二人の思い出

カフェオレ

二人の思い出

 八月某日、地元のキャンプ場の森の中に埋められたインスタントカメラが見つかったという報せを聞いた。大々的にニュースなどで報じられた訳ではなく、ただ風の噂で聞いた程度だ。

 あの写真が見つかってしまった。私の中で諦めの感情が湧いた。そろそろケリをつける頃なのだ。

 几帳面だった私はカメラにご丁寧に自分の名前を書いていたはずだ。私は現地に赴き身分証を提示すると受付の半分呆けたような老人はすんなりカメラを渡してくれた。私はカメラを回収するとその足で地元の警察署に出頭した。

 十二年前失踪した少女について話があると言うと今手が空いているという刑事が出てきて、こっちの方で話を聞くと言い、テレビドラマでよく見るような取調室のような狭い部屋に通された。

 何度か舌で唇を湿らせると私は覚悟を決め口を開いた。

「刑事さん。今から話すのはかつてあのキャンプ場で起きた失踪事件の真相と、私とある少女との夏の思い出です」


 *


 私は夏樹が好きだった。

 無口でどこか影のある少女でミステリアスな雰囲気をまとっていた。中学生の頃私はそんな彼女に恋心を抱いていた。

 十四歳の夏、私はクラスの友達とその家族でキャンプをした。その中に夏樹も含まれていた。

 家族やその他の友達同伴とはいえ私はとても興奮していた。

 キャンプ場には大きな湖があり、湖畔に夏樹を見つけ、悪いとは思ったがその横顔を写真に収めようと持っていたインスタントカメラのシャッターを切った。

「やあ」

 そう声をかけた時だった。

「本庄君……」

 夏樹は虚な表情で私を見返す。

 どうしたの、と訊くと夏樹は背後の木陰を指差す。

 そちらを見ると一人の少女が倒れていた。

「……これって」

 横たわる少女はクラスメイトの竹元という生徒だった。口論の末に首を絞めてしまったと夏樹は語った。

 私は夏樹を木陰に座らせた。

「大丈夫。僕に任せて」

 そう言って私は竹元の死体とキャンプ場から失敬したブロックと縄を持って湖畔に停めてあったボートに乗った。

 湖の中央までなんとか漕ぎ着くと死体にブロックをくくりつけ湖底に沈めた。

 夏樹のために無我夢中だった。私は急いで湖畔に戻った。

 すると、木陰から夏樹が出てきたのでギョッとした。

「夏樹……」

「ねぇ私もあそこに連れて行ってよ」

 夏樹は先程私が竹元を沈めた辺りを指差す。

「ねぇいいでしょ? お願い」

 甘えるように懇願する瞳に命じられるまま私は再びボートを漕ぎ出した。

 パシャパシャと水面を叩いてはしゃぐ夏樹。


「うん、もういいよ。戻ろう本庄君」

 ひと仕事終えたように満足げな表情で夏樹はそう言った。

 湖畔に戻ると夏樹は不敵に微笑んで人差し指を立てそれを唇に押し当てた。

「これは二人だけの夏の思い出にしようね」

 二人だけの夏の思い出。彼女の唇から発せられたその甘美な響きを私は生涯忘れないだろう。

 こうして人知れず罪を犯した私達の夏は思い出となった。

 しかし、どうしても私は思い出を形に残したいと思った。だから夏樹に内緒で彼女の横顔を写したインスタントカメラはこっそり森に埋めた。


 *


「以上が事件の真相です」

 話し終えると、終始腕を組んで聞いていた刑事が口を開いた。

「つまり、その田村夏樹という女性が事件の犯人ということですね?」

「ええ、しかし私も死体遺棄に協力しました。これは私達の犯行です」

 そう、これは私達の思い出、私達の罪なのだ。

「その田村夏樹という女性は」

「死にました」

 そう、だからこうして私は出頭したのだ。

 もう夏樹はこの世にいない。あの後確か事故で亡くなった。因果応報というのはあるものだ。彼女は溺死だった。そう伝えると刑事は訝しむように言った。

「本当に事故死なんですね?」

「……ええそうですよ。確かそうでした」

 ここに来て自信が揺らぐ。そうだったろうか? 夏樹は本当に水に溺れて亡くなったのだったか?

「本庄さん。そのカメラは単なる思い出ではなく事件の証拠だから持ってきたんですよね?」

「……どういうことです? 刑事さん何が言いたいんですか?」

 私は困惑した。このカメラには夏樹の横顔が収められている。確かに犯行直後の彼女を写した写真だが証拠となるようなものでもない。

「そのカメラに写っているのは本当に犯人ですか? いえ犯人に違いはありませんね。そしてそれと同時に……」

 刑事は私の目を真っ直ぐ見つめる。

「ねえ? 本庄君」

 この目。そうだこの瞳だ。そしてこの声。

「……刑事さん。あなた名前は」

「夏樹です。夏樹良子」

 私は目をいっぱいに見開いた。そうだなぜ忘れていたのか。そうか、そうじゃないか! あの時——

「そうだあの時……」

「本庄君」

 そう言うと彼女はピンと立てた人差し指を唇に当て不敵に微笑んだ。

「あれは二人だけの夏の思い出でしょ?」

 夏樹の口から発せられる甘美な響き。

 目を閉じてみた。私はようやくあの日のことを鮮明に思い出した。強い日差し。湖畔に吹く生暖かい風。木陰から出てきたもう一人の少女。煌めく水面。その底に沈めた二つの遺体。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二人の思い出 カフェオレ @cafe443

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ