第4話 死の訪れは突然に

「何よ、ボケーっとした顔して。聞いたわよ、寝坊してジュリア様に怒られたんですって?リーシア様が嘆いてたわ。」



クスクスと悪戯っぽく笑う少女その姿に思わず見惚れてしまう。

転生前はお姉様が好きだったはずが、年甲斐もなく胸が高鳴ってしまった。

といっても今は15歳なわけだが。

もしかすると転生の影響で多少なりとも15歳の感覚に近付いているのかもしれない。

きっとそうだ、そうであってほしい。

でないと俺は自分にロリコン認定を下さなくてはならない。




「えーっと、ごめんなさい誰だったっけ?」




少女はキッと睨みつけ言い返す。




「ほー、遅めの反抗期ってわけ?生意気な!」




ドスッとみぞおちに拳がめり込む。

おい、俺第二王子だよな。なんだこいつ…。




「アイシャ様に歯向かうなどあと5年は早いわね!」 




アイシャ。つい先刻聞いた名前だ。

18歳で王の護衛に抜擢された『蒼きヴァルキリー』。

厨二心をくすぐる響きだったから良く覚えている。

『蒼き』というのは、この透き通った瞳の色に由来するのだろう。



「一応俺は第二王子だぞこの野郎。」


「おーおー、一人称まで変えちゃって。生意気なことですなぁ。」



そういえばリョーマは僕派だっけか。

まぁいいや、どうせボロが出そうな部分だし。



「うるせぇ。ところでアイシャ、今日の夜何処かへ行く予定はあるのか?」


「あんたまだ寝惚けてるんじゃないでしょうね?当然いつも通り本殿にいるわ。何?それともデートのお誘い?残念ですが、丁重にお断りします。」


「違うわ!ちょっと気になっただけじゃい。」


「まぁとにかくおめでとう。今度暇があったら剣を教えてあげるわ。」



手をひらひらと振るアイシャの後ろ姿を見送りながら情報を整理する。

アイシャは今晩も本殿にいる。ってことは護衛失敗してんじゃん。ヴァルキリー頼むぜおい。



「リョーマ様、此度はおめでとうございます。」



いつの間にか目の前には高身長の青年が立っていた。

リョーマだって175cmくらいはありそうな体格なのに、それよりも遥かに大きい。

こいつも白い服を着ている。そういえばシュルツの服も白かったな、制服なのだろうか。



「アイシャがまた失礼をしていた様なので、叱責しようと思ったのですが…逃げられてしまいました。」



優しそうな笑顔をこちらに向ける。黒い髪に赤い瞳。アイシャとは正反対だ。



「ルーク!そんな子に構っている暇があるなら此方でシュルツの武功をご説明なさい。」


「只今参ります。」



少し離れた来賓席からジュリアが此方を睨みつけている。



「すみません、行って参ります。ちなみにあの方々にお話するのはこれで3回目です。」



小さい溜め息交じりにそう言い残すと、ルークと呼ばれた青年は早足でジュリアの方へと向かった。

彼がもう一人の王の護衛、ルーク=ガウウェルなのだろう。

もっと筋骨隆々のマッチョマンを想像していたが全然違った。

ルークは今晩本殿にいるのだろうか。聞きそびれてしまった。


その後はまた貴族や騎士達と会話を繰り返した。

会話の内容には苦戦したが、不審がられることはないように上手く対応したつもりだ。

会話をしていく中で気付いたことを纏めてみた。



①リョーマは腐っても第二王子


リョーマは「王位継承争いの土俵にすら上がれていない」と言っていたが、少なからずリョーマに好意的な人間は存在している。

騎士連中からは概ね好かれていたようだし、なんちゃら大臣の〇〇ですと名乗ってくれた人間の半数は好意的だったように思う。

逆に来賓席にいた貴族連中は1人も挨拶にこなかった。


②リーシアも腐っても王様夫人


本殿で暮らすことを許されているアイシャが「リーシア様」と呼ぶからおかしいと思ったのだが、やはりリーシアも国王夫人、それなりの立場の様だ。

例の貴族連中を除き、皆リーシアにも丁重に挨拶していたし、『様』と敬称もつけていた。

もっともリーシアも皆に『様』とつけていたわけだが。

リーシアは自己評価が低いのかもしれない。

自信持って!母ちゃん!


③ジュリアの権力は相当なもの


例の貴族連中はジュリアにかなり丁重に挨拶していた。

王妃なのだから当たり前、といえばそうなのかもしれないが、王であるグラウスよりも、ジュリアの方に気を遣っているようにさえ感じた。

グラウスは尻に敷かれるタイプには見えなかったが、案外ジュリアの方が強かったりするのだろうか。

王妃の権力なんて学校で習うもんじゃないから知らなかったが、嫌われると大変そうだ。

まぁ俺は嫌われてるんですが。


ついでにここまでのタイムスケジュールも把握しておこう。

まず朝10時に俺が起きる。

そして11時に贈剣の儀が開始され12時までに終了。

それから会食が始まり、現在の時刻は15時である。


とまぁ整理してみたが、現時点では普通にジュリア周りが怪しいように思う。

動機は王位継承権ってとこか。

順当にいけばシュルツが継ぎそうだけど、将来の反乱因子は摘んでおこうって感じなんだろうか。


何にせよ、やるべきことが一つある。寝ないことだ。

念には念をということで、食事は飲み物以外一口も口にしないことにした。

飲み物にしたってジュリアが飲んだのを確認したティーポットからしか頂戴していない。

睡眠薬なんか入ってたら終わっちまうからな。

一日飯を抜く程度、社畜としては全く問題ない。むしろ日常まである。


二人の前任者が居て駄目だったのだから、これで回避できるとは思っていないが、

起きてさえいれば、犯人の姿の片鱗くらいは捉えられるかもしれない。


死ぬ前提で考えている自分に驚いてしまう。

2度も死ぬとこんな考えになってしまうものなのだろうか。


会食もいよいよお開きになろうかという頃、シュルツが見せろ見せろとうるさいので黒刀を見せてやった。



「変わった形だな。」



感想はこれだけだった。

俺もシュルツが15歳の時に贈られた剣を見せてもらったが、中世ヨーロッパが舞台の映画で観るような、この世界にマッチした剣だった。

刀身は白く、『白銀剣』と呼ばれているらしい。

兄弟で形が全然違うのは何か意味があるのだろうか。


ジュリアに「シュルツが剣の手解きをしてあげるわ!」と言われたが、そんなことをしている暇があったら城内の配置を確認したいので本殿へと逃げてきた。



「あら、会食は終わったのね。」



本殿を探索していると、前からアイシャが歩いてきた。



「解散ムードだったから今頃は多分終わってるんじゃかいかな。」


「自分の儀礼なのに他人事ねぇ。第二王子は肩身が狭いわね。」



しかしなんでこいつはその第二王子にこんなに馴れ馴れしいんだろう。

ルークはちゃんと敬語つかってたぞ。



「リーシア様!」



アイシャの蒼い瞳が嬉しそうに輝く。



「アイシャ様、本日はありがとうございました。」



振り向くとリーシアがこちらの方へ歩いてきていた。



「敬語はやめてくださいよ。昔みたいにアイシャちゃんって呼んで欲しいのに…」


「国王軍部隊長を勤める方にそんな呼び方はできませんわ。」


「母を早くに亡くした私を育ててくれたのはリーシア様です。そんな気遣いは寂しいですよ。」



リョーマぁ。アイシャとリーシアの関係説明してくれぇ。

分からないことだらけだぁ。



「ふふふ、私もアイシャ様がこんなに立派になってくれて嬉しい限りです。ルドルフ様もお喜びでしょう。」


「お父さん喜んでくれてるといいな。」



そういうとアイシャは窓を見上げる。

外はまだ明るいが、一番星が空に輝いていた。



「さて!暗い話はおしまい!私はお風呂に入ってくるわ。どう?リョーマあんたも来る?」



物憂げな表情から一転、パン、と手を叩くとアイシャは悪戯な表情を浮かべる。

自ずと胸元の白いの膨らみに目がいってしまう。



「ばーか、はよ行って来い。」


「何よ、つれないわねぇ。」



馬鹿野郎、平然は装ってるけどめちゃくちゃ釣られとるわ。後で妄想が捗ったらどうすんだよ。

こちとらリョーマに見られてるから悶々として終わりなんだぞこら。



「リョーマも大人になったのねぇ。前までは顔を真っ赤にして慌てていたのに。」



リーシアがアイシャの後ろ姿を見送りながらボソッと呟く。

そりゃ俺だって元28歳、それなりに経験は積んできてる。小娘に踊らされてたまるかってんだ。

…ステップくらいはバンバン踏んでた気はするけども。



「そーいや母さんはなんでここに来たの?」


「貴方にプレゼントを渡しにきたの。はいこれ。」



リーシアはそう言って、細長い箱を取り出した。



「開けてみて。」



中には純白の羽がついたペンが入っていた。



「あなたも成人したことだし、何かとペンを使う機会が増えると思うわ。持ちやすいものを作ってもらったの。」


「ありがとう母さん。大事にするよ。」



なんだかとても嬉しかった。リョーマの為に一生懸命選んでくれたのが伝わる。

俺の本当の母さんは元気だろうか。俺が死んで悲しんでいるんだろうか。

最後に実家に帰ったのは何年前かも覚えていない。

親孝行したい時に親はなし、と言うけれど、まさか俺が死んでできないとは思いもしなかった。



「ふー、なんやかんや疲れたな。」



リーシアと別れて自室に戻った俺は、部屋着へと着替える。

肩の凝る騎士服や重たい黒刀からもようやく解放される。


さて、とりあえず分かったことを紙にまとめてみよう。

何か新しい発見があるかもしれないし、記憶が新たらしい内に会話の内容なんかも書き出しておきたい。

羽ペンを手に取り、インクをつける。

お母様!早速使わせてもらいます!









−−−その瞬間だった。



黒い文字が刻まれるはずだった羊皮紙が、赤く染まっていく。



「なん…だ…」



胸から生える黒刀。

見覚えのある光景だ。



「え…早……」



視界がぼやけ、全身が冷たくなっていくのが分かる。

凍えそうな寒さと薄れゆく意識の中、最期の力を振り絞って後方を見る。


わずかに開いた扉から、白い布がひらひらと踊っているのが見えた。

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