9.冬の村を見て回ろう【厨房編】

 最後に向かうのは、再び厨房だ。


 すでに陽は落ち、空は暗い。採集班が作業を終え、狩猟班も屋敷へと戻ってくる時間帯。

 トビーをどうにかエリンから引きはがし、私たちがその扉を開けたときにはもう、冷たかった厨房には火が入っていた。


 かまどが赤く燃え、女衆が忙しなく立ち働く。

 私たちを含めた、村人四十六人分の食事。水でかさ増しをした貧相な内容とは言え、それでもこれだけの人数となるとかなりの量になる。

 作るにも当然手がかかるし、時間もかかっていた。


 かまどの一方では、水で薄めた夏芋の粉を薄く延ばして焼く女たち。

 もう一方を見れば、魔物肉を弱火で延々と茹で続ける別の女たち。

 調理台の上には、今日摘んだばかりの未乾燥の首狩り草が詰まれている。これは毒消しではなくスープの具材とするため、少し大きめのざく切りにされていた。


「――――問題点? そりゃやっぱり、手間がかかることだろうね」


 炊事班は採集班との兼任。採集班でも顔を合わせたマーサが、今回もまた私の質問に答える。

 質問とはつまり、今日一日かけてあちこちでさんざん聞いてきた内容だ。

 人手は足りているか。あるいは余っていないか。作業時間はどれくらい、食糧の使用量はどれくらい、調味料の使用量に余裕感。それからなにか、現状でわかる懸念点はないか、といったもの。

 ざっくりと数値的な状況を聞き出したあとで、マーサは私へと首を振る。


「瘴気毒が出るから、毒抜きは外でやらなきゃならないのも厄介だよ。日が落ちてからの作業だから寒くって仕方がない。ま、村ではずっと外で料理していたから、慣れてるって言えば慣れてるけどね……」


 そう、自前で狩りをするようになってから手がかかるようになったのは、魔物肉の毒抜きだ。

 野営地で交換していたのは、魔法発動前の幼体の肉。こちらは一度の下茹でだけで良かったけれど、現在の村での狩りのやり方では何度か水替えをしつつ茹でこぼさなければならなかった。


 これが面倒なうえに、味が落ちる。水を大量に使うというのも厄介だ。

 屋敷にある井戸は、前庭にある一つきり。今のところ井戸が枯れる気配はないけれど、万が一ということも考えられるし、そうでなくとも単純に水を汲むだけでかなりの重労働だった。


「毒を抜いても、出来上がるのが味のしないボソボソの肉だろう? 野蛮人たちからもらっていた肉なら、焼いただけでもそれなりに食べられたんだけどね……。今の肉は、ちょっと手をかけてやらなきゃ食べられないね」


 とはいえ、先住民の野営地で食べさせてもらった料理のように、たっぷりの脂と塩を使うわけにはいかない。今の村には、この冬をカツカツで暮らせる程度の調味料しかないのだ。

 炊事班の女衆たちも、村で魔物を狩りはじめてからは調理方法をいろいろと試行錯誤してくれていた。繊維に沿ってほぐしたり、細かく刻んでみたり、焼き直してみたり。

 とはいえ、やはり調味料も使えず脂も使えず、他の食材を足すこともできずとなるとどうしようもなかった。

 結局のところ、弱火でじっくり煮込んで少しでも柔らかくするのが最適解。美味しくはないけれど、食べられなくもないスープ生活に落ち着いてしまったのである。


 ――塩があるだけよかったわね。これで塩味すらなかったら、さすがに耐えられなかったわよ。


 味付けに不満を言える状況ではないとはいえ、パサパサとしているだけの無味な何かを齧る毎日を想像すると、それだけで絶望的な気持ちになる。

 そう考えると、もしかしたらこの塩が野営地バイトの最大の功績かもしれない。おかげでどうにかこうにか、最低限でも食事の体裁を保てているのだ。


 しかし、やはり最低限と言うものは最低限でしかないわけで。


「…………問題だらけね」


 食事は日々の活力。この長い冬を乗り切るための燃料となるべきものがこれでは、やる気なんて出るわけがない。

 そのうえ厄介なことに、この問題はしばらく解決が難しいだろう。せめてもう一食材くらいあればと思えども、それを育む大地はもはや雪の下なのである。

 つまり、今年の冬は耐えるしかないということ。なすすべもなく肩を落とせば、マーサが同情するような目を向けてきた。


「まあ、それでも食べるものがあるだけマシだよ。飢えずにちゃんと屋根の下で寝られるんだから、よくやってるさね」


 ううむ、慰めが痛い。もう曖昧に笑うしかない。

 なにせその『飢えずに』の部分が怪しいからね。本当にマシなのかね。わはははは。


 …………はあ。

 いったいどこから手を付けたらいいものやら。

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