13.村の問題に対処していこう!(1)
しかしまあ、部屋を飛び出してしまったからにはしゃーない。
なーんか忘れている気はするけれど、ひとまず先に村人たちへの打診といこう。
窓の外を見れば、夕焼けにも少し早い西日が見える。この時間なら、そろそろ狩猟班が屋敷へと戻ってきているはず。
戻ってきた彼らのやることは、薪の荷下ろしに獲物の解体。
薪置き場は厨房裏手にあるため、解体作業もいつもその近くでやっているはずだ。
さっくり捕まえて、まずは作戦の肝である彼らに話を持ち掛けよう。
そういうわけで、やってきたるは厨房裏手。
予想通り解体作業中の狩猟班を、さっくり捕まえさっくりお話。突然現れた私に戸惑う彼らに向けて、かくかくしかじかこれこれうまうま。
さあ、どんな反応が返ってくるか。
「――――――――」
はい絶句。
黙々と作業をしていた狩猟班の面々が、解体途中で手を止めたまま動かなくなってしまった。
顔に浮かぶのは、誰も彼も変わりない。驚きと戸惑いと信じられなさをないまぜにして、時を止めたような表情だ。
ぴくりとも動かないし、言葉一つ発しないし、なんなら瞬き一つしない。呼吸さえも止めたような彼らの間を、冷たい風だけが吹き抜ける。
のち、時が止まっていた彼らのうちの一人。護衛のカイルが、私を見上げつつぎこちなく手を上げた。
「――――――――あの」
と口にする声もぎこちない。
彼は私に伺うような視線を向けつつ、笑うべきか笑わざるべきか迷った様子で頬をひきつらせた。
「…………ご冗談、ですよね? 今の四倍の魔物を狩るなんて」
「ご冗談じゃないわ。本気も本気よ。今後は魔物を一日四頭、二班に分けて同時並行して狩ってもらうわ」
胸を張ってそういえば、狩猟班からざわめきが上がる。
「本気か?」とか「できっこない」とか言った村の狩人たちの声に交じり、「これは本気の目だ……」だの「やるしかない……」だの諦念交じりの護衛たちの声がする。
さすが、王都から一か月かけてノートリオ領にまでついてきた護衛たち。私との付き合いにもすっかり慣れているらしい。
まあしかし、それなら彼らもわかっていることだろう。
さすがの私も、明日からいきなり四倍働けとは言わない。
新体制への移行には、ちゃんと慣らし期間を設けるつもりでいる。
なにせ、狩猟班の仕事を巻き取るには、採集班の余剰人員が必須なのだ。
採集班の解散見込みは十日後。となると、完全な体制の移行も十日ほどをかけて行うことになる。
なので最初のうちは、彼らには狩猟数を増やすことに慣れてもらう。
明日はとりあえず採集班から一人二人引っ張ってきて、まずは二頭狩りを目標に頑張ってもらうつもりでいた。
この二頭狩りが安定したら、今度は二班に分けての狩猟。それから二班で二頭ずつの狩猟。
段階を踏んで、最終的に採集班の解散と新体制の構築が一致するのが望ましい。
まあ、完全にこの通りとはいかなくとも、とにかく一回試してみてほしいのだ。
理屈の上では成立するし、さほど無茶な計画とも思えない。
実際のところは狩猟班の裁量にかかっているわけだけど、どうだろうか。
できそうですかね??
「…………………………」
…………という感じで話をしたら、狩猟班の面々が苦虫を噛み潰したような顔をした。
今まで見たこともないような、それはそれは苦い顔だった。
「…………………………………………………………………………」
そのまま、しばし無言。
村の狩人も護衛たちも、眉間にしわを寄せたまま口を開かない。
その姿に、さすがの私も少々頭に不安がよぎる。
これは……さすがに厳しそうだろうか?
小さめとは言え、相手にするのは仮にも魔物。凶暴なうえに魔法も使ってくる存在だ。
油断をすれば命を落とすこともある。治らない傷を負わされる可能性もある。理屈上は可能な計画であったとしても、実働組が無理と判断するようならば、やはり考え直す必要はあるだろう。
そう思いつつ、私は苦虫を咀嚼し続ける顔ぶれを順繰りに眺める。
「無理そう?」
問いかければ、狩猟班はしばし無言で視線を交わした。
それからやはり、カイルが代表して口を開く。
「………………無理………………では、ないです……」
なんという苦渋の声。
前向きな返答なのに、少しも前向きさを感じない。
「できるか……できないかで言えば……なんとかギリギリ……できてしまいそうです…………」
しかも苦さの中には、若干の恨めしさが滲む。
たぶんこの反応ということは、本気で『不可能ではない』というラインなのだ。
カイルは別に、私の顔色を窺って無理を受け入れるタイプではない。
いくら王女で領主で直属の上司である私の命令とはいえ、きちんと自分の意見を返せる人間だ。
いつだったかの先住民の魔物狩りについて意見を求めたときも、彼ははっきりと『無理』だと答えているのである。
それでこの、恨めしげな『できてしまう』という言葉。
これはきっと、エンジニアで言うところの『理論上は可能』というやつだ。ブラック企業のブラック営業が持ってきたブラック案件が、完全に突っぱねられない程度の黒さだった場合の難しさ。『できてしまいそう』からこそ断りにくい苦さと恨みを混ぜ込んだ結果が、今の彼の表情なのだろう。
それはしかし、つまりブラック営業的には『できる』というのと同じこと。
話を持ちかけた私としては、にっこり百点満点の回答だ。
「それじゃあ、明日からは新しく人を増やすわね。大変だろうけど、よろしく頼むわ!」
よーしよしよしよし、大きな問題解決!!
満足感ににっこり言えば、ブラック労働を押し付けられた狩猟班の面々が、揃って憂鬱なため息を漏らした。
いやあ、優秀な部下たちで助かったなあ!!
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