前なら気付けるはずだ。」
「わかった。」
「あと、今回も夕暮れ時に狙われるパターンを再現してみようと思う。」
「え!そんなこと言われたの初めてだ。早く死んじゃうだけじゃない?」
「俺だって少しでも長生きしたいのは山々さ。
でもこのパターンを放置してたらさっきの経験が無駄になってしまう。
アイシャの風呂に行く時間をズラしたりして、何か変わらないか見てみたい。」
「そっか、それはやったことなかったな。柊真はやっぱり推理が得意なんだね。」
「人狼ゲームはな、たかだか5分そこらの時間で誰か1人容疑者を選ぶゲームなんだ。2回目で怪しい奴すら選べないなんて言ったらとんだヘボプレーヤーだ。
勿論ルークが犯人だと決めつけているわけじゃない。リョーマも色々思うところがあるのは十分理解してるけど、なるべくフラットな視点で見てほしい。」
リョーマが俺の方針に少し感心してくれた様なので、言いたかったことをぶつけてみる。
完全に納得してくれたとは思っていないが、頷いてくれたところをみると、ひとまずは納得してくれたようだ。
黒刀が手渡される。
記された数字は『Ⅷ』になっていた。
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