7.冬の村を見て回ろう【雑用・狩り支援編】

 まだまだ不満の言い足りなさそうな家事・子守り組の女衆から逃げ出して、次に向かうのは談話室の隣の部屋だ。

 回廊へ出てすぐ右隣にある遊戯室。軽くノックをすれば、中で作業をしているだろう雑用係の低い声が返ってくる。


「…………入れ」


 うむ、相変わらずの愛想の悪さ。

 しかし入れと言われるようになっただけ、これでもだいぶマシになった方だ。

 なにせ、はじめて村を見て回ったときは門前払い。作業場を見せてももらえなかったからね。


 とにかく、問題なさそうなのでお邪魔します。




 さて、この遊戯室、名前こそ『遊戯』とついているものの、現在はその面影はない。

 前領主たちがポーカーでもしていたのだろうカード台は、邪魔なので部屋の端に寄せられている。チェス盤も、遊び方のわからない村人たちには必要ない。一部の貴族男性や上流階級がこぞって嗜むタバコの道具も、やたらと多いけど現在ではガラクタだ。カードやチップのたぐいと一緒に、全部棚の中へと押し込まれている。


 代わりにあるのは、無数の毛皮と革細工の道具たちだ。

 細工台の上には裁断されたばかりの毛皮が置かれ、断ち切られた端材がそこら中に転がっている。


 革は分厚く、重たい。縫い合わせるのにも力がいるため、外套の形にするまでは男衆の仕事だ。

 革細工道具の中に交ざって、太くて長い針と、針に似合いの太い糸が、やはり雑多に転がっている。


 部屋に満ちるのは、向かいの部屋とはまるで真逆の荒々しい空気だ。

 暖炉の火はむしろ談話室より小さいくらいなのに、部屋中に不思議な熱気が満ちていた。


 作業をしているのは、今は二人だけだ。

 雑用係の男衆は四人。全員が、何らかの事情で外作業をできない者たちである。


「――――あとの二人は、外で毛皮の鞣しをしている」


 足の踏み場もない部屋にどうにか足を踏み入れる私へ、作業中の老人がぽつぽつと呟くように説明した。

 彼は現在、毛皮にナイフを入れて図面通りに切り取っている最中。道具を取り換えに動くたびに、少し足を引きずるような動作をする。


 直接聞いたわけではないけれど、どうやらかつて、魔物に襲われた際に足に怪我を負ったらしい。

 魔物も獣。瘴気で活性化でもしていない限り、好んで人間に寄ってくることはない――とはいえ、四年間もこの地で生活をしていれば、多少なりとも魔物の被害はある。

 特に、魔物との距離の取り方がわからなかった初期は、魔物と鉢合わせることも多かったはずだ。村の犠牲者のうちの何人かは魔物の被害によるものだと、私も話には聞いていた。


 そんな因縁の魔物の毛皮を、特に感慨を抱いた様子もなく裁断しながら、老人はぎろりとした目で私たちを一瞥した。

 その冷たい視線にヘレナが強張り、護衛が居心地悪そうに視線を逸らし、子供たちが緊張したように身を強張らせる。歓迎されていないのは明らかだった。


「鞣しには時間もかかるし手間もかかる。のんびり話をしている時間はない。――――手短に話せ。なにが聞きたい」


 だがしかし、態度に見合わず協力的。

 話も聞かずに追い払われたころを思うと、ずいぶんな譲歩である。


 それじゃ、許可も得たことだしさっそくいろいろと聞いて行きますか。




 現在、雑用係の仕事は多岐にわたる。

 まず、ほとんどが外仕事に出ている男衆に代わっての屋敷内での力仕事。主に、水汲みや荷運びと言ったもの。

 それから、やっぱり屋敷内での大工仕事関連。壊れた椅子やベッドの修繕などだ。

 もともとの仕事だった狩りの支援も、相変わらず続けている。罠作りに罠の修繕。例の粗悪な蝋燭も、今は彼らが作っている。

 そして最後に、現在も作業中の毛皮の処理だ。


 魔物を解体し、毛皮を剥ぐまでは狩猟班の仕事。その後の毛皮の鞣しと加工は、雑用班に引き継がれる。


 毛皮の行き場は、主に外套。軽いものなら子供たち用のケープ。外歩き用の革靴。ベルトや鞄など。

 特に外套は、これから本格的な冬に向けて需要が増していくばかり。だというのに、毛皮も人手も圧倒的に足りていなかった。


「最初に狩った毛皮が、ここ数日でようやく使い物になるようになった。おかげで加工作業が増えて、どうやっても仕事が終わらん」


 と言いながら、老人ももう一人の雑用班も、手を休める間もなく仕事を続ける。

 毛皮のなめしは時間がかかる。はぎとった毛皮を洗い、数日薬品に漬け、今度は数日かけて乾かすのだ。この作業が不十分だと長持ちせず、すぐに傷んでダメになってしまうという。


 しかし、今は緊急事態。ダメになってもいいので防寒優先ということで、少々乱暴な毛皮処理をしてもらっている。

 おかげで、初の魔物狩猟から十日弱。雑用係は毛皮のなめしに加えて革細工仕事まで増えて、今や目まぐるしいほど忙しくなってしまっていた。


 ちなみに、ここにいる二人は、歩行に支障があって外での作業が難しい人物たちだ。

 外作業をしているという二人は、怪我が治りかけで多少は無理のできる人々である。

 とはいえ、彼らにだってあまり無茶をさせたくはないのが本音。治りかけで負荷をかければ、後々まで影響が残ってしまう可能性があるのだ。


 私からは一応、怪我人組に作業制限を言い渡してはいた。

 無理をしないこと、怪我の箇所に負荷をかける作業はしないこと、夕方には仕事を終えて休むこと。

 とはいえ、このあたりを彼らが守っているようには思えない。私が来る前は朝から晩まで働いていたし、他の男衆と違って食糧生産に寄与できないことに負い目を持っている節もある。少しでも村の役に立とうと、働きすぎるきらいがある――というのは、やっぱりマーサからの情報だ。


「――――聞きたいことはそれですべてか?」


 ここ最近の近況と仕事の状況。一日あたりのなめし量に加工量、作業の余裕感、問題点といったことを一通り聞いたあとで、老人はやはりぎろりとした目を私に向けてきた。

 相変わらず、手は休まらない。もう一人なんて一言も発さずに、黙々と作業を続けている。


「話が終わったなら出て行け。無駄口を叩いている暇はない」


 そう言ったきり、老人はもう私に視線さえ寄越さない。再び手元の毛皮に目を落とすと、没頭するように無言で作業を再開してしまった。

『だいぶマシになった方』とはいえ、あくまでもマシというだけ。なかなか歩み寄りは厳しそうだ。


 ――……働けない負い目、ね。


 別に食糧生産に寄与しなくても、村に必要な労働はある。防寒対策は重要な仕事。彼らは十二分に働いてくれていると言えるだろう。


 それでも、気持ちの面で簡単には割り切れない。『負い目がある』というマーサの見立てを信じるのなら、この人を拒むような態度もその一つだろうか。

 村は食うや食わずの危機的状況。そんな中で、『無駄飯喰らい』である彼らは、明るく楽観的でいることに抵抗を感じているのかもしれない。


 ――そうなると、下手に仕事を奪うのも反発を受けそうね。


 うかつに余裕を持たせようものなら、自分の存在価値を見失いかねない。村人はこんなに大変なのに自分たちは……などと思い始めたら、闇落ちまっしぐらだ。

 村全体に余裕が出れば、彼らの切羽詰まった気持ちも和らぐかもしれないが、しかしそれが一番難しい。少なくとも、この冬いっぱいは今以上の食糧生産の目途がないのである。


 なんとか彼らの作業の負荷分散をしたいものの、今度はメンタルケアが必要と。

 なーんか、思ったよりもあちこちに、あらゆる種類の問題が見えてない?

 今のところ、安心して任せられる作業が一つもないんですけど……。

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